#136【ASMR】月雪フロルによる実用性のありすぎる授業回【電脳ファンタジア切り抜き】
実際のレクチャーは、やることひとつひとつに応じて心愛先輩が実際に見せてくれる。それを見て、監修を受けながら実践していく流れだ。
ちなみに私たちは配信に乗るものと同じ音をイヤホンで聞いている。けっこう不思議な感覚だ、話すときは特に。
「動きは、なるべくゆっくり、大きく……力は入れずに」
「生身にやる場合とは違うんだね。あくまで音を立てる意識?」
「うん、何を聴かせるは意識……フロルちゃん、こういうことやったことあるの?」
「あれ? 心愛先輩はマネさんからしてもらったことないの?」
〈なんか新鮮だなこれ〉
〈あくまで結果できたものをもらいながら会話を聞く感じ〉
〈フロルに初々しさがないから余計に……〉
〈ん?〉
〈フロル……いったいどこで……自明だけど〉
〈担当ライバーさんたち……〉
〈そんな当たり前みたいな聞き返しされましても〉
まずはヘッドマッサージからだけど、知っているそれとは少しやり方が違った。あくまで音があればいいから、表面を撫でているような感じだ。
ダミーヘッドマイクはあくまで頭の形をしたプラスチックやシリコンだから実際の肌とは違うし、髪もないから自然と異なるのは確かだ。きちんと合わせていくべきだろう。
コメント欄にもバレているけど、私はサブマネとして担当ライバーにねだられて軽くだけど実際にやっていた。どうしても肩が凝ったり眼精疲労が溜まる仕事だから、それらを中心に体のケアは重要なのだ。
……と思っていたし、デビュー後の私の担当も何も言わずともやってくれていたんだけど、どうやら心愛先輩はそれを知らなかったらしい。別に箱内に浸透しているわけではなかったのか。
「たぶん別にマネージャー業務に含まれてるわけではないんじゃ……」
「ハルカ姉さん……さては私欲で……」
「合理的ではあると思うけどね」
〈フロルさん乗せられてましたね〉
〈ハルカ姉らしい〉
〈つまり今のこれはハルカ姉と同じものを味わっているようなもの……?〉
〈俺たちがお姉ちゃんだ〉
それらしく求めたらやってくれる、という魂胆だったらしい。おかしいな、私は研修で教わっていたんだけど……そちらにもハルカ姉さんの息がかかっていたのかも。
しかし、これちょっと難しいね。確かに合理的であったら嬉しいものだけど、かといって求めたり後から業務に追加するのもなんだかな、という感覚もある。とりあえず後で、心愛先輩にはちょっとやってあげようかな。
真面目にやることにしているから、ひとつひとつをじっくり教わっていく。次回にはもう一人で配信までできるくらいまで、本格講義の様相を呈していた。
ただ、そうしたちゃんとしたレクチャーはここ一ヶ月で箱内三回目。さすがに食傷なのではと思って期間を空けることも考えたんだけど、他ならぬ心愛先輩が「むしろ個性を見せるなら一気にやろう」と言い出したからそうなっている。
「こんな感じかなー……?」
「やっぱりフロルちゃん上手……。ばっちりできてるよ」
「ならよかった……ふーっ」
「そうそう今の。器用だからなのかな、一回教えて見せたらもうできてる」
〈これ寝れるわ〉
〈実用性がある……〉
〈これ授業回だよね?〉
〈逆にフロルができないことって何なんだろう〉
できないことはたくさんあるよ。やってないだけ。
あと、いかにもライバーがやるようなことは、三年近くにわたる準備期間で練習したり学んだりしてきたから。当時は自分がこうしてやるつもりでの学習ではなかったけど、できるように見えているなら狙い通りだ。
個性についても、ちゃんと出ているからこれもバッチリだ。マギにゃはそもそもASMRをあまり知らなかったから基礎からで、具体的にどんなことをするのかのオリエンテーションも兼ねていた。
みゃーこは予習こそしていたけど、持ち前の元気さもあって親しんではいなかった。当然やり方は最初からで、実践しつつ空気感に慣れる形。
そして私はひととおり把握していたから、今日は応用に手を出している。
「実はこれもズルしてて……触るのは初めてだけど、サブマネとして近くから見たりはしたことがあるから」
「ああ、どうりで距離感が最初から確かだったんだ」
電ファンは心愛先輩が来るまでASMRに疎かったのは事実だけど、疎いなりにハルカ姉さんを含む一部のライバーはやってはいた。それに、加入直後に同期になったマリエル先輩とルフェ先輩が教わって、二人がやるところもわずかな期間だけど見たことがある。
実際の手や道具の使い方はともかく、大まかな立ち回りはなんとなく想像できていたのは大きかった。実は秘密兵器も用意できているし。
「マッサージとタッピングはもう言うことがなさそうだから……次は、これ」
「耳かきだ」
「やっぱり、これが醍醐味ではあるでしょ?」
出てきたのは耳かき棒。よくある竹のやつで、道具側に特に珍しいところはなさそうだ。
ときにはマイクのほうに耳垢代わりになるもの……前にルフェ先輩が色気を出してやっていたところだとスライムなんかを仕込んだりもするらしいけど、今回はそれもない。一番シンプルなものということになるかな。
「こんな感じで……」
「聞き慣れたやつだ……けっこう優しめに動かす感じ?」
