#135【ASMR練習】おしえて心愛先生 フロル編【月雪フロル / 一色心愛 / 電脳ファンタジア】
ことのあらましはクリスマスのこと。あくまで軽いエンタメの範囲内でやるはずだったプレゼント交換会に、PROGRESS三期生の一色心愛はダミーヘッドマイクを持ち込んできた。彼女が個人勢時代に使っていたお古で、彼女は電ファンにおけるASMRの第一人者としてより性能のいいマイクに買い換えていたから実際のところは「実質タダ」(本人弁)だったんだけど、受け取る側はそうもいかなかった。
よりにもよってハウス外からのゲストだったマギにゃが引き当てたものだから、大きくて高いから持ち運びにも気を遣うそれを怖がったマギにゃは元々あったハウス移住予定を大幅に早めることになった。それにもらう側からすれば事情なんて関係なく、中古でも高いものをもらっただけだからさあ大変。怯えてしまったマギにゃの意向で、最終的にはハウス内ライバーの共有品として決着したのだった。
ちなみに心愛先輩はマギにゃへ後日、改めてほどほどのプレゼントを渡していた。結果的にプレゼントなしのようになった分の埋め合わせだろう。
「そういえばフロルちゃん、あのときの同人誌セットは」
「忘れたことにしてたのに……」
「エティア先輩に読ませてもらったけど、すごくよかったから四期生のみんなで楽しんで」
「……はい」
〈逃げ切れなかったな〉
〈マギにゃ楽しそうにしてたんだから〉
〈早く誘ってあげな〉
〈せっかくのクリスマスプレゼントだぞ〉
だめか。……そう、私はあのとき、エティア先輩イチオシの電ファン同人誌セットをもらっていた。なんとかのらりくらり逃げていたんだけど、ここで捕まってしまったか。
いや、私はそういうのにはすごく興味があるというか、露悪的なものでさえなければファンコンテンツは大好物なのだ。だけどあんな形でもらってしまったせいで、それをファンの前で披露しなければならなくなった。こんなの、私と作者さんたちが羞恥プレイを喰らうだけなのに……それをこそ、特に私が悶えるさまを求められているから。
「まあ、それはさておき……今回はソレを私が使う番です。右耳さーん、声量大丈夫でしょうかー」
〈OKよ〉
〈ちょうどいい〉
〈完璧っす〉
〈もう寝れそう〉
〈この極上の囁きが自律神経を整える……〉
私のはいいとして、マギにゃとはあのとき、このマイクを一緒に使うことを約束した。つまりASMRコラボだ。
それに備えるため、そして今後の活動の幅を広げるため、私やマギにゃ、さらには他のハウス在住ライバーたちもASMRに手を出すことにした。それに際して私たちがすることにしたのが、箱内唯一の専門家たる心愛先輩からの授業だったのだ。
心愛先輩のほうも完全に乗り気で、既にマギにゃ、ゆーこさん、みゃーこはやっている。陽くんは……まあ、ハウス内でまだ受けていない四期生が彼だけになったら、自動的に逃げ切れなくなるだろう。逃げたくなる気持ちはわかるけど。
大丈夫、今日はそのまま寝てもいいよ。この配信は広告を切ってあるから。音量調整も開始前に心愛先輩に確かめてもらっているから、あくまで確認であって問題ないことはわかっていた。
「左耳さーん、感度は大丈夫ですかー」
「何も教えてないのに上手いなこの子……」
「というわけでみなさん、コンロンカー。電脳ファンタジア四期生、心愛先輩を自分の部屋に入れているアルラウネの月雪フロルでーす」
〈いい囁き……〉
〈こんな声も出せるんだ〉
〈ヘビロテ確定だこれ〉
〈まだ何も教えてないのかよ〉
〈大丈夫なんですか?〉
〈心愛またいい空気吸ってる〉
〈フロルの部屋はいい空気って姫も言ってたし〉
見よう見まねと同期から聞いての試みだけど、どうやらできているらしい。心愛先輩からもお褒めの言葉をいただけた。
実は囁き声はちょっとだけ練習してきた。参考資料ならYeahTubeに、特に心愛先輩のチャンネルにたくさん転がってるからね。
まあ心愛先輩はあくまで後輩のことが好きすぎるだけで、変な触り方とかはしてこないから。……いやまあ、ローラ先輩が変な触り方をしてくると自分で確認しているわけではないんだけど。同期女子二人も教えてくれないし。
