#149【セイサガ】四ツ谷幽子に降りかかるハルヴの愉悦【電脳ファンタジア切り抜き】
終わったばかりの自枠のアーカイブ化作業を進めつつ、改めてゆーこさんのゲーム画面の確認だ。Disconectのほうに画面共有がされているから、配信を無音にしてもゲーム自体の音声は聞こえてくる。
見たところ、今いるのはストーリー中盤に訪れる国境の町『ハルヴ』、メインストーリーの街中パートが進行中。つまりここは……。
「連合軍イベの直前だ」
『そう。ついさっきセレスが二回キレたとこ』
『これたぶん、愉悦な感じのトコだよね……?』
『たぶん……』
もちろんネタバレを答えたりはしないけど、ここはすんなりとは進まない場所のひとつだ。ここにあるのはある種の負けイベントだから。
といっても、そうであることは早々に判別できるタイプのイベントだから、ゆーこさんも薄々わかっている様子。というのもここ、味方側の仲間割れがひどくて明らかに戦えたものじゃないのだ。
『さすがにわかるよ、これ勝てるわけないもん』
『まあ、いくらなんでも味方が勝つ気なさすぎるよねー』
「うんうん。わかりやすくて良心的まである」
『ですよね。ゲームとしての難易度感覚がわからなくても、そのくらいは伝わってきます』
ざっくり言うと主人公の勇者が攻め込んできた魔王軍と戦う、いまどき珍しいほどまっすぐなあらすじの作品なんだけど、そんな中でこのハルヴでは魔王軍が大軍で襲ってくる。これを町の義勇隊と王国の中央軍と連携して迎え撃つ場面だ。
ところがこれ、あまりにもうまくいかない。各地で魔王軍への対処に追われて戦力不足の中央軍は、ここに来ているのはかなり質が悪いおぼっちゃま部隊だ。それなのに義勇隊をわかりやすく見下して、その上で杜撰な作戦を立てているからろくな戦力にならないのだ。女王のお墨付きを得ている勇者にさえ耳を貸さない。
一方の義勇隊はというと、こちらもこちらで言うことを聞かない。ただでさえ余所者を信用していなくて王国の助けを突っぱねる感じ悪い態度に加えて、中央軍に見下されたことでムキになっている。無策での正面衝突しか頭にない様子は、考えてはいるがむしろ悪手を選んでいる中央軍とどちらがマシか。
有り体にいえば、この手のファンタジーで一箇所はあるヘイトが集まる街だ。……まあ本作には別でそもそも領主がボスになる街も存在するから、そっちよりはマシかもしれないけど。
救いはどちらでもない普通の住民で、代官を筆頭に勇者たちにかなり協力的かつ好意的。だからこそ彼らのことは守りたくなって、それが難しくなっていく焦燥が演出されている。その思いが一際強い仲間の魔法使いがどんどん怒りを溜めていくのは、プレイヤーの代弁ともいえるかな。
『……奇襲?』
「セレスも凄いこと考えるよねぇ」
『でもまあ、そうでもしないとこの町は終わっちゃうから……』
『そうですよね……これはやるしか』
このままいけば、まず間違いなく負ける。辺境の町の義勇隊は人数も練度もなくて役に立たないし、中央軍もだいたい同様な上にこちらは邪魔ですらある。そもそも事前情報でこれまでとは数の桁が二つ以上違うとわかっているから、自分たちだけではまともに戦ってもどうしようもない。
そこでセレス……その味方の惨状に怒りを見せていた魔法使いは考えた。パーティの斥候が魔王軍の隙を見つけたこともあって、いっそ自分たちだけで奇襲してしまおうと。今は両軍から隠れてそれを勇者アレクシスに提案しているところだ。
ゆーこさんもそれがおおよそわかっているようで、すぐに乗り気になったんだけど……。
『あれ? 選択肢ないんだけど……』
「うん。ないよ、選択肢」
『ここだけひとつしか出ないんだよね。私も初見のときはびっくりしちゃった』
『今てっきり、奇襲で打開するものと』
『そんな……じゃあハルヴはどうなっちゃうの?』
実はここ、選択肢が「それはできない」のひとつしか発生しない。フラグの踏み忘れとかでもなく、そもそもルートが存在しないのだ。
これは物語序盤からずっと垣間見えていた、アレクシスの未熟さを示す秀逸で憎い演出なんだけど……こと短期的に見れば、ハルヴにとっての最後の希望が潰えたことを意味する。アレクシスが採らなかったことでセレスも案を取り下げてしまったから、もう正面から戦うしかない。
……まあ、つまりは愉悦ポイントだ。この展開を知っていたから、来たらちょうどハルヴだったところで私は笑わないでいることに苦労した。
最初から見ていたエティア先輩は一入だろう。この人は私がサブマネとしてついている前で配信プレイをして、このあたりの展開にしっかり唖然とした一年前のアーカイブを有しているから。
『え、あ、このまま戦闘シーンいっちゃうんだ……』
『さっきの密談シーン、タイミングは戦闘直前の準備パート終了後だったからねぇ……』
「さあ戦って!」
『といっても、けっこう普通に倒せる……うわぁウェーブ戦だ!?』
