#54【フロル加入!】メンバーでキャラクター妄想して相互萌えしたらどうなる?
今週はただ忙しく日々を送って、台本はちゃんと全て覚えた上で展開の相談もある程度した。……もっとも、寸劇というよりはバラエティ番組だから覚えたところでどうなるか分からないことも多いんだけど。
それもこれも今日のためだ。今日さえ乗り切ればある程度は落ち着くし、初めてのことだからこれでも割と緊張している。どうせ毎月あることだから、早めに慣れたくもあるけど。
「…………なんで控え室にまでマイクがあるのかな」
「そういう箱だし、そういう番組だからね」
「あるってことはいつか使うってことだよ?」
「飼い慣らされてやがる……」
もっとも、全員が住んでいて一緒に来たから待ち合わせも何もない。スタジオも準備はできている。一度控え室に入ったのもタイミング合わせでしかないから、このあまりにも不穏なマイクが平然と置かれた控え室も使われるのは今ではないのだろう。
「皆さん、スタジオにお願いしまーす」
「じゃ、行こっか」
もっとも、変に身構えることはない。ついぞ加入を疑う余地すらなかったImitateAliceの持ち番組だからといって、振る舞いを変える必要はないのだ。
「……ルフェちゃんは、勿体ぶるのって好き?」
「うぅん、時と場合によるかなぁ」
広いリビングのような、それでいて開けた空間が大きめなスタジオで、エティア先輩とルフェ先輩がソファに座っている。ぬるっと始まったように見えるけど、タイトルコールつきのオープニング映像は後から編集でくっつけられることになっている。
あまり台本が分厚くない番組だけど、さすがにオープニングトークはある程度台本が用意されている。この秋に始まったばかりの番組でありながら最終的にカオスになる回が常態化しているけど、最初くらいはちゃんと整っているんだ。……二人で一本10~20分程度でカオスになる番組が三人になったらどうなるか? たぶん今は考えない方がいいと思う。
「私たちが呼びさえしなければ、このまま二人で何十分も駄弁ることもできるんだけど」
「スタッフさん達ものすごい勢いで両手でバツ作ってるよ?」
「まあ呼ばなきゃ始まらないし、どうせカットされるだけだし、スタジオから出られないんだけどね」
「じゃあさっさと呼んじゃお。勿体ぶってても誰も幸せにならないじゃん」
台本ではあるんだけど、ちゃんとそれぞれが言いそうなセリフややりそうな行動になっているし、スタッフさんの手振りもしっかり行われている。あくまで円滑に進行するための筋書き、というわけだ。
すぐに私も出番となる。大丈夫、公式番組は初めてではない。
「というわけで、フロルちゃーん」
「いつにも増して茶番感すごいね」
「呼ぶ呼ばないの話の時点で、いるのは確定してるもんねぇ」
「大仰にやるのも違うもんね。……自己紹介しておく?」
普段のオープニングトークはだいたい、なんとか屁理屈をつけて企画内容へ繋いでいくものになっている。ただ今回は私が入るところからやる必要があるからか、なかなか短くぶん投げたものだった。それも致し方ないのだろう、どうせ普通にやっても印象に残らないし、目立たせようとし過ぎればうざったくなる。
だからセットのドアから入ってきたりすらしなかった。茶番くさくなっていることも言ってしまって、そのまま必要かどうかも怪しい自己紹介へ。
「というわけで、新メンバーのフロルちゃんです!」
「コンロンカー! 電ファン四期生のいたずらっ子担当、月雪フロルです! この度ImitateAliceに無理やり引きずり込まれました!」
「人聞き悪いよフロルちゃん」
「嫌じゃなかっただけでだいぶ無理やりだったとは思うよ?」
果たして現時点のイミアリのファンの中に、二人がことあるごとに口に出す月雪フロルを、あるいは雪を知りすらしない人がそうそういるものなのかはわからないけど、この番組で初めて私を知ったという人のために自己紹介は軽くしておく。まあ実際、イミアリから知って入ってくる人はいてもおかしくないか。
「ただ、ひとつだけ腑に落ちないところがあるの」
「というと?」
「イミアリってロリ詐欺とか言われてるけど、それは二人が一見するとロリに見えるからでしょ? 小柄で童顔で、声も高くて可愛くて」
「認めづらいこと言うな……」
「私はどうなのそのへん。背はともかくそこまで童顔でもないし、声もまあこんなもんだけど」
「いや充分だと思うよぉ……?」
ここまで話が進んだ今、私としてもイミアリのメンバーとして活動していくことに否やはない。ただ、そもそも私はイミアリの「小柄な体躯に愛らしい普段の声や所作と変幻自在な歌声のギャップ」(公式サイトより抜粋)の前半部分を満たせているのだろうか。
一度は押し切られたけど、そのあたりは気になっている。まあこれも台本で言わされているんだけど、本心ではあるから。
「まあそういうことなら、今日はこうしよっか。『フロル加入記念企画! メンバーのイミアリ適正度チェック』ー!」
「あ、疑問符つけたの私に対してだけなのにわざわざ自分たちも疑ってくんだ……」
「まあ消化試合だけどね。実際フロルちゃんのそれがわたしたちよりは多少わかりづらいのも事実だから」
発足二ヶ月で新メンバーが入ること自体が珍しいけど、新メンバーが来たならそれが主役の企画を、というのはわかりやすいやり方だ。『電学ファン研』でも陽くんでやっていた。
ただ、それに際して題材になるのが「イミアリ適正度」、つまるところ一見するといかにロリであるかなのがイミアリらしくはあるかな。
