#62【ドッキリ】慣れてきた部員たちに予測不可能な驚きをプレゼント!
「───いいよ。それなら、私に紹介できるものなら、みんなのいうファンタジーをこれからも見せてあげる」
……と、これが今回の着地点だ。結局のところ、この流れに持っていくためだけに今回は15分超の動画を撮ったし、私がゲストとして呼ばれてきた。
ファン研は本編と呼ばれるフリーパートでも役柄と状況や目的は直前までの前振り茶番劇のものを引き継ぐ半演技方式となっていて、いつもより少し前振りが長かった今回も例に漏れず。「ファン研に目をつけられて擬態を解いた電脳学園の生徒」のフロルとして終始振舞ったけど、これはこれでなかなか面白いものだった。
テーマとしては「環境や持つものによって感覚や意識は変わる」といったところか。俗に言う普通ではないものを探し探求するコンセプトの番組だからか、テーマや結論には多様性や他者理解に繋がることが少なくない。
「フロルちゃん、これからも何かあったらよろしくね。……それじゃあ、今日の活動はここまで!」
「……カット! OKでーす」
「そのままCパート行きましょうか」
ハヤテ部長のこの挨拶が締めの役割を果たしている。チャンネル登録や高評価だとかの定型文はエンディングの画面にテロップで流れる方式だ。
ただ、そのエンディング画面には毎回半分ほどの面積を占めるワイプがあって、そこではその回の内容を踏まえてメンバーが演技なし、つまり普段通りのライバーとして話す短めのCパートがある。カットがかかって即座にそれの撮影が始まったところだけど、当然ながら今回のCパートの主役は私ということになった。
「擬態を解くときの動き、かっこよかったよね。練習してたの?」
「してた。擬態のほうの3Dモデルもらったときに『これいつか絶対必要になるな』と思って」
「ああ、それは確かに勘繰ってしまうかも……結果的に、今回は当初から決まっていた回ですし」
「他のファンタジア組もこれ見て笑ってる場合じゃないからね。たぶんけっこうちゃんと呼ばれるようになるだろうし」
奥のソファの中央に座らされて、周りを囲まれながら。てっきり左右を女子陣に固められると思っていたんだけど、実際は左隣にいるのは陽くん。ハヤテ先輩は背もたれの後ろからもたれかかるように抱きついてきている。
露骨な仲良しアピはそもそも別に嘘ではないのだけど、二人ほど「先輩とて許せぬ」と言い出しそうだ。同じことをさせてあげる必要が出てきて面倒な目に遭うのは私である。添い寝までしたというのにあの子たちは……(素振り)。
「しかし、今後は脚本に『これはフロル経由が一番それっぽいな』と思われる度に呼ばれることになるわけだ。大変だね」
「……まあ。間違いなく出番は増えるし、雑に呼ばれるようになるよね」
「準レギュラーだな!」
まあ、準レギュラー呼ばわりも否めない。というか、そう言われているからね。今日の撮影では残り三本には出ないけど、来月以降はそこそこ出ると聞いている。
たぶんレギュラー陣四人が思っているよりは多いんじゃないかな。もしかすると毎撮影に顔を出すことにはなりそうだ。
Cパートまで含めて一本目の撮影が完了。合間の休憩を経て次の撮影へ移る形態はさながら学校のようでもある。
休憩はこのまま現場でするも隣の控え室に移動するも、各々のみならず時によってもまちまちだけど、私はそのままスタジオに残ったメンバーの雑談に付き合った。ほどなく全員が二本目の撮影のために戻ってくる。
私はそこで仕掛けることにした。
「じゃあそろそろ……」
「あ、ちょっと待って」
「フロル?」
そのままスタッフの近くにいたところまでは目くじらを立てられなかったけど、撮影直前になって画角にまで入った私には四人ともが目を丸くしている。私もレギュラー番組を持った身だし、スタッフ側の動きにはもっと慣れているからこんなことは普通しないとわかっているのだ。
だけどまだ、誰も気付いていないらしい。休憩中もいつも通り回っていたカメラが実は本編用で、二本目はもう始まっていることには。
「みんなに会わせたい人がいるんだ」
「フロルちゃん、それって今じゃなきゃダメなこと……?」
「うん」
怪訝そうな残り三人に対して、電ファンで最も多くのドッキリに掛けられてきたハヤテ先輩が真っ先に表情を硬くした。台詞そのものは窘めるときに使うようなものだけど、声が少し震えている。
それを聞いてようやく、二人もまさかと思ったようだ。わかっていない一人はまだドッキリ経験のない陽くんである。
「じゃあ、入ってきて」
「はーいっ!」
スタジオにはそこそこの人数のスタッフが詰めているから人影が隠れる余地は案外あるし、人の出入りもあるから紛れてもわかりづらい。まして撮影補助のスタッフに新人が入ったところでわざわざライバーに紹介したりしないから、気付かれることはないとわかっていた。芸能人がやったらいろいろ大変なんだろうけど、私たちはバーチャルライバーだ。
わざわざ扉を開けて入ってきたのは、一人の少女。私と同年代くらいだからスタッフではなさそうだと首を傾げた次の瞬間、彼女の真後ろにあるモニターに映った姿を見て四人は目を剥いた。
「…………え?」
「これは、どういう?」
「なあフロル、……マジで?」
「マジなんだよねぇ。……じゃあ、自己紹介どうぞ」
「おっけー。……はじめまして、ではないかな? 私、古宮都っていいます!」
