#13 デビュー後の所感を語るフロルとマギア【電脳ファンタジア切り抜き】
記念枠の話はそこそこに、せっかく新人ライバーが二人いるのだから共有できる話題を取ろうか。といってもマギアちゃんは下世話な話を自分からするタイプではないから、そういうのはちよりんに回しておく。
「デビューから10日、決まってからなら二ヶ月経ったけど、マギアちゃんは何か変わったなって思うことはある?」
『変わったこと? ……ちょっとだけ、起きるのが楽になったかも』
「……活動のために起きなきゃ、ってわけではないよね?」
『うん。気分的なはなし』
下手に地雷を踏んだりしてしまわないように、電ファンでは各ライバーが仲間に明かしてもいいと思った裏事情は周知されている。私ならまだ一応高校生であることとか、ハルカ姉さんと血縁関係にあることとか。そういう表沙汰にできない、配信中に意思疎通できないことだ。
だから私たちは知っている。マギアちゃんの中身はまだ16歳の女の子で、しかも辛い過去を抱えていることを。
マギアちゃんは先天的にある症状を抱えて生まれてきた。舌小帯短縮症といって、本来なら舌の半ばまでしかない舌と顎を繋ぐ筋がより手前まである体質だ。
これ自体は日常生活にはあまり問題はないことが多いんだけど、舌先が持ち上がらないことで滑舌に影響があるのだ。マギアちゃんの場合、それが原因で学校でいじめられてしまった。
知名度の高くない身体特性ということもあって長らく気付かれず、それが原因とわかったのはなんと所属が決まってからだった。そのため当時は単に舌が回らないだけとされてしまって、ご両親の気遣いで学校に行かないことと通信制高校への進学を決めるに留まっていた。
『わたしが街に出るのがこわいのは知ってるでしょ? じつは、ほんとうは起きるのもこわかったんだけど……最近、たのしいの』
「…………なんか泣きそう」
『えっ、なんで!?』
「顔合わせのときあんなに今にも気絶しそうだったマギアちゃんが、短期間でこんなに楽しそうに……いい使い魔さんたちに恵まれたねぇ……!」
『ええ!? ふろるちゃん、おかあさんかなにかみたいになってない!?』
〈ええ話や〉
〈マギアちゃんが頑張ってるのはわかるからなあ〉
〈応援するしかないのよ〉
〈フロルって共感性高いよね〉
〈遊ぶつってなんだかんだ楽しませてるし〉
〈優しいのバレてんぞ〉
マギアちゃんがハウス入居を断った理由はひとつだ。彼女は人と面と向かっての会話に恐怖を抱いている。顔合わせのときに一度会ったけど、本当に必要最低限しか喋らなかった。通話越しなら大丈夫なんだけど、と。
それがどうだ、たった十日間でこの通りだ。通話越しであり画面越しだからというのはあっても、こんなに楽しそうに。コラボのお誘いが来ただけで嬉しかったのに、本当は朝起きるのも怖かったのが楽になっているとまで。
『わかってきたの。ここならわたしのかつぜつを笑う人はいないって。かわいいとまで言ってくれるし……』
「うん。……これまでのマギアちゃんの悩みを否定する気はないけど、少なくともライバーとしてはそれは強みだと思うよ。可愛すぎて羨ましくすらあるもん」
『ん。……こんど、がんばっておうち行くから。オフコラボも、したい』
「おいでー! いっそそのまま住みなー!」
〈フロルのキャラがいつもと違う〉
〈*四ツ谷幽子 -Yuko Yotsuya-:私のときはそんなじゃなかったのに〉
〈愉悦され倒してたゆーこさんご立腹〉
〈でもそうもなるわ〉
〈いうてゆーこさんも世話されてたぞ〉
〈てぇてぇ〉
〈相手によって顔を変える女〉
正直、「私が助けてあげなきゃ」と思っていなかったと言えば嘘になる。この子のトラウマは取り除けるように助けてあげないと、って。結果からいえばそんなのは失礼だった、自力で前を向いてみせたのだから。マギアちゃんは強い子だ。
