#45【朝雑談】朝はパンという風潮およびそう認識されるに至るいくつかの要因に関する雑考【月雪フロル / 電脳ファンタジア】
「はいみんな、コンロンカー。体質は陽、性質は陰。朝から月雪フロルです」
〈コンロンカー〉
〈コンロンカー！〉
〈なんだこの論文みたいなタイトル〉
〈およそ朝活のカロリー量じゃないだろ〉
〈言ってて悲しくならんか？〉
〈フロルって陰と呼べるほど陰か……？〉
私は今のところ、週に一度のペースでの朝活を保っている。曜日がバラバラなのは他のライバーの朝活と被らせないためで、つまり先輩たちが朝活の曜日をずらしているのだ。もっとも今でも電ファン全体を見ても毎日朝活はできていないし、元々はもっと少なかったわけだからさもありなん。
周りからは「高校がある年内は無理して朝活することもない」と言われているけど、私はこれには否定的で。今のうちから寄せてでもやっておくことで、内側がより透けづらくなると思っている。
「本題の前にひとつ怖いことがあってですね」
〈ん？〉
〈ほう〉
〈どしたん？〉
「こないだ擬態先に行ったら、ずいぶん早くから何人も集まって先輩の朝活みんなで見てたんですよ。それ自体は微笑ましいことなんですけど、そこは最近やたら電ファンが流行っているみたいなので……この配信でも同じことされてる可能性があって」
〈あっ……〉
〈どんな気持ちでそれ見てたんフロルは〉
〈危険だ〉
〈身バレとか大丈夫？〉
うん、それとは全く関係なく一人にバレたよね。相手がテレビ局のお嬢様で事例が特殊すぎるから、さすがに口に出さないけど。
どんな気持ちと言われても、すごく反応に困ったというか。喜ばしいことではあるし。……ただ、あの時点で「私も同じことされるかも」とは思った。私は登校時間もあるからエティア先輩の朝活より少し早い方に短いけど、橙乃は「引退して朝練がなくなった元運動部にはちょうどいい時間だよね」と言っていたし。
もっとも、学生以外は基本的に専業しかいない電ファンにおいて全日制高校の私はリスクが比較的高い分、身バレ対策は万全だ。朝活をやらない日もずらして登校したりして、フロルの行動が律にそのまま一致しないようにはしている。しかもこれはエティア先輩のサブマネだったときも手伝いでやっていて、白雲律は朝が一定ではないと知られていた。
声の変え方についてはしっかりお墨付きをもらっているし、実はフロルも学校も、どちらも素の声ではない。上京してきた時点で環境をリセットできたから、そのあたりは作りやすかった。
「まあそもそも、擬態してる場にいる中にも民草いるんですよね。元々逃げ場なんてないんですよ」
〈こわ〉
〈気をつけてね……〉
〈大丈夫なのかそれ〉
〈逆に俺らも身近に実はフロルがいる可能性が！？〉
「そう、魔物娘は意外と近くに潜んでいるかも。信じるか信じないかはあなた次第です」
……ちなみに、今流れてきた「気をつけてね」、美崎かもしれない。件のエティア先輩の朝枠のとき、配信を閉じたときにちらっと見えたYeahTubeのアカウントアイコンが同じに見えた。
怖いことは考えるものじゃないね。まあこの話はこのくらいにしよう、ボロが出やすい話ではあるし。
「───つまり、『朝はパン』というのは単に忙しい朝はパンの方が楽という需要を見越した企業努力であると同時に、逆説的に『昼と夜はあんまりパンじゃない』ことを示す要素でもあるんじゃないかと私は思っているんですよ」
〈なるほど〉
〈確かに一理あるな〉
〈なんで「朝はパン」からそこまで話を広げられるんだ〉
〈確かに日本人は昼夜の自炊はパンにしないがちだけど〉
〈まあがっつり自炊する人とか家庭世帯なら〉
〈ごめんこれ何の話？〉
みんな知ってる？ 雑談配信のほうがゲーム配信より大変なんだよ。主に話すネタの確保が。昔から朝活の内容をニュース風にしたりして工夫を凝らす人がいるけど、今ならあれが「ああする方が場合によっては楽」だとわかる。
最初の朝活のときに「通常雑談のやりかたがまだ分からないから、尺の短い朝活で練習」と言った。今はなんとなくわかってきたけど、その代わりになんでもかんでも話の種として探す癖がつきつつある。これも職業病というやつだろうか。
「そんな感じで拗らせるとそのうち、製パン会社のCMを見て話の広げ方を考える体になるんです。今こうして現代日本のパン文化に関する雑考察を書き連ねたメモ帳を見る私の気持ちがわかりますか？ 何やってんだ私ってなってますよ」
〈草〉
〈かわいそう〉
〈正気に戻るな〉
〈パンのCM見てパン文化まで考え出すのまあまあ重症で笑う〉
〈まだデビュー一ヶ月だろフロルって〉
〈一ヶ月でこうなるくらい真面目なんだなあ〉
授業の合間の休憩時間にスマホを弄る振りをしながらパン食について考える時間、あまりにも虚無だったからさすがに反省している。でもたぶんまた似たことをやると思う。