「種類によるけど、竹ならそうすることが多いかな。ちょっと硬いから、強くやると音が激しくなっちゃうし」
〈ほんとに個性出てるな〉
〈いきなり力加減の話まで飛ぶあたりマジで慣れがある〉
〈心愛のほうも最初から竹だし〉
〈動かし方とか……〉
〈見てたから前提なの強いわ〉
〈スタート地点が同じじゃないんだもんなぁ〉
いろいろ種類があるのは知っているけど、よく使われているのはこれの他にゴムブラシや綿棒あたり。それらは比較的力加減がアバウトでもよくない音は出づらいからか、マギにゃやみゃーこのときはそちらから始めていた。
つまり心愛先輩も私は基礎は飛ばしていいと思っていることになるけど、間違っていないからいいか。
なるべく余計な音を立てないようにしつつマイクを受け取って、膝枕の形に。……思えばこのために柔らかい素材のスカートにしているところから、もう慣れが出ていた。みゃーこは直前を見るにジーンズだったし。
お古とはいえ、ASMR特化のVtuberが愛用していたものだ。ちゃんとしたマイクだし、造形も手を抜かれていない。耳の形も忠実に再現されている。ただ……。
「……これ、耳かきそのものの不慣れだな……」
「そこは練習だね。ちょっとぎこちないくらいで、ちゃんとできてるから安心して。慎重なのもいいことだよ」
〈こう聴くと心愛との差もわかりやすい〉
〈心愛さんのテクがよくわかるのはそう〉
〈コラボ相手の株も上げますと〉
〈比較対象にはなってるってことよね〉
〈性格的に勢い余って変な音出したりしないから安心して聴ける〉
〈ガリっていくよりいいもんな……〉
やってみてわかった。少し慎重になりすぎているんだけど、たぶんその原因は耳道の形がわかっていないからだ。それで臆病になって、音が小さくなっている上に安定しない。
そのほうがいいのは同意だけど、それでいいとは思わないから要練習だ。マイクの形を覚えることが手っ取り早いけど……こうなると、耳かきそのもののスキルも上げたいな。協力してくれそうな同居人はたくさんいるから、実践練習してみてもいいかもしれない。本物を知ることにも意味はあるだろうし。
「争奪戦が始まるね……」
「自分の耳の感覚でも知りたいし、心愛先輩、後でやってみてくれない?」
「……私、後で吊るされない?」
「経験は数だし、吊るしに来たひとにもやってもらえば落ち着くでしょ」
「手なずけ方がこなれてるね」
〈*ルフェ・ガトー / 【電ファン】:はいはいはいはい〉
〈*パンドラ・ラスト Pandora Last:この世の春が来た……!?〉
〈*マリエル・オーレリア - Mariel ch:|´-`)〉
〈*エティア・アレクサンドレイア / Etia ch. :任せて〉
〈あまりにもいつもの面子すぎるだろ〉
〈全員来てるのかよ〉
〈*古宮都/Komiya Miyako【電ファン】:私も練習しよ〉
〈全員相手してたら二人とも腱鞘炎と外耳炎になりそう〉
もちろんほどほどに、ちゃんと期間を空けつつね。本物でやるとなるとどうしても耳掃除になるから、特にされる側は頻繁にやっても仕方ないし。
ということもあってか、みゃーこだけは私と同じ側だった。まあ、お互いにやっている余裕は今はなさそうだ。
「あとは、実はここでやってみたいことがあって……」
「ああ。ツルは確かに。面白そうだね」
「触手はよくあるから、これもね。試してみたくて」
〈お?〉
〈マジ?〉
〈やったぁ!!!〉
〈正直真っ先に期待しました〉
〈是非やってくれ〉
〈アルラウネの強みを活かしにきてる〉
〈ほんと需要をわかりすぎてるわ〉
〈まさか初回からやってくれるとは〉
そう、ツル。せっかくアルラウネがASMRをやるなら、やっぱり最大の個性でありウリになるのはこれだと思うんだ。これはずっと思っていたし、クリスマスにそういう流れになるまでなかなかASMRに触りに行けなかった理由でもあった。
もちろん自分のツルをそのまま使う体なんだけど……実態としては、これ専用の小道具を秘密兵器として自作していたのだ。それが上手くいくかわからなくて、踏ん切りがついていなかったのが大きい。
なので今回は、いくつか作りの違うものを用意してきた。それとなく入れ替えながら使ってみて、感触を探る魂胆だ。
つるつるした細めのコードの先端を処理したもの、しなりがあって柔らかい細い棒にビニールテープを巻き付けたもの、芯を針金にしたもの……植物のツルの感触は、ポリ塩化ビニルで再現を試みているものが多い。もちろんよりマットなものも用意しているけど。
「これはちょっとガタガタしてるけど……けっこうアリだね」
「じゃあこっちは……」
「音はこっちのほうがいい感じ。ふにゃふにゃしてる?」
「ここは力を入れづらいんだよねー……」
〈おお〉
〈けっこう想像通り〉
〈新鮮だしいいなコレ〉
〈いい武器になりそうね〉
いざやってみると、思ってたよりいい感じ、かな。ビニールテープだと巻き付けの都合上どうしてもガタついてしまうのは思っていたより気になったのと、コードのような芯の硬さがないものはどうしても柔らかすぎて耳かきの真似事もできないあたりは気になるとはいえ。
今回はどれのどんなところが利点かを探りたかったから、それは成功だ。今度はそれらのいいとこ取りを満たす最良のツルをどう用意するかを考えないと。