#40【新人襲来】頭脳チェック! クイズファンタジア #12【平均点上昇?】
「わかるでしょうか、皆さん。あのフレッシュな解答席が」
この番組は茶番などはなく、素直に司会のハヤテ先輩の喋りから始まる。生放送だからあまり変なことをして収拾がつかなくなってもよくないのと……クイズ番組とは名ばかりなくらいの尺、具体的には半分近くを占めるテスト珍回答コーナーでいくらでも笑いは取れるから。
……気のせいだろうか。今月までだと思われるハヤテ先輩がこれまでより元気な気がする。そうだとしても責められないけど。
「もったいぶっても仕方ないので、さっそく紹介していきましょう。奥からどうぞ!」
この番組は普段はレギュラーが三人、ゲスト三人の構成なんだけど、今回はゲストが多いから特別回となる。レギュラーも一人お休みで、普段はペア制で三つ巴のところを今回は個人戦だ。ちなみにこれ、私の予想だとハヤテ先輩は最後に地獄を見ることになると思う。
今回でちょうど一年になる番組な上に、レギュラー陣のほうがひどい回答をしがちな人選になっているから、クイファンはレギュラーの扱いが雑で知られる。自己紹介も特になく、画面で名前がテロップに出るだけだ。
「はーい! 今回は早抜け側なのでオチ担当できません、みんな頑張ってね! 月雪フロルです!」
「その、こっちの二番目にいることにびっくりしてます。もっとむこうだと思ってた……マギア・ワルプルガです」
ちなみにこの番組の前半の席順は、レギュラーとゲストそれぞれでテストの点数順になるのが慣例になっている。外側に行くほど高得点だ。私としては面目を保てて一安心なんだけど……なんとなく予想していた通り、本当にマギにゃが隣になってしまった。マギにゃが実は自己評価よりだいぶ優秀だったのでなければ、向こうの四人が少し怖い。
「先程までは自分の結果が怖かったのですが……私がこの位置であるという事実の方が恐ろしくなってきました。野々宇千依です」
「そうか……四位か……リアクションに困る位置に着いてしまったな。メタ的に不安になってきたアンリ・ブラウンだ」
だってほら、中位の二人でこんなに自信なさそうなんだよ。ちよりんは本気で案じているし、アンリさんはおバカキャラのハシゴを外されたとばかりの物言いだ。そしてこの二人の恐怖は、私たちの視点でさらに右へ向けられている。
「ヤバい、このままだとメリカに続いてそういうキャラになっちまう……せめて後半で巻き返さないと。葵陽だ」
「た、確かにできなかったとは思うけど……私ここなの? えっと、四ツ谷幽子です……」
手遅れだよ陽くん。あとさすがに最初の挨拶の段階で前半を諦めなくても……。
なんというか……割と予想通りの並びにはなった、かな。マギにゃ以外は。そのマギにゃの位置のせいで今こんなに不安になっているわけだけど。
「というわけで、ゲストの四期生のみんなでーす! まあとはいえ、そこまで怖がらなくて大丈夫だよ。四期生の平均点、三期生と大差ないから」
「三期生と……大差ない……!?」
「あ、あのっ! 上か下か、どっちですか……?」
「…………はじめよっか」
今の強引な進行が全てを物語っているのだと、少なくともこっち側の四人は悟った。少しずつ絶望が色濃くなってきている。
あまりそれだけで評価するのも気が引けるけど、三期生というと向こうに座っているローラ先輩を含む括りだ。三期生にもマリエル先輩という高得点者がいたけど、彼女と私を相殺したとしても単純にそれより下の平均点となると……。
「とりあえずフロルちゃん」
「はい」
「満点おめでとう」
「「「「満点!?!?」」」」
「あ、よかった。ミスとかなかったんだ」
さらっと流された。これは私がおかしいというわけではなく、満点を取ってもやたら祝福されたりする難易度ではないということだ。重なった驚きの声の数は……。
ともかく、特別嬉しいだとかはなかった。変なミスをしなくて安心、というくらいだ。
「というわけでフロルちゃんはこっちに来て」
「……なに、司会の練習?」
「うん」
「建前くらいは否定して?」
呼ばれたから立ち上がってスタジオを横切り、ハヤテ先輩のすぐ隣へ。要は司会席なんだけど……ここには採点済のテストを読み込んだPCがある。こちらで画面を操作すると、配信画面のほうにも映ってくれる仕組みだ。スタジオからもカメラの近くにある大型モニター越しに見ることができる。
露骨な来月以降への根回しに巻き込まれた代わりに、まずは映さない状態でこれを見ることを許された……というか、見てのリアクションを要求された。
「………………思ってたよりはだいぶマシかな」
「でもフロルちゃん、平均点は」
「逃げさせてもらえないな……」
