#130【メリスタ】人生は一度きり! 死んだら即終了だけど宇宙を救う【月雪フロル / 電脳ファンタジア】
一月末、この時期はライバーとしては比較的平和だ。ルカナさんの加入も決まってひとまずはPROGRESSの予定もないし、オーディションもまだ途上。感謝祭の準備はあるけど、まだ一ヶ月以上空いている。
私にとっては今のうちにドラエイを進めていこうとも思いつつ、飽きがこないようにいくつかのゲームをローテーションしながら配信を回していた。この日はそんな中の一企画だった。
メリクというのはゲームキャラの代名詞的存在だ。私はこれまでに『メリクカート』や『超乱戦クラッシュブラザーズ』で触ってきたけど、それらはあくまで派生作品。彼の本業というか、メインのタイトルは別にある。
アクションゲームだ。中でも『ヴァンパイアハンターハンターズ』と同じ横スクロール2Dが初代から続く形式だけど、3Dアクションのタイトルもあって本編扱いもされている。
今日やっているのはそんな“3Dメリク”の中でも人気の高い一作、『メリク・スタージャーニー』だ。宇宙の星々を舞台にしていることもあって、目まぐるしく変化する雰囲気やギミックのオンパレードが特色の超大作である。
ただ、メリクは万人向けの人気ゲーム。当然ながら少なくともエンディングまでは割と誰でもクリアできるようになっている。……まあ電ファンにはそれもできそうにない人が複数いるけど、そこは置いておくとしよう。
そんな普通難易度のゲームを私が普通にやっても別にそこまで面白くならないだろうから、いつものようにちょっとだけ普通でないやり方をすることにした。
それが「死んだら即終了」。これまたVtuberの配信としてはよくある形式だ。数分から十数分で本当に即終了したり、時には直後にもう一度同じ配信をしたりなんてこともよくある。
「…………どうして」
〈まーた自分のゲームの腕舐めてる〉
〈今日のトレンド会場はここですか?〉
〈五時間やってんのに同接五桁で草〉
〈セルフフロ虐お上手ですね〉
〈そもそも開始時間的にここまで想定してるだろ〉
だけど、それを私がやったらどうなるか。……そう、終わらないんだよね。
開始から三時間弱でエンディングまで進んでしまって、あまりに拍子抜けというか苦戦しなかったからそのまま選んでいなかった選択ステージやクリア後の追加要素まで続行。それからさらに二時間……配信はまだ続いていた。
まあ、うん。実際それなりに長くなるかなとは思って、いつもより早めの午後六時スタートにはしている。こういう時間の計算がつかない企画をやること自体も自由登校だからこそだ。
ただ、それでも想定していたのは三時間ちょっとだったんだ。このゲームのクリア後ステージ、つまりやり込み要素はさすがにそれなりに難しいから、突入してからしばらくのどこかでミスが出るかなと思っていた。その後に遅めの夕飯にできるようにと考えていたんだけど……。
「おなかすいた……」
〈魔物っぽいこと言い出してて草〉
〈かわいそう〉
〈そのへんの冒険者でも供物に捧げないと〉
〈食べてなかったのかよ〉
〈もしかして二時間そこらで終わると思ってました?〉
「エクステンドエリアに入ったあたりからどこかでミスすると思って、始める前に軽食しか食べてなくて……」
〈えぇ……〉
〈別に中断してなにか食べてもいいのよ〉
〈あの程度でミスると思ってたのか……〉
〈夢エティアチャレンジを顔色ひとつ変えずに決めて喜びすら出さなかったのに?〉
〈※初見プレイです〉
〈誰か止めなかったんか〉
「会議中でリビングに人いなかったんですよね。だから止めるような人自体がいなくて」
現在時刻は午後十時。こんな時間にまだ夕飯すら済ませていない。いかにもVtuber的な状態というか、これでもまだ電ファン全体から見れば目くじらは立てられない方なのが恐ろしいけど。
ただ、電ファンはハートフルな場所だ。こうして助けを求めるどころか配信内でぼやくだけで、マネージャーが近くについていない日でも助けが入る。
「……あ。……エティア先輩と見た」
「大正解! 手助けに来てあげたよ」
〈おっ〉
〈出たな呼び鈴〉
〈誰か来たぞ〉
〈エティアだ!〉
〈当たるんだ〉
〈すぐ誰か来るのあったけぇ〉
呼び鈴を押して、そのまま最近は配信中は鍵をかけていないことが多い扉を開けて入ってきたのは、最近ちょっと表立っての絡みが減っていたエティア先輩だった。
……当たったのは単に、ここで来そうな面子の中で今予定がないのが彼女だけだったからだ。マネージャーは呼び鈴ではなくノックをしてくるからわかる。