少女はどこか得意げに、ドッキリの仕掛け人としては満点の悪戯っぽさでそう名乗ってみせた。その姿はモニター越しには、小柄でくりくりとした容姿で小動物的な所作をする、可愛らしいショートボブの猫娘として映っている。
数秒フリーズした陽くんだけど、再起動すると焦ったような声を出す。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで都がいるんだ!?」
「なんでとはご挨拶だね陽くん。私たち、クラスメイトでしょ?」
「いやそうだけど! そうなんだけどさ!」
そう、陽くんの立場からすれば焦って当然だ。なにしろ古宮都とは陽くんの想像上の存在のはずなのだから。
だけど、目の前には都がいる。正確には都と名乗って、陽くんが言い出した所作や性格そのものをした少女が。
古宮都はもともと、陽くんが一から考えたイマジナリークラスメイトだった。
発端は11月12日放送の回で、想像上のクラスメイトとして架空のキャラクターを作って発表する回だった。そこで陽くんが出してきたのが、充分本格的だった他の三人をも上回るクオリティで公開された都だったのだ。
つまり想像上の存在で、実在はしないはずなのだ。そりゃそうなんだけど、だからこそ目の前に古宮都が存在するという事実に誰も理解が追いついていない。
次に口を開いたのは私だった。助け舟ではなく、場をさらに引っ掻き回す方面だけど。
「というわけで、ドッキリ回! 古宮都を本当に連れてきたら、ファン研はどんな反応をするのか!」
「これもう始まってるのかよ!?」
「うわぁ……うわぁぁ……」
「びっっくりしたぁ……」
今回はそういうドッキリだ。当然番組側も承知している、というか元よりそういうことになっていて、演者には今日の撮影は四本と伝えられていたけど実際は五本である。
反応としては上々かな。なかなかいい感じに驚いてくれたし、緊張を感じさせない元気な挨拶をしてくれたとはいえ初撮影のはずの仕掛け人もご満悦だ。
「ねえフーちゃん、これ楽しい!」
「よかったねぇ、みゃーこ」
「あだ名呼びまでしてますね……」
「かわいい呼び方。というかなんかもう、全部かわいいねあの子」
「まあかわいいんだが……どう受け止めりゃいいんだよ」
「部活の場で自信もって可愛いって紹介したんだから、胸張ってクラスメイトとして接すればいいんじゃない?」
実際、都……みゃーこの方には半ば生みの親ともいえる陽くんと仲良くする気はある。いくらドッキリとはいえ、その気がないならこんなことやらないから当然ではあるんだけど。
しばらくみゃーこの可愛いところを見せていると、どうにか復活してきた陽くんがようやくこっちに来た。リリりとは少し違った感覚でファン研もノンジャンルバラエティだから、ソファに顔を突っ伏していてもむしろ面白いで済む。思いっきりカメラにお尻を向けていたから、たぶん謝罪テロップが入るけど。
「ま、まあいいか……それで、都は今日遊びに来ただけか?」
「ううん、二つ伝えたいことがあるよ」
「二つ?」
「ひとつは文句かも。陽くん、私が猫又だってなぜかわかってたみたいだから」
ぼっ、と音がして、モニターの中のみゃーこに二本目の尻尾が現れる。一本目と違って実体があやふやな見た目で揺れているのが特徴だ。
仮にもファン研だから、クラスメイトのキャラクターたちにはそれぞれファンタジー要素が用意されていた。みゃーこの場合はこれで、実は猫又だけど隠しているというものだ。前回の私のくだりでファンタジーは隠されているものと確定していたから、それを踏まえて見抜かれたことに怒った振りをしてみせる。
これに平謝りした陽くんはそこそこに、みゃーこは表情を改めた。ちょっと真面目な、ちゃんとした告知の顔だ。
「ふたつめだけど……私、ライバーとしてデビューするの」
「…………は?」
「そうなんだよね。四期生の追加メンバーとして、もう準備はできてるよ」
「待って、じゃあ都ちゃんってこの場限りじゃなくて」
「本当に電ファンの仲間になるよ」
「……マジで言ってる?」
「じょ、情報量を処理しきれないです……」
そう。みゃーこは本当にライバーになる。この場でドッキリだけして終わりなんてとんでもない……というか、順序が逆なのだ。デビューが決まったから、その告知ついでにドッキリもしてしまおうということでここに来ている。
いよいよ面白さのための動きに躊躇がなくなってきた電脳ファンタジア、これで33人目のライバーだ。自分が好みのままに作ったキャラクターが同期になることが決まった陽くんに至っては、もはや目を白黒させるばかりで精神と理解が追いついてきていない。
「この動画のリアルタイム公開が終わってから、各種アカウントも開設します! 初配信は今週末、12月15日にやるので、ぜひ見に来てくださいねー!」
ついには混乱しっぱなしのレギュラー陣をよそに、カメラ目線で告知をしてしまった。これを見ることになる視聴者視点では、こんな回が出てからわずか五日でのデビューだ。電脳ファンタジアの色々な意味での恐ろしさを目の当たりにすることになるだろう。
…………ふう、と一息入れて編集点を作るみゃーこ、そして───双葉。
そう認識しているのはこの場で私だけだけど、そうなのだ。なんと古宮都、中身は私のクラスメイトである宇田川双葉なのだ。
Respect of 夜風ユイ。