思えば最初からそうだったのだ。傷ついて世間から距離を置いていたときに同じように舌っ足らずな他事務所のライバーを見て、自分もこれならとオーディションに応募できる行動力は凄まじい。それどころかこの子は初配信で、あろうことか自分の弱みを徹底的にさらけ出すような早口言葉を披露したのだ。まだ目の前のリスナーに受け入れられるかわからない段階でそんなこと、きっと怖かっただろうに。
……ゆーこさん、白々しいよ。あんなわかりやすいわからせ待ちの態度を見せてきて、弄るなというほうが無理がある。ライバーという存在の「恥を売り物にする」という必要な側面においては、あのひとはマギアちゃんに勝るとも劣らない。初配信でいきなりホラゲやって絶叫祭りになっていたし。
…………本当にろくな初配信がないね四期生。
『ふろるちゃんはどう? かわったこととか』
「うーん……どっちかというと四期生そのものの影響なんだけど、擬態先で電ファンが話題になることがすごく増えたかな。話題取れてるんだな、って嬉しくなる」
『へぇ……まわりがそんな話してたら、なんかどきどきしそう』
「私は前から裏方やってたから電ファンの話は心の中で後方彼氏面してたんだけど、その面では当事者になったのは大きかったよ。目の前で友達二人が私の話してて、私にも話を振ってきたりするの」
次は私の番だ。私の高校は三学期から自由登校だから通うのは年内までだけど、それまでは基本的にハウスと高校の往復のような生活になっている。となれば活動そのもの以外の話になると自然と高校での話になるものの、話の種には事欠かないほどの変化はあった。
安全な範囲内を見極めながら、言い換えとぼかしを駆使して話を組み立てていく。……そうそう、今日はこれの練習もしに来たんだった。
「昨日なんか大変で。すぐ近くに朝活を見てたエティア先輩推しの人がいて、明らかにテンションが高いの。これ私のせいなんだなって思うと、けっこう私たちが世の中に及ぼせてる影響って大きいんだなって思うと同時に表情筋が疲れる」
『わー……わたしにはむりかも、顔に出ちゃう』
「嬉しいんだけどね。最初から目標にしてる『ライバーで遊ぶ』ってこういうことだから」
『相手のファンをたのしませる、ってこと?』
「うん。やっぱりファンが見たいものって、そのライバーのキャラごとに違ったりするから」
『ゆーこちゃんの悲鳴とか?』
「そうそう。エティア先輩の照れとか、陽くんの不憫とかね」
〈*四ツ谷幽子 -Yuko Yotsuya-:あの〉
〈草〉
〈マギアちゃんにまで悲鳴の人認定される幽霊〉
〈図書委員です。本当にありがとうございました〉
〈昨日のエティアはワイの職場でも死人が出てた〉
〈一発でどのくらいキル出たんかなあれ〉
〈フロルってよく考えてるんだなあ〉
〈*葵陽【電ファン四期生】:俺ってそんな見られ方してたんだ〉
〈陽くんの不幸体質は筋金入りだし〉
〈俺らもフロルのデレが見たいぞ〉
マギアちゃん、どちらかといえばこっち側の素質があるよね。基本的にかわいい全振りだから、ゲームとかならともかく対人となると付け入る隙があまりないし。こう見えて刺す一撃は的確だから、油断させてワンパンしてくる恐ろしさがある。
まあ私はノーダメージだ。そもそもマギアちゃんのことは甘やかしに来ているから。
問題があるとすれば、マギアちゃんはちゃんと私のことも獲物として見ていたこと。
『あ、そうだ』
「なに?」
『今日のうちに言っておこうと思ってたんだぁ。……ふろるちゃん、ツルちょうだい?』
「あー……あの怖いメモ」
〈ツル?〉
〈何の話だ〉
〈あー〉
〈こないだの〉
〈こんなにかわいいのに魔女なんだよなぁ〉
そういえばあった。マギアちゃん、この間Tsuittaにこんな投稿をしていたのだ。
“
マギア・ワルプルガ @Magia_Fantasia
メモ
・アルラウネのツル
・人魚の涙
・アラザンの髪飾り
