#134【月雪フロル】この子また高難度ゲーやりながら小難しい雑談してる……【電ファン切り抜き】
「あ、律だ。おはよ」
「今日は何用かしらあ?」
「図書館に用があるの」
「あ、私たちも。一緒に行こ」
自由登校とは、学校がやっていないという意味ではない。来たければ来られるし、自習や図書館の利用、教師への相談や質問なんかはできる。……まあ、教室には今がまさに佳境、それどころかまさに私立の二次試験期間中な受験生がいるから、用も勉強や手伝いをする気もなければ来るなとくらいは言われるけど。
実際のところ、内部進学組と推薦組の登校率は、高くも低くもない。みんな来ているというほど熱心でもないし、途端に誰も来なくなるような校風でもないから。週に一度か二度の私は来ていない方だ。ただ、何かしら校外での活動がある人はそれなりにいるから、変に目立つほどではない。
この日は春菜と秋華がいた。目的地は同じようだから、鞄も持ったまま連れ立って向かうことにした。登校も下校も任意だから時間にも縛りはないんだけど、図書館は三年だけでも埋まるほど混むから使うなら朝から来る必要がある。……裏を返せば、そうでない人は時間を後ろにずらしがちだ。
次に秋華が口を開いたのは渡り廊下でのこと。一年と二年はホームルーム中だから、廊下では静かにしなければならない。
「そういえば昨日、双葉が妙にグロッキーだったんだけどお、何があったのかって知ってる? 知らない?」
「いや、知らない。何かあったのかな……双葉のことだから、今日にはもう元通りになってると思うけど」
ちなみにこれは嘘だ。当然私は知っているし、なんなら同じ目に遭った。ちょっと言うわけにはいかないだけ。
おとといあった『リリり』の収録の中に、「ゲストに脳波でかわいいと思われたら電流」という悪魔のような企画があったのが原因だ。全員ひどいめに遭ったし、特に受けていたルフェ先輩は昨日の昼過ぎにもまだぐったりしていた。……いやまあ、一晩寝れば体には疲れも残っていなかったし、ただの気分的な問題なんだけど。
とはいえ昨日登校していった双葉には、私は感心していたんだけど……見抜かれていたか。無理もないけど。
「ま、律も双葉のことなんでも知ってるわけじゃないよねー」
「別に一緒に住んでるわけではないものねえ」
いや、ごめん。一緒に住んでるし、割となんでも知ってる。守秘義務があるだけで。
事情が特殊すぎて部分的にも話しようがないんだよね。まあ、この二人は将来的に朱音の側近が既定路線だ。つまり朱音が電ファンの上に立つ日が来たら、一緒に知ることになるだろう。それがいつになるかはわからないけど……たぶん、あと五年はかからないんじゃないかな。
◆◇◆◇◆
〈フロルが予定変更なんて珍しいね〉
〈日曜日になんかあった?〉
〈イミアリ全員様子おかしかったからリリりと見た〉
「はい。リリりの影響ですね。おととい撮ったんですけど、今回は本当に地獄で」
そう、実は私、昨日は念を入れて配信内容を差し替えていた。台本からはあれほどヤバいとはわかっていなかったから、翌日にドラエイの予定を立ててしまっていたのだ。
普通に喋るだけならともかく、高難度ゲームとなると話が別だったから今日に延期していた。代わりに今日のつもりだった雑談枠を昨日に回したんだけど、そちらを見ていなかった人からは今日になって疑問が投げかけられることとなっている。
「今週公開の回なので……というか、今週にしたので、よければどうぞ。四人揃ってぐったりしてた理由がわかると思います」
あまりの出来栄えと私たちの疲労困憊具合に、スタッフのほうも即座に公開順を入れ替えようと編集し始めたほどだ。リリりは本編中に収録的な連続性や順番を見せないから、そうして入れ替えが可能になっている。
私たちの隠しきれなかった影響がそこそこ話題になったから、それを忘れさせない意味で公開前倒しは正解だろう。宣伝を忘れないようにしないと。
さておき、ドラグメントエイジだ。ちまちま進めていて、そろそろ中盤に差しかかる。
チャレンジ内容は「再戦ノアEXTREME」、つまりクリア後の一戦という短期決戦なんだけど、それは本作のバトルの中で一番難易度の高いものだ。ならば他のところで詰まるようなら問題外ということで、道中の難易度選択も全てEXTREMEで進めている。
