#14 ライバーの日常には需要があるとかないとか
「公式番組?」
その話が来たのはマギアちゃんとのコラボが終わってすぐのことだった。
「はい。やはりフロルさんは使い勝手がい……MC適性が見込まれるということで」
「もうほとんど言ってるんですよそれ」
「失礼。……それで、早いうちから公式番組にも出ていただいて慣らしておきたいとのことで」
電脳ファンタジアは大手と呼べる事務所だから、公式番組はかなり手厚い。ライバーの人数に対して多すぎるくらいの数があるのは、もしかすると個性が強すぎるが故に乏しい箱単位でのまとまりをどうにか作り出そうとする試行錯誤の産物なのかもしれない。
私の方も、公式からそういう扱いをされる可能性はしっかり考えていた。
ちなみにこの人は私のマネージャーだ。城井さんといって、四期生デビューに際する部署拡充によって補佐役からライバー担当マネージャーに昇格したばかり。
今のところ電ファンではマネージャーはライバー二人の担当を兼任するのだけど、それぞれへサブマネージャーが流動的にサポートにつくから実質一人に一人ついているようなものだ。
なお、私はデビューまで特例的にずっとサブマネージャーの役割を続けていた。城井さんは私の後輩で元同僚ということにもなるけど、彼女が私についた理由は「雪と接点が少なかったから」である。私もサブマネージャーとして仲がよかった人と組むのは複雑な気分になってしまうから、この差配は素直にありがたい。
「もちろんやりますけど、いつの何です?」
「『ファンボード』ですので、ひとまずご安心を」
「ああ、なんだ。なら大丈夫ですね」
『空騒ぎ! ファンボードパーティ』はシェアハウス組を中心にアナログゲームを遊び尽くすだけの番組だ。その内容は様々だけど、基本的にはゲームが主体になって番組進行そのものには筋書きも特にない。公式番組というよりはレギュラー二人を軸にした定期オフコラボ的な性格になっている。
渡された資料に目を通すと……『ワードウルフ』。なるほど、準備も要らなければ誰でもできるものだ。
となれば最初に少しだけある茶番だけか。あれは手元に台本を置いて読めるから、これくらいなら問題ない。
「撮影は27日で」
「四日後じゃないですか! ファンボードだから大丈夫ですけど……」
「昨日会議で決まったそうで……できたらやらせたいとは以前から話されていて、大丈夫だろうと判断されまして」
「……ライバーがライバーならスタッフもスタッフですよねほんと。ほんとに問題ないのがなんか腹立ちます」
「自白ですか?」
「そうですけど?」
リスナーからは電ファンはいかれたライバー揃いとよく言われる。それは否定のしようもないけれど、実際はライバーだけでなく事務所そのものがそうなのだ。それこそ私がずっと雪として動いていたこと自体、公式がまともならああはなっていない。
もちろん本来ならこんな性急なスケジュールにはならないんだけど……ファンボードのゲストはほぼ言われたままに遊ぶだけで楽なことと、月に一度4~5本をまとめ撮りするから今月の撮影分に間に合わせて早めに私を出したかったのだろう。
四期生バブルに公式番組も乗っかるにあたって、慣れのあるハウス組たる私と楽なファンボードは都合のいい組み合わせだったのだ。
ただ……気になったことがひとつ。
「企画段階でもいいので、他にも来るかもしれない公式番組の話って聞けます? なんか他にもありそうな気がしてきたんですけど」
「はい。詳細は未定ですが、『ゲーム塾』のゲストがいずれ。それと『クイファン』ですね。回答者側で来月」
「ん、それは想定内です」
「我々はフロルさんの学力を知っていますが、一度くらいは無双回も面白いだろう、とのことで」
「わかりました。事前テストが回ってきたらお願いします」
案の定だ。便利扱いしてきていることからわかってはいたけど、私は公式番組への出演は多めになりそう。
とはいえ、この二つに関しては実は予想していた。まあ声がかかるんじゃないかな、とは。ゲームが得意なのは言うまでもないし、繰り返すようではあるけど電ファンは慢性的な軌道修正役不足。クイファンは三期生のときも新人回があったし。
それに私はこれでもエスカレーター式の進学校の現役だから、あまり言いたくはないけれどライバーの中ではかなり……その、ね?