それに、筋を思いついていればそれで済むけど、まだ思いついていなかったら森羅万象から探す段階があるのだ。
「そういうときに友達ととりとめもない話をしてると、ふと既視感を覚えるんですよ。こんな感じの場面、覚えがあるぞ、と。
ふと気付いたんです。これいわゆるマ○クの女子高生だって」
〈あー……〉
〈それだ〉
〈草〉
〈リアルマ○ク女子高生、いたのか〉
〈まずそんな話についてこられる友達がいるのか〉
〈フロル頭いいから付き合う相手も頭いいんでしょ〉
よくあるソレはあくまで話の内容を引き立たせるための脚色のテンプレなんだけど、某ハンバーガーチェーンでも電車でもない以外はほぼそのまんまアレみたいな会話をしていることに先日気がついた。ちなみに相手はだいたいことりか橙乃、たまに朱音や双葉。それ以外のクラスメイトであることもあるけど、配信に使える話をするのはもっぱら私を知っている二人とのときだ。
あまりに無自覚なままずっとやっていたから、今更自覚したところでやめられない気がする。どうしよう、世界情勢とかエネルギー問題とかのような大きな話を無意識に始めたりしてしまったら。こと相手が朱音のときなんかは普通にありそうで怖い。
正直現時点でもちょっと怖いのだ。私たちはもうあの手の露骨な架空構文を笑えない。
やれ「やっぱりご飯は炊く手間があるから、時間がないとパンに軍配が上がるし、製パン会社はそこに目をつけてるよね」、「代替がなかった時代はご飯で工夫してたけど、今ならね。そこに戦略を据えてること自体が、それ以外の場面では分が悪いことを認めてるのかも」、「つまり日本食文化においてパンの主目的は手軽さで、真の意味で米への肉薄はできてないと」「米もその気になればパックご飯とかあるけど、使いたがらないよね。そういうところには無意識に米に対する文化的特別感が出てるのかも」なんて、昼休憩にお弁当つつきながら話をしている。高校に限らない一般論とはいえ、同じ食堂に購買のパンをかじっている人もいるのに。
……ちなみに、この話にも身バレ対策は適用済だ。別にデビュー前からこういう意識高めな話はしていたような私立進学校だし、一方でちゃんと女子高生っぽい話も欠かしていない。このあたりの塩梅を思うと、見抜いた上で付き合ってくれている橙乃にはもっと感謝しないといけないかも。
〈『朝はパン』から連想するなら企業戦略に乗せられた風潮の話が先では？〉
「……確かにそうかも。バレンタインチョコとかハロウィンとかそういう話から、企業戦略に乗せられがちな日本市場のチョロさと異文化受容性の話とかした方がよかったですかね？」
〈こらこら〉
〈なんてこと言うんですか〉
〈チョロさっつったぞこいつ〉
〈バレンタインとハロウィンの仕事なくなったりしてない？ 大丈夫？〉
さすがに大丈夫。怒られるほどの言い方はしてないし、ちょっと変な言い回しをしたくらいなら電ファンは目くじらを立てない。それに遠回しに揶揄したのは企業キャンペーンの方ではなく、あっさり定着させて一緒に踊り出す消費者のほうだ。それも私はむしろ好ましいとすら思っているし。
私だってそれらを否定する気は全くないし、バレンタインボイス出せとか言われたら喜んで応じる。というかもう裏で作っている。
「そういう日本文化の外的文化に対する寛容さや取り込みの上手さは、もはやそれ自体がアイデンティティですらあると思ってますし。そのあたりに神道的、日本神話的なアニミズム価値観、つまり八百万信仰が現れていて面白いんですよね。根本のところがいい意味で1500年前から変わっていないんです」
〈そんな話してたか……？〉
〈歴史の授業かな〉
〈言いたいことはわかるが朝7時半にする話じゃなくね？〉
〈結局朝はパンからどこまで行くんだよ〉
〈朝はパンから流れでアニミズムまで到達するのもはや怖いよ〉
え？ そういう話をしていたんじゃなかったっけ？ 今度は「日本人は文化的になんでも分け隔てなく大事にするから、祖霊信仰や八百万の神のノリで異国のお祭りや実利的な販売戦略にすら乗っかることができる」って、けっこう一本筋の通った話だと思ったんだけど。
ちなみにこのあたりの考え方は友人、具体的には朱音から学んだものだ。関連するものや似たものを合わせて考えると考えやすいし覚えやすい、という。
「もうそろそろ時間ないので簡潔にまとめると、八百万の神の中にはバレンタインの神様もハロウィンの神様も朝はパンの神様もいるってことです」
〈？？？〉
〈ごめん何言ってる？〉
〈フロルは時々よくわからんところまで連想が飛ぶよね〉
〈朝はパンの神様ってなんだよ〉
〈天才の思考回路は常人にはわからんのよ〉
だめかー。やっぱり雑談って難しいね。
〈そういう問題じゃなくね？〉
