#143【五期三次オーディション】あの子たちの初々しいオーディション姿をご覧いただきましょう【#電ファンスナップショット】
さて、ここからは実際に通過した候補生たちの様子をちょっとだけ見ていこう。
『では次に、自信のある特技を。ライバーとして活動する場合どのように活かせるかを含めて聞かせてください』
『はい。わたしは家事全般に少々覚えがありまして、たとえば料理配信などはできるのではと思っております。御社では複数のライバー様がそれを得意としていますので、独自性を考える必要はあるとは思っておりますが』
『なるほど、確かに。御門にルフェ、それに月雪あたりもですが、ことハウスでは料理配信が容易なのは当事務所の強みかもしれませんね。……家事全般、というと?』
『ひととおり得意ではございますが……たとえばお掃除なども、バラエティ番組などでは取り上げられることもございますし……少々整頓が苦手と見受けられる方もいらっしゃるように存じますので、お手伝いのようなことをコラボの形でできれば、私の個性を出せるのではとは考えております。もちろん、応じていただければ……ではありますが』
気になったうちの一人がこの子。大人っぽく落ち着いた声色で、女子陣に少女系が多い電ファンでは不足気味なタイプだ。家事が得意という、これまたライバーとしては珍しいところをアピールポイントにしていて、それも印象に残る理由のひとつになっていた。
電ファンは、ハウスでは特に生活的な部分も表に出やすいから、確かにVtuberになるなら電ファン向きなタイプといえるだろう。話し口も自分の強みをしっかり持ちつつも周囲との競合を想定していて、加えて少し違う形での個性も用意済と。おまけに電ファンの配信をある程度把握しているようで、一部ハウス組女性ライバーの部屋が汚いことも踏まえている。コラボまで見据えた展望も含めて、なかなかどうして隙がない。
この後に歌のテストもあったんだけど、これまた電ファンでは不足している低音に強い女子だった。響きと質感もいいし、少し荒削りだけど伸びそうだ。
面接が終わって本人が退出した直後、審査員から聞こえてくる言葉も好感触そう。私が口を出すまでもないかもしれないけど、感想は半ば義務だし思ったことは言おう。
『こういうキャラもあり、ってタイプそのものって感じですね。落とし込むのは骨が折れるかもしれないけど……』
『フロルさんはどう思います?』
「頼りになるスーパーメイドみたいな、そういうのを感じました。このトーンで『僭越ながら』とか『くださいまし』とか言ってほしい」
『それだ! やっぱ雪パイセンは頼りになるなぁ』
「やめてくださいってばそういうのは」
こう、ロングスカートのクラシカルメイドなお姉さんで、上品な言葉遣いで生活力控えめ系ライバーを甲斐甲斐しくお世話してほしいタイプを感じたんだ。こういう「採用するならどんなキャラ?」は三次選考では考えつつジャッジするから、思いついたら思いついた数だけ言っておけば参考にしてくれる。
欲を言えば、こういうタイプのメイドさんにこそ太ももに拳銃とか暗器とか隠しておいてほしい。……まだ一応通過も決まっていないいち受験者だし、妄想はこのくらいにしておこう。
この三次選考はビデオ通話のWeb面接だから、ある意味では配信環境に近いともいえる。特にハウスに入居したりせずそれまでの住居のまま活動するライバーにとっては、まさにそこがデビュー後の仕事場になることも多々ある。
だから、こういうハプニングもある。
『前回以降、歌唱については根本から見直して……っと、し、失礼』
『おや。……いえ、大丈夫ですよ』
『申し訳ありません……おい、落ち着けっての。後で構ってやるから……そこがいいのか?』
この受験者は確か、前回も三次選考にいた人だったかな。全体的には悪くなかったけど、歌唱力に不安があって一度落とされていたのを覚えている。寸評には「歌さえ身につけば」と、他は合格基準を満たしていることを示していたはずだ。
そんな彼、大人系のいい声をした男性なんだけど、前回は起こらなかった小さな事故が発生した。……飼い猫の乱入だ。綺麗な白い仔猫が正面を横切ったかと思うと、腕を伝うようによじ登り……最終的には膝の上で落ち着く。そこで、にゃあと一声。
かわいい。……実際、ペットを飼っているVtuberというのは昔からちらほらいるし、その存在が仄めかされたり配信中に寄ってきたりというのもファンにとっては楽しみのひとつとなりうる。仲がよさそうでそれなりにお利口さんな猫ちゃんであることも含めて、こういうのは配信に悪影響がない限りは電ファン的には加点要素だ。
猫に対するときだけ明らかに柔らかい声になっているのもいい。寄ってきたときもそれまでにない焦り気味な様子になっていたし、そうしたギャップがみられるのは強みになりうるよね。