「まずは身体的なところからいこっか」
「……明白だねぇ。フロルちゃんが一番高いしおっきい」
「今どこ見て言ったのかな」
まあ、事実だ。3Dモデルの都合もあって特別な理由がない限り電ファンは公称と実際の身長が一致しているんだけど、私が149cmに対してエティア先輩が145cm、ルフェ先輩は146cmだ。これは電ファン全体の下から2〜4番目にあたる。
もうひとつルフェ先輩が言い出したのは明らかに胸の話だけど、こちらは一致しない人もいる。とはいえこの三人は一致していて、確かに言う通りではあった。……それでも私でも多少コンプレックスになってもおかしくないサイズである。みなまで言うまい。
「逆に年齢はわたしが2200と少しで、」
「私はちょっと覚えてないな。数える習慣がなかったから……人間が散弾銃を山に持ってくるようになる前のことは覚えてるけど」
「それバーチャル日本でももしかしなくても200年前とかにならない……?」
「わたしは20。二人にはかなり見劣りするけど……」
「まあ成人はしてるね」
このあたりはもはやVtuber文化としてやや異端ですらあるかもしれないけど、ハウスでも常時ライバーとしての自分を優先するように電ファンはロールプレイが厳格だ。こういう話題では徹底的にライバーとしてのパーソナリティを用いるから、染み付くまで自分の来歴を覚える過程が準備期間に置かれていたりする。
その上で私の年齢は「不明」だ。少なくとも数十とは言われたけど、本当に決まっていない。さすがに四桁までいくと屋久杉のようになりそうだし、そこまでの風格はないけど。
一方のエティア先輩は今言われた通り。これはかの有名な古代図書館がモチーフにあたる。彼女は『バーチャル大図書館の主』と称されるけど、詳細には「魔導図書館に取り込まれて不老になり、番人であり司書となった古代の少女」というみんな好きそうな設定があるのだ。
ともかく、シンプルに合法ロリということになるルフェ先輩も含めて、この点でも全員がイミアリらしさを持っていた。……設定面では電ファン最低身長も満たしているんだけど、彼女が呼ばれなかった理由は言うまでもないか。
「というわけでパーソナルデータはクリア」
「私ほんとにクリアしてる?」
「自覚ないかもだけど、149cmって低いよ?」
「146cmに言われても説得力ないなぁ……」
「ちなみに149cmというと、シンデレラなアイドルゲームの妹ギャルとか、ラッキースケベがダークネスなラブコメの主人公の妹あたりと同じだよ」
「…………思ってたより低いな」
黙らされてしまった。たぶんこの反応を予想されて、事前に用意されていたのだろう。ここまでわかりやすく二人も挙げられたらぐうの音も出ない。
その上でママは「そこそこ童顔に描いた」とは言っていたから、そう見られても仕方ないのかもしれない。自分のことだからけっこう本気で気付かなかったけど。
「あとは内面だよね。ほどよくアリスで、ほどよくイミテーションであればOK」
「エティアせんぱいは、この見た目から大人っぽくてミステリアスだからよさそう?」
「その上で寝落ち癖とかお茶目もあって、冷めきった感じもないもんね」
「……こういうこと言われるの思ったより恥ずかしいけど、受けたからには諸共」
そもそもImitateAliceは「模造品のアリス」、この場合のアリスとは幼気な少女という意味だ。子供っぽくも作り物感、つまりロリ詐欺、という寸法。とくにミステリアスさが重要ということになっている。
その点エティア先輩は完璧だ。ほどよい少女らしさを残しつつ、RPGの謎多き人物感が溢れている。それもそのはず、そもそもイミアリはエティア先輩の独特の雰囲気が端緒になっているし。
「ルフェちゃんも完璧だと思うの。この見た目と声から、この所作だよ?」
「わかる。『主人公が初対面で子供だと思ってそう扱ったら、後から年上だとわかった強いお姉さん』感」
「子供扱いを止めはしないあたりで後から大人っぽさが増すやつね」
「いまからでも人外にジョブチェンジすべきかなぁ?」
気持ちはわかる。そもそもそういうミステリアスな似非ロリ自体、長命種との相性がすこぶるいいし。エティア先輩がいい例だ。
ルフェ先輩は口調こそ幼げだけど、とにかく立ち居振る舞いというか体の使い方が大人っぽい。3Dで動いてこそわかるタイプだ。
ここまではいいとして。特にこういう面で、私は自分にどれほどの「イミアリらしさ」があるのかを掴みきれていないんだけど……。
「で、私だけど……」
「わたしはね、フロルちゃんが一番ギャップ萌えだとおもうの」
「その心は?」
「このちっちゃさ、この声、このしぐさ。そこからふとしたときに人外魔物娘の本性が垣間見えて、誰も真似できないかっこいい動きをするんだよ?」
「……確かに」
「エティアせんぱい、しょうじきVHHの5-4で惚れたでしょ」
「惚れた」
「えっ」
「このコメディの猫を被ったおませさんがときどき急に人外イケメンの本性をちらつかせるの、最高でしょ」
「わかる」
「二人とも? キャラ崩壊してない???」
……まあ、言わんとするところはよくわかった。自覚はないけど、そんな要素を満たしたキャラがアニメやゲームに出てきたら確かに惚れる。
自分がそうと言われても実感はないけど、それは二人も同じ、なのかもしれない。自分自身のキャラクター化ってそんなものだったりするのかな。
ただとりあえず、この回のタイトルは『メンバーでキャラクター妄想して相互萌えしたらどうなる?』とかに変えた方がいいと思うな。