「普通に喋るときどのくらい声量を絞ればいいかも、ちゃんと把握してきましたから」
「用意周到すぎるよフロルちゃん」
「同じASMRでも、シチュボのほうはあんまり囁かないでしょ? 使い分けがあるなって」
〈なんと絶妙な〉
〈え、マジで質がいいな〉
〈まだ始まってないんだよねこれ?〉
〈さては教師不要だったのでは?〉
〈やることはとことんやるフロル〉
〈シチュボも聴いたんだ〉
勉強も兼ねてたくさん聞いたよ。シンプルな甘々シチュも、斜め上の展開や設定から耳かきに繋ぐタイプのも、人外や悪堕ち系も。心愛先輩は演技派なのだ。
今日は私のほうでしか配信枠が立っていないから、他の授業配信と同じく心愛先輩のほうのリスナーも来ている。そんなコメント欄に褒められているのは自信になるね。
とはいえ、さすがに授業はほしい。多少はクオリティを追い求めたいんだ。
「心愛先輩のはダウンロード販売のも聴いてるから」
「えっ」
「不思議ではないでしょ?」
「えっと……どこまで?」
「どこまでだろうねー?」
〈でしょうね〉
〈ちゃんと巡回済と〉
〈まあ予想通りではあるよね〉
〈その反応は!?〉
〈エッなのまで手を出してるんですか!?〉
〈フロルさん!?〉
〈こんな会話まで両側からの囁きで聞けるんですか〉
心愛先輩は電ファン加入前から然るべき場所にR-18作品を置いている。電ファンはそういうのに寛容で、しっかりめにゾーニングをする必要こそあれど許可されていた。
それはナンバリング勢、つまり電ファンのもとでデビューしたライバーも同じだ。どちらかといえば少数派だけど、ローラ先輩は出していた。同期に二人もそういう人がいる三期生男子は、強く生きてね。
まあ実際は、言うまでもないけど聴いていない。……今はまだ。ダウンロード販売サービスのR-18フロアは、あと二ヶ月後のお楽しみだ。
入り浸る気も別にないけど、清廉にこだわって何も知らずにいる気もないからね。待っててね、「#フロルの撒いた種」のみんな。
……あのタグの半分以上が私がタチ、つまり餌食になっているのは相手ライバー側であるもので埋まっていることは、このときの私は知る由もなかった。
さて、そろそろ始めていこうと思うんだけど、考えていることがひとつ。
「実のところ、マギにゃもみゃーこも真面目にやってたので……私はふざけようかちょっと迷ってまーす」
「別にふざけなくていいんだよ……?」
「だって、おふざけと真面目が1:3になったら電ファンにしては大人しすぎない?」
「放っておいてもふざけないといけない先輩たちがいるから、後で落ち着くよ。フロルちゃんは普通にやってもハイクオリティになりそうだし、もったいないよ」
「ふむ……じゃあ先輩たちに任せますか」
〈おいまて〉
〈ASMRってふざけて当たり前のものではないのよ〉
〈まあ初心者ASMRってそういうとこあるけど〉
〈ふざけるかどうかを先に言ったら台無しでは?〉
〈箱全体のバランスで考えてる……〉
〈真面目すぎるよフロル……〉
〈ふざけないといけない先輩たち〉
〈なんという物言い〉
〈君たちの先輩ですよ〉
いやだって、心愛先輩が加入してからもう半年強、もともとASMRに興味があって促されずともやる気がある三期生までの面々は、このムーブメントより前の時点で心愛先輩とコラボしているのだ。四期生はいろいろ忙しかったりして手が回らなかったけど、先輩たちからすれば機会はいくらでもあった。
その中でまだやってなくて、今になって乗っかろうという先輩はつまり、ASMRでも電ファンを貫く可能性が高いというか。
ダミーヘッドマイクを使ったASMR配信というと、よくあるのは囁き声や耳かき、マッサージあたりの寝かせる音だ。他にも作業音やスクイーズ、咀嚼音あたりもあるけど……中には、そんなASMRで笑わせることを第一目標にするような人も存在する。特にこういう形の、普段やらない人が手を出す機会では顕著だ。
ところがここ一ヶ月で四期生が三人も心愛先輩から教わる配信をして、ネタに走ったのはゆーこさん一人だけだった。そうなるとね、電ファンとしてちょっと魔が差しそうになるというかね。
引き留められたし、高評価もされた。もともと今後はまっとうにASMRをやる気もあるし、ここは真面目にやっていくとしよう。