この後、彼はそのままでそっと姿勢を正して、猫を抱えたまま歌ってみせた。これ自体がけっこう面白いシーンだし……うん、確かにだいぶ上手くなっている。この半年、本当に努力したのだろう。これだけできるなら、あとはこっちで指導すればなんとかなるんじゃないかな。
『猫を抱えたイケメン、需要あるよなぁ……』
『猫ちゃんに振り回される配信、見たいかどうかでいえばかなり見たいわよね』
『電ファンにはペット成分はなかったからね。まあみくらあたりは実質ペットみたいなものか』
『そうだね。なんか単独で配信しちゃってるけど』
『一期生ズ……』
状況を私から聞いた面々の感想はこんな感じ。実際、ペット、特に犬猫を飼っているVtuberというのはけっこう個性になる。振り回される様子や明らかに普段と違う猫撫で声で可愛がる様子は、ただ聞いているだけでも乙なものだ。
電ファンにはそういう枠がこれまでいなかったから、けっこう有利に働きそうだ。星夜さんとぱーちゃんの同期への扱いには、フロルちゃん突っ込まない。
「真面目な話をすると、実は前回の時点でかなり迷われた人だったんだよね。歌だけはできないままだと辛いのは本人だ、ってことで泣く泣く落としてたんだけど……」
『今回それが克服されてた上に、ハプニング対処能力と猫まで見せられたと』
「そういうこと。相当練習したんだろうね」
たぶん歌がよくなっていた時点でもう合格なんだけど、そこに猫まで重ねられたら、まあ強いよね。
そして……ああ、この子は。
『では、二次選考でお送りいただいた動画については』
『はい。……その、正直なところをいうと、どうしてあれで通ったのか私でもわかっていません』
『伝言を受け取っています。通過の判断を下したライバーから、“どうせ次回通るだろうから今回通しても同じ。先読みさせてもらう”と』
『…………バレてる。しかもライバーさんに』
そう、二次選考で例の動画を送ってきた子だ。普通は通過しようとして送ってきている以上「なんで通ったのかわからない」なんて有り得ないんだけど、この子はそうだろうと思う。反応からして、次回への布石として送ってきていたのは当たっていたらしい。
目を瞬かせて敗北感に打ちひしがれている様子だけど、まだまだ甘いよ。電ファンはそのくらいでは引っかき回せない。私でもまだ振り回される側なんだから。
それにしても、オーディションの面接とは思えないくらいフランクな会話だ。これもまたあの特異的な応募動画ゆえなのだろうか。
『……ところで、誰だと思われますか?』
『フロルさんかと』
『お見事です』
……そして秒でバレていた。確かに他の子はこういう突っ込み方はしないか、できるほどの慣れがないけど。
引き分けかな、これは。
ところがスタッフさん、まだ止まらない。確かに歌唱テストやその他能力試験は先に済ませてあるから、あとはこの子の個性を推し量るだけではあるけど。
『……ということは、私の応募は例のリビングのPCに』
『はい。月雪ほか数名のライバーの意見を参考にしております』
『…………ダメダメ、これで満たされちゃ』
このオーディションは自主性を見るという名目のもと、任意のタイミングで受験生側から質問をすることも許可されている。それを使って気付いたことを確認してきた彼女に、スタッフさんからは肯定の答えが返る。
どうやら本当に相当なファンファンであるようで、それを聞いて本気で喜んだ上で満たされて燃え尽きてしまうのを我慢している。あれほどの怪文しょ……もとい熱烈なファンレターを本人たちに直接見られたと知って恥じらうより先にガッツポーズするあたり、面白いねこの子、じゃなくて。頑張れ、採用まで到達できれば毎日がパラダイスだよ。
と、ここまでならこの子は冷静さを保てていたんだけど。
『……もしも、この審査を横から聞いているライバーがいるとしたらどうでしょうか』
『! ……そうなら、嬉しいです! 楽しんでいただけているなら、もっと!』
正直、そこまで言うんだ、とは思った。とはいえまあ、こんなことをしている時点でもう、次回の第六期オーディションではどちらにしろ聞かれていることがわかった上での審査になるわけで。この場では特に彼女の特色となりうる、ファンしぐさの部分をもっと見たいのかもしれない。
……私のもとに、スタッフさんからメッセージ。
「楽しみにしていますよ」
『!!!』
『……とのことで』
『ぜったい、先輩と呼んでみせます!!』
一言だけミュートを外せとのことだったから。確かにこういうタイプの子は限界化というか、感極まったときどうなるかを見ておきたいのはわかる。
結果としては……火がついたようだ。ひたすら前を向くことのできる、いい子に見える。
まあ、さすがに見ていればわかる。この子は三次選考を通る。最終選考が楽しみだね。