ただ気になるのは、まだ何かありそうな城井さんの顔。……聞いてみるか。
「まだ他にあります?」
「……これは本当に未定ですが、『電学ファン研』にゲスト出演案があります」
「え? あれって学園組の番組じゃ」
「それが、ゲストとしてそれ以外も出演できるようにする構想がありまして。もし実現すれば、生徒に擬態できるということでフロルさんが適任だと」
「……なるほど。まあ、覚えておきます」
「とはいえ、少なくとも陽さん中心の回を何度か回してからになりますが」
これはちょっと意外だった。話にあった『電学ファン研』はライバーのうち学校関係の身分を持つ学園組によるバラエティだから、それに含まれない私には縁がないと思っていたんだけど。
どうやら電ファンは転換期を迎えているようだ。それは何も私がいるから、四期生がデビューしたからというばかりでもないのだろう。電脳ファンタジアそのものがよりよくなろうとしている。
それなら私もその力になりたい。ひとつひとつ、まずはこの番組からやっていこう。
◆◇◆◇◆
明くる24日。
「おー!」
「いったね、10万人!」
「はい! ほんと早かったなって……」
「もしかして電ファン最速記録じゃない?」
「フロルちゃんなら更新できると信じてたよ!」
大台を突破したのは夕方のことだった。その瞬間を民草のみんなと迎えることはできなかったけど、配信中以外にも目を向けてもらえているということでこれはこれで。
加えて、実は収益化ももう通っている。ただ、これはいっそ10万人と一緒に祝ってしまおうということでもう少しだけ我慢だ。今すぐ投げさせろとありがたい要求をしてくれている皆には悪いけどね。
おめでとうとだけは言ってこないわかりやすい先輩たちをいなしながら、今日は配信の予定がない私はひとまずTsuittaに向かった。6桁の数字が並ぶ画面のスクショを貼り付けながら、まずは民草のみんなに報告だ。
“
月雪フロル @Tsukiyuki_Flor
チャンネル登録者10万人到達しました!!!
みんな本当にありがとう! こんなに早くここまで来られたのはひとえにみんなのおかげです!
記念配信は明日20時から、凸待ちやります!
枠はこっちから、盛り上がっちゃいましょう!
#フロルのお花見
#フロル10万人
https://YeahTube,com/Tsukiyuki_Flor/…
”
でも、何より嬉しいのは同期が全員置いていかれずに伸び伸び活動できていることだった。綺麗事に聞こえるだろうけど、紛れもない本音だ。全員本気で活動しているのに、全員こんなに面白いのに伸びに差ができすぎて気まずくなるのが一番嫌だから。
既に全員が収益化申請済みという順調な滑り出しで、役柄や出番の量はまちまちながら公式番組にもいずれ全員が出られるとのこと。配信外では誰からともなく暇さえあればボイスチャットを繋ぐほど良好な関係を作れている。
『あ、フロル。お疲れ』
「陽くんお疲れ様ー。ちよりんも」
『お疲れ様です。……10万人一番乗りですね。同期なのが誇らしいです』
「みんなすぐでしょ、抜かされてもおかしくないよ」
部屋に戻ってdisconectを開くと、今日も二人いた。同期の男女二人、危険な逢瀬……というわけでもないから、さっさと参加してしまう。
毎日顔を合わせている陽くんと、ちよりんこと野乃宇千依だ。特別な接点のある組み合わせではないけど、それでも二人きりで作業通話をしていて何の違和感もないことこそがいいところ。
『フロルは課題か?』
「ううん、課題はもう全然ないの。内容はもう済んでて受験対策ばっかりだし、内部進学組は暇」
『ガチ進学校は逆に緩いって本当なんだなー』
「附属高だから余計にねー。卒業ほぼ決まって楽になったからデビューの話受けたところもあるし、忙しかったら五期まで待ってもらってたよ」
『それにしても心配になりますが……』
「詰まったスケジュールではあるけどね。まあ年内までなら体力もつからへーき」
私はそれなりに成績を取っているほうだからもう必死になる必要はなくなっていて、しかも内部進学で受験する気がないから楽なものだ。おかげでライバー活動も早くからしっかりできている。本来なら全日制に通いながら企業ライバー活動は無謀な忙しさではあるんだけど、うちは三年のこの時期にはもう新しく学ぶ単元もないから。
来春予定の五期生に混ざる形でもいいと言ってもらったけど、四期生でやると言ったのは私だった。結果としては大正解だと思っている。
『それで、フロルさんは何をしに?』
「運営から動画が届いたから確認」
『動画? 何かあったか?』
「デビュー前のだよ。夢エティアがバレてからライバーになるのを決めたときの。見る?」
『いいのか? なら見る』
二人とも忙しいわけではなさそうだ。揃って食いついてきたから、一人で見るつもりだった動画を画面共有にする。
約束のイタズラがバレたときのものだ。まずは夢エティアが嵌められた場面の切り抜きから始まって、翌日の共用リビングに。みんなに囲まれて白状する場面に、実際のそのシーンのクリップが挟まっている。きっちり小気味いいテンポに整えられているあたりはさすが公式編集班だ。
『アレもフロルだったのか……』
『思っていた以上に暴れていたのですね』
「そういう約束だったからねー。……よし、問題ないかな」
あとはエンコードしてアップするだけなんだけど、運営の意向でまだ投稿せず抱えておく。……これがこのタイミングになったのには理由があって。
「実は私、今週撮影のファンボードパーティに呼ばれてて」
『あ、おめでとうございます!』
『ああ……それでか』
「ありがとっ。……うん、これはその回の公開前に上げろって言われてるんだ。このタイミングで送られてきたのは、これを踏まえてやれってことだと思う」
『なるほどな……雪はもうやってないはずだし、ここ数回平和だから油断してるわけだ』
『凶悪ですね……』
ね。企画部も怖いこと考えるよね。