・ライフポイント
・神絵師の腕
・たぬきそば
・死霊の霊気
”
スクショしてあったから、配信画面にも載せておこう。ラインナップがちゃんと魔女が使いそうな範囲内に収まっているものが多い一方で、単に魔法薬の材料にしてはいろいろ変だ。
ツルとアラザンでギリギリ食べられそうな雰囲気だけ出しておいて霊気やら腕やらで裏切ってくる。一見すると美味しそうなたぬきそばはどう考えても薬にはならないし、ライフポイントはもはや意味がわからない。闇鍋でもこうはならない狂気がここにはある。
「痛いけど、まあ生えてはくるし……いいよ。郵送する?」
『ううん、オフコラボのときに取りにいく』
「わかった。じゃあその時でいいか……ちぎれることはあるけど、自分で切るのは初めてだな」
『ありがとっ。ふふふ……』
〈アルラウネのツルって案外気軽なんすね〉
〈お近付きの印か〉
〈仲良くなったら体の一部を欲しがるの怖ない?〉
〈魔女っぽいとこ出てきた〉
〈……これもしかしてさ〉
マギアちゃん、時々怖いんだよね。分厚くハイカロリーな可愛さの奥底に時々恐ろしさが見え隠れする。善なフリをしている魔女らしいといえばそれまでだけど。
とはいえキャラ付けとしてなら面白いな、くらいの感覚だった。この瞬間までは。
流れてきた的確すぎるコメントを私は見逃さなかった。
「……これ、全部電ファンライバーに関係してる……?」
『あっ』
「うわ、ほんとだ。ってことはこれ」
『…………コラボしたひとから順に、もらおうかなって』
〈ヒェッ〉
〈よく気付いたな〉
〈こわ〉
〈マギアちゃんはかわいい担当だったはずでは……?〉
〈せっかく早口言葉がただの健気だとわかったばっかりなのに〉
〈やっぱやべーやつだったか〉
〈こんな怖い書き方してる時点で言い逃れできません〉
〈こーれ電ファンです〉
〈たぬきそば〉
〈新人にまで言われてますよみくらパイセン〉
確かにそうだ。PROGRESS二期のセレーネ先輩は人魚だし、アラザンの髪飾りはルフェ先輩が着けている。そうと考えればライフポイントというのはデュエ兄こと嘉渡決斗先輩のもので、神絵師の腕なる露骨に呪術的かつネタ性の高い代物はPROGRESS三期の不如帰もず先輩だろう。……マギアちゃん、絵も描くつもりなの?
たぬきそばは例の事件以来ひたすら擦られ続けているみくら先輩で……霊気とやらはゆーこさんから採取するのだとすれば。
「この子、ライバーの何かから魔法薬の材料扱いできそうなものを手当たり次第に探してるだけだ……」
『ばれちゃった? じゃあにがすわけにはいかないなぁ……』
「ま、マギアちゃん……」
〈ひっ〉
〈マギアちゃんこんな子だったんだ……〉
〈フロル逃げて! 超逃げて!〉
〈普段のおっとりが嘘みたいに回り込んできそう〉
要はコラボリストだ。大半が先輩たちなあたり、そうと考えるとこの子は意外と胆力と冒険心がある。
なんだけど、その一方でこの子はキャラへの没入力がとても高いこともわかってきた。これなら今度は寝起き凸しても大丈夫そう……じゃなくて、今はけっこう怖い。オフコラボではないから言葉だけなんだけど、それでも逃げられないような錯覚さえする。
……まあ、あくまでキャラだ。言い換えともいう。
「花の蜜もあげるから」
『しかたないなー』
「日程が合えば素材集めも手伝うよ」
『うん! よろしくね!』
〈買収〉
〈見逃してもらえた〉
〈危うくフロル自身が魔法薬になるところだった……〉
〈アルラウネは魔女の手先になりました〉
〈逃げなきゃいけないのは他のライバーなんだよね〉
たぶんこの子にとって、素材という表現はまさしく「お近付きの印」の具現化なんだと思う。ちょっとした機転で私からそれをもう一つ引き出しただけ。
そんなことされなくても私はマギアちゃんを可愛がっていたと思うけど、安心感は大事だ。対価は嬉しそうなマギアちゃんということで。