本当にリアクションがいいね、ゆーこさん。さすがは苦手なホラゲのリアクションを自ら引っさげて電ファンに入ってきた猛者だ。
結局ここは一切の解決がないまま戦闘に入るし、それどころか少人数でこういうときは遊撃部隊が相場ののはずの勇者パーティが中央に置かれる。しかもこれ、両陣営が互いと近付きたくないから緩衝地帯を押し付けられただけだ。
もっともセイサガはコマンド選択式がベースで、SRPGではないからそれはゲーム的に意味をなすわけではないんだけど……もちろんすんなりいくはずがない。
最初に現れた分の敵を倒したら、即座に次の敵が現れて戦闘継続。Wave戦だ。セイサガでは後半で普通に出てくる要素だけど、初出は中盤のここになっている。予告も特にないから、今のゆーこさんのような反応が想定されている。
『……よし、二回目もいけた!』
『まあさすがに、普通に育ててればこのくらいはなんとかなるようにできてるからね。幽子ちゃんはけっこうしっかり育ててるし、ここは問題なし』
『三回目ぇ!? ……あ、ムービー』
「教科書に載せるべき反応だ……」
『……私が横からリアクションする余地がない』
『なんてこと言うのマリエルちゃん』
いきなりでも大丈夫なようにちょっと弱めに設定されている2Waveが終わって、第三弾が現れ……たところでムービーシーンに入る。ここまでに倒れたら普通にゲームオーバーだけど、このイベントのクリア条件はここで達成だ。
だいたいの内容はこうだ。事前に計画していた住民の避難を済ませるだけの時間すら稼げずに、先に中央軍が、続いて義勇隊が崩れていく。特に中央軍は軍法会議ものの敵前逃亡が多発して、包囲されそうになった勇者一行も後退する羽目に。
しかしこのままでは住民に大きな被害が……とアレクシスが思い悩む中、セレスの同郷の魔術師が助太刀に参戦してくる。彼女の活躍とセレス、そして聖女ミアの尽力もあって辛うじて強力な結界魔術が完成して、どうにか避難と撤退に成功したのだった。
続くシーンは直前の章で助けたひとつ手前の街で、力を絞り尽くして数日間眠り続けるセレスとミアを待つところから始まる。アレクシスは奇襲案を採る選択肢そのものを考えられてすらいなかった甘さを認めて、勇者としてより強くなってく決心をみせた。
そこまでストーリーパートが流れた後、眠る二人の様子を見に行くところで操作が戻ってきて一息。
『……ちょっと待って。ミアって魔術ステータスなかったよね?』
『そういえば! どうしてさっき、魔術の補助を……?』
「まあ、ないね。聖女だし」
『この子たち、ちゃんと気付くところ気付くから見てて面白いんだよねぇ』
……そう、さきほどのムービーシーンにはおかしなところがあった。セイサガでは併用するキャラクターが存在しないにもかかわらず「魔力」と「聖力」がわざわざ分けられているくらい、このふたつは区別されているはずだ。
それなのに、聖女が大魔術に足りていない魔力の補助をしていた。その違和感にしっかり気付いた二人を前に、既プレイの私とエティア先輩は声に表情が出ないようにするのに必死だ。いやはや、愉悦できそうなところでしっかりさせてくれる。
『…………え!?』
『どういうことですか!? 聖女じゃない!?』
『完璧だ……さすが……っ』
「ありがとうございます、スパコメ読み後にしてって言ってくれたみんな。危うくコレ見逃すとこでしたね」
この直後に二人は目を覚ますんだけど、その場でやはりこの件は問い詰められて……ミアは素直に明かした。自分は聖女ではないのだと。これは勇者と聖女が持つ聖力をテーマにしたセイクリッド・サーガにおいて、物語の根幹を揺るがすカミングアウトだ。
実際は本物の聖女である現女王(舞台となる王国は数年前に王家暗殺によるクーデター未遂が発生して、聖女となるはずだった王女が即位せざるを得なくなっていた)から、能力と使命を借り受けた側近。そんなミアの話を受け入れ、パーティの絆が深まりつつ後半に向けて伏線が張られる重要なシーンだった。
物語そのもののヒロインが入れ替わるわけではないから、プレイヤーとしてはあくまで「そういう話」と受け止めるだけでいい。とはいえ、しっかりストーリーに没入していた二人としては衝撃が大きかったらしい。
これまでことあるごとに聖女として振る舞ってきたミアの様子は、確かに後から言われてもなお偽物には見えない。とはいえ、サブキャラにしては存在感の強い女王にやむを得ない理由があって……という話には説得力があるから、本人が言ってなお疑う理由もないのだ。だからこそ混乱するのはわかる。
いやあ、すぐ来て正解だったね。これを見逃していたと思うとぞっとするし、スパコメ読みまで残ってくれるような民草に損をさせるところだった。そのくらい上質な愉悦だった。
というわけで例のシーンでした。
参考:『魔剣精霊』449~450話