ひとつ言えることとしては、マギにゃの「頭はよくない」は謙遜だった。ところどころツッコミどころはあるけどそれなりに身についてはいるし、ちゃんと高得点だ。
そしてあんなに不安げだったちよりんとアンリさんも、習ってから何年も経つことを念頭に置けば悪いというほどではなかった。あの二人は怖がりすぎだ。
そして、それでいて平均点が低い原因。私は目を逸らそうとして開かずに顔を上げたんだけど、ハヤテ先輩はいい笑顔だった。そうだね、今回いっぱいでこれから解放されるならその顔になるよね。
「フロルちゃんにはテストパート中はこっちでツッコミに回ってもらうね。それじゃ、そろそろ見ていきましょう」
操作は任されたから、ある程度は私の判断で動かしていいらしい。予定としてのピックアップ解答はマークされているけど、それ以外にも気になるものはある。
逃げられなかったという体ではあるけど、実際のところはこの役回りはとても助かる。この場でやり方を学んでしまえば、来月の負担は半減だ。
「まずは数学。他よりは珍回答も起こりづらいはずなんだけど……陽くん」
「いきなり俺か……」
「今のうちに覚悟しておいてね。問2の1番、正直甘やかしにも思える用語問題で、『自然数とは何か答えよ』」
「正解は『正の整数』だけど、陽くんの答えは……『割れない数』」
「陽さん、それは素数です」
「いや、自然な数っつったらこうだと思ったんだよ」
もう最初からなかなかのものが出てきたし、これが最初になるようなラインナップなんだよね。今呆れ顔で訂正したちよりんもまた、最近そうだと発覚してきたポンを存分に発揮している。
「じゃあそんなちよりんいこっか。すぐ次の2番で、『最小の素数を答えよ』」
「えっ」
「千依ちゃんの解答は『1』だね」
「違うんですか!?」
「1は素数に含まないの。……ハヤテ先輩、これ30分やるの?」
「うん。毎回ね」
「心がもたないかも……」
綺麗なカウンターにはなって撮れ高は完璧なんだけど、私としてはこの時点でかなりダメージが大きい。電ファンそのものの平均がそんなものだとはわかっていたけど、いざこういう場で目の当たりにするとね。
計算より定義や公式の確認が多い出題とはいえ、珍回答なんてどう出せばいいんだ、というほどの数学でこれなんだ。後が怖くて仕方ない。
「じゃあ数学は次で最後にしましょうか。アンリさん」
「私か」
「『図の三角形の辺Aの長さを求めよ』。これ計算自体は合ってるの。三平方の定理を使うところも、計算結果も」
「ただね、アンリさん。√100は10なの」
この問題、マギにゃは正解していたけど残る五人はそもそも見当違いな解答だった。そんな中で正しい計算はできていて、しかし100が10の二乗であるところにだけ辿り着けなかったアンリさんを「惜しい」とするかどうかは難しいところだった。
確かにこの場の中ではできている方だけど……この解答にそんな評価を下したら何かを失うような気がするんだ。
何が恐ろしいって、これが序の口の数学であることで。
「社会科、地理のパートだよ」
「前から思ってたけど、これ見ながら平然と進行できるハヤテ先輩って凄いね」
「大丈夫、私もこっそり太もも抓りながらやってたよ」
この番組は以前から、視聴者からヤラセ疑惑を向けられている。だけどねみんな、ガチなんだ。
「私も前まではこれの採点してたの。そのときは正直若干腹立ってたんだけど、いざここに立って見てみると途端にエンタメに見えてくるね」
「見せてないだけで普通の誤答もあるからね。それ見ると全部ガチなんだって実感しちゃう」
何より悔しいのが、笑いそうになること。「わからないからボケるか!」じゃなくて、わからないなりに当てに来てこれなのだと突きつけられる。
「『地球にある6つの大陸を全て書け』、これは何人か見ましょうか。まずは陽くん、5つは合っているんですけど……『グリーンランド』」
「だって、六番目にデカいだろ!」
「実はね陽くん、グリーンランドが大きく見えるのは地図図法の不具合なの。衛星写真が用意されてるけど、実際はグリーンランドって地図の見た目ほど大きくなくてね……ほら。オーストラリアの三割弱しかないんだ」
「え……??」
「続けてローラ先輩。南極大陸が出てこなかったのかな……オーストラリアもグリーンランドも入れています」
「ああ、南極だったのね……ずっと足りないと思って出せなかったのよ」
「ローラ先輩にしてはまともな間違え方だけど……そしてゆーこさん、いろいろ突っ込みたいんだけどとりあえず、アトランティス大陸は実在しないから」
「そうなの!?」
……ああ、わかってきた。これはエンタメだから笑って許せるとかじゃないね。
ごめんねみんな。私、今マギにゃ以外の回答者のことを哀れんでいるみたい。
ただ救いがあるとすれば、奥の三人はけっこう耐えていることか。