RTAではないから別に手を止めてもよかったんだけど……食事はちょっとね、喋れなくなって配信が成立しなくなるから気が引けていたところだ。
「助かったよ。ちょっと話を繋いでくれるだけでありがたいし」
「自分の配信で人に喋らせようとしてくる悪い子にプレゼントだよ。いくつか持ってきたから、食べさせてあげる」
「わ、ありがと。……良い子のみんなは真似しないでくださいね」
〈自分の配信をなんだと思って〉
〈まあ枠の貸し借りは電ファンではいつものことだし……〉
〈食べてる間エティアラジオか〉
〈食べさせてあげる???〉
〈もしかして餌付けですか〉
〈食べながら続ける気っぽいぞこいつ〉
〈五時間ぶっ通ししてる時点で今更では?〉
まあしばらくゲームの手は止めて、カップ麺あたりで済ませようかと思った矢先だったけど、エティア先輩が何か持ってきていることに気がついた。……どうやらおにぎりとサンドイッチだ。
それ自体はラップで包まれているから、手を汚さずに自分で食べられそうだったけど……エティア先輩はどうやら手ずから食べさせてくるつもりらしい。せっかくだから食べながら続けろということかと思ったけど、たぶんこの人は私に餌付けしたいだけだ。
「30分くらい前にリビングで、あれ終わらないだろうなって話になってね。私とスタッフ何人かで作ってたの」
「心読まれてたか」
「フロルちゃんがこうだったおかげで夜食をもらえることになったスタッフは感謝してたよ」
「おこぼれまで有効活用されてる……」
〈ばっちり把握されてるじゃん〉
〈周りの方がちゃんとわかってる〉
〈ついでも発生してますと〉
〈こんなにスタッフから尊重されるライバー電ファンに他にいたっけ〉
〈これが人望ですか……〉
〈スタッフにあんな目やこんな目に遭わされてきた先輩たちが泣いてるぞ〉
先読みされていた。やっぱり電ファンのスタッフは優秀だ、利用までされているし。
それでいて力関係的にはスタッフが上。うちのライバーはスタッフにも弄られる側だから、こうして優しくしてもらえる人の方が珍しい。……まあ、だからといって好かれ方に大きな差があったりするわけではないよ。私は大半のスタッフにとってもともと仲間のほうだったから、今の扱いもそれが影響しているだろう。
「はい、あーん」
「んむ……あ、知ってる辛子マヨだ」
「そんなに特徴出てるの?」
「うん、これは料理の上手い特定のスタッフのやつ。辛味強めで私は好き」
「ふむ……あ、ほんとだ。よくあるやつより辛い」
〈あーんだ!!〉
〈出たなナチュあーん〉
〈当たり前にやってるぞこいつら〉
〈何の疑いもなく……〉
〈ノーリアクション!?〉
〈フロルお前、なんか反応とか……〉
〈ガチ感出過ぎてますよ〉
〈スタッフの料理の腕まで把握してるのか〉
〈アットホームな話題だ〉
〈今エティア食べた?〉
〈関節キスですか???〉
そのままサンドイッチを口に突きつけられたから口を開いたら、あとは噛み切るだけのところまで差し込まれる。本当に動く必要のないほどの世話に甘んじて食べさせてもらったんだけど……スタッフ時代はよく食べさせてもらっていた、馴染みのある味。デビューしてからはライフワークそのものが変わったこともあって、スタッフさんたちとはタイミングもずれてご無沙汰だった。
ノーリアクションと言われても、本当にこのくらいで動じるような関係じゃないし……友達と遊びに行ったときによく起こる「それ一口ちょーだい」みたいなものだから。エティア先輩も味を確認しているけど、それも今更だ。
……もちろん、みんなからすれば一大事だということはわかっている。でもだからこそ、状況描写だけのチラリズムというのも乙なものでしょ?
「そもそもみんな、もっと見るべきものがそこにあるでしょ。フロルちゃん普通にプレイ続けてるよ」
「まあ私ずっとゲームへの意識は半分くらいだから。今のステージはクリア後にしては控えめだし」
「ほんとに……? けっこう難易度凄そうに見えるよ……?」
〈そうなんだよね〉
〈手を止めてすらない〉
〈別に止まって食べてもいいんすよ〉
〈なんでわざわざ難易度上げてるんですか?〉
〈危なげすらなくて草〉
〈さてはあーんのためにわざと止めてないな〉
〈ここが控えめ……?〉
〈表に出ようか……久々に……キレちまったよ……〉
〈ここ相当苦労した記憶あるんだけど〉
〈これがフロルか……〉
まあ、そう。操作を続けていれば手が塞がっていることになるし、今の状況に正当性が保たれるなとは思ってやっているよ。
というか、先にラップを剥いて差し出してきたのはエティア先輩だから、そもそもやらされている節もある。私も疑っていないけど。