「なので実際、クロリロの道中ほどではないですけど気楽ではあります」
〈いやそのりくつはおかしい〉
〈えぇ……?〉
〈そうはならんやろ〉
〈EXTREMEですよね?〉
「やり直しがききますし、練習を兼ねているような感覚なんですよ」
これの次にやる「ヴァンパイアハンターハンターズ200%」は、性質上全てのステージが本番だ。その大半、というかほとんどは大した難易度ではないんだけど、とはいえ一定の緊張感があり続けることになるはず。
それと比べれば、残機制ですらなくステージ単位でやり直しがきく上にチャレンジ内容には含まれない今は、助走段階という感覚はどうしてもあって。
〈やり直してますか……?〉
〈そういうことは死にゲーしながら言ってもろて〉
〈未だにノーミスやろがい!〉
「違うんですよ。EXTREMEのくせに実験されながら爆散していくステージのほうが悪いんですよ」
〈あんまりな物言いで草〉
〈知ってるかフロル、今片手間にぶっ飛ばしたボスのEXTREME突破率は1%ないらしいぞ〉
〈これですら準備運動にもならないのか……〉
〈俺ときどきフロルのことが怖いよ〉
私はさっきから、当たり判定のギリギリを攻めての確認とか、自機の弾の当て方とダメージ量とか、いろいろ試しながら肌感覚に落とし込んでいる。だから実のところそのステージ自体には集中しているとは言いがたい状態なんだけど、それでもノーコンクリアが続いている。
……いや、本気で言っているわけではないんだよ。もちろんイベントで明かされたアンケートによるクリア比率も知っている。だけどこういうキャラクター像も求められているし、こう言わないと逆に嫌味っぽくなるし。
「ストーリーもいいんですよ、このゲーム。少しずつ事情が判明していく流れは計算し尽くされてますし。十数年前のゲームな上に今回はチャレンジ内容でネタがバレてるので流し見してますけど」
〈まあしゃーない〉
〈他のライバーもやってるから……〉
〈フロルが走り切れば電ファンだけで全難易度揃うのよね〉
〈ゲームのネタバレの賞味期限ってどのくらいなんやろね〉
難しいところだよね。朱音も交えて昼休みいっぱい議論……もとい話したことのあるテーマだけど、あのときも結局答えは出なかった。ネタバレはよくないという前提は当然ありつつも、古いゲームはもはや共通認識になってしまって形骸化するのも常だ。
特に有名なのを挙げるなら、「世界の半分をやろう」なんかがそうだよね。元は最終盤の展開だけどもはや誰もが知っているといっていいし、後にそれを前提とした派生作品まで出ている。
一般に「もういいよね」と思われるには、けっこうまちまちな期間や経緯が散らばっているものだ。有名さや古さ故にシンプルに知名度が高いパターンもあれば、公式から何かしらの形で明かされるパターンもある。直接の続編が存在するものの場合、宣伝にも続編の舞台、つまり前作終了後の姿が使われることになるから早く期限が切れがちだ。
私たち配信者も他人事ではない。ストーリーのあるゲームを配信者がプレイするということは、リスナーはそのゲームをやっていなくてもストーリーを見ることになるわけで、こうした文化に乏しかった時代より確実に「秘密が秘密でなくなる」のが早くなっている。それに私たちは一役買っているのは間違いない。
「それこそ今回もそうですし。それにそもそも『再戦ノアEXTREME』という概念自体が、ラスボスの名前と再戦の存在……つまりラスボスと再戦可能な、討滅ではない終わり方をすることをバラしているわけで。もはや大抵は気にもされないのも事実ですけど、そのあたりのバランス感覚は必要でしょうね」
〈雑談が始まったぞ〉
〈お家芸〉
〈雑談の内容に意識が向いてゲームが流れていく〉
〈EXTREMEって道中も難しいはずなのに……〉
〈まあ嫌なら見なけりゃいいし〉
〈ゾーニングの問題かね〉
まあわざわざサムネや配信タイトルに必要以上のネタバレ要素を入れて喧伝したりすれば、炎上したりするかもしれないからね。ゾーニングはもちろんある。配信やアーカイブを開かないと見えない概要欄や画面内のテロップ、主コメなんかとは使い分けだ。
……あるいは、来月オープンベータテストとして予告が出てきているVRMMOは、そもそも配信自体をコンテンツとして当てにしたりしているらしいし。やり方はいろいろというわけだろう。