「続けて歴史ですが……なんとフロルちゃん以外にも一人満点がいます」
「ちよりん、見直したよ。1のことをちよりん素数って呼ぼうとしててごめん」
「本当ですか!? ……待ってください、バカにしていませんか?」
「あ、そんな感じの聞いたことある。なんだったっけ、57?」
「そう。ハヤテ先輩は安心感あるな……」
司会席にだけ見えているコメント欄には知っている人がいるけど、グロタンディーク素数のことだ。ハヤテ先輩は知っていたらしい。
それはともかく、そう。ちよりんはなんと歴史満点だった。彼女はおバカタレントじゃなかったのだ。
実は点数ではしっかり差がついていて、ちよりんとアンリさんはそこそこの点数は取っている。それなのに間違え方は面白いのは、配信者適性の一言で片付けていいものなのかなこれ。
残り二人は……どう言えばいいかな、これ。私としてはどっちが次回もこのスタジオにいるかが気になるかな。
「問二の一番。『東大寺を建立したのは誰?』ですね。これは……そろそろ一回、マギにゃ挟んで箸休めしましょう」
「解答は『天武天皇』……惜しいっていいかなこれは。正解は『聖武天皇』、一文字違いだったね」
「あっ……」
「なんかふんわりとはわかってて、ちょっと記憶が曖昧になっちゃったって感じしてかわいいですよね。『東大学長』とか書いてる誰かさんとは違います」
「ちょっと!」
「マヌケは見つかったようだな」
一方のマギにゃ、彼女はたぶん今後この番組にはあまり呼ばれないと思う。解き方も間違え方も素直でかつ高得点だから、どうしてもね。いいことなんだけど。この番組は頭がいいほど呼ばれないんだ。
さすがに前半の30分間ずっと出番なしは可哀想だからこうして取り上げはするけど、珍回答がなかなかないからかわいいものをピックアップするしかない。……マギにゃはそれでいい気はする。
きっちり自白してくれた吸血鬼は置いといて、どんどんいこう。
「問二の六番いきますか。『下線部1、源義経は源頼朝の命令で討伐されたが、頼朝から見て義経はどんな関係にあたる?』……こんな問題が普通に出るくらいの難易度だと今回が初めての視聴者さんにもご理解いただきたいんですけど、これはみくら先輩」
「当然正解は『弟』なんだけどね……みくらちゃん、『敵』って答えてて。これバツつけていいよね?」
「なっ……別に間違ってはおらぬじゃろ!?」
「問題文に討伐されたって書いてあるんだから、正解が敵なら問題になってなくてね……はい、コメント欄賛成多数により誤答とします」
「問四の三番です。『関ヶ原の戦いは天下分け目と呼ばれるように、大坂で権勢を振るった石田三成と江戸を基盤とした徳川家康が全国の勢力をめぐって激突した事件である。この関ヶ原は現在の何県にある?』。…………陽くんより手前の四人、一斉にオープン」
「ここまで丁寧に前フリしてるのに、さすがに回答者の半分が江戸と大坂の間ですらない場所を答えてくるとは思わなかったね……」
「……ヤラセですか?」
「そう疑われるのも無理はないよね。特にみくら先輩、あなた千年生きる大妖怪というならこの頃も生きてたよね!?」
「ごめんね、うちの野狐が」
……どうしよう。
「このままだと後半のクイズパートやる時間なくなっちゃう」
「仕方ない、巻きでいこっか」
「でもどこを見渡しても珍回答だらけで、なかなか選べないの!」
「酷な役割をさせてごめんねフロルちゃん……」
「これから毎月こうだから」
心配そうなのがマギにゃ、申し訳なさそうなのがちよりんとアンリさん。この三人は悪くないよ、少なくとも相対的には。
問題は悪びれもしないばかりか「失礼な」とばかりの反応をしてくる残りの本物たちだ。まだ半分しかできていないのに20分経っている。仕方ない、ある程度諦めるしかないか。
…………で。
「放送事故ですか?」
「フロルちゃんを出すことになった時点でわかってたことだから番組の責任だよ」
「私きょう、回答者として来たのに……」
「向こうの席に座ってた時間より、司会席にいた時間の方が圧倒的に長かったね。ただ、これだけ圧倒したら来月から司会やるのに異論も出ないでしょ」
どうにか始まったクイズパート、私の出番は連取で終わった。早押しクイズ形式かつ今回は四点先取の勝ち抜けだから、まだ始まって四問だ。
番組としては想定通りなのはわかっているんだけど、いいのかなこれで。私へのハードルがどんどん上がっている気がするんだけど。
ともかく、これではもう私にできることはない。大人しく勝者席に移動することとなった。
そして今から25分……で終わるのかなこれ。コメントが見える席で高みの見物をすることになる。
……ところでハヤテ先輩。これ誰か一人以外全員が四点獲得するまで終わらないんだけど……体力もつ?