#129【電ファン切り抜き】初配信からPROGRESS志望のルカナ、まさかの配信中スカウト
ルカナさん参戦後の後半戦は、最初の事故も含めてハチャメチャ度が上がりつつも順調に進んでいった。特にアンリさんとの一騎討ちについては、なかなかいいバチバチ感だった。難易度的には後半のアンリさん用に高いものを残していたようだ。
そして、終わりが近づいてきたところで……私はこっそり、テキストチャットでとある密談をしていた。相手はセレーネ先輩とアンリさん、そして電ファンの人事部長。よそのそういう役職の人と比べるとライバーとの接触の多いひとだけど、私とも多い。自分自身のときもだけど、ルフェ先輩やみゃーこを連れてきたときなんかもお世話になった。
……言うまでもないだろう。内容はもはや当初の心配などどこ吹く風とばかりに生き生きしている怪盗だ。
話がまとまったから、そのまま最終問題まで配信を進めて……そこでアドリブに入る。
『それじゃあ最後に、エキシビジョンとして追加問題をやりましょうか』
『追加ですか? 作ってきたの、予備も含めて今ので最後ですけど……』
『問題はこちらで用意しているの。いいかしら』
『えっと……はい』
一見するとよくわからない展開だけど、ルカナさんは配信の流れのままに乗ってくれた。それから送られてきた問題を見て、意図を理解したようだ。
『では……“Sさんはどうしてもやりたいことがあってとある人物を呼んだが、そのとある人物はそれが成功のまま終わろうとしているときにもまだ状況がわかっていなかった。その人物とは?”』
〈あれ、これって〉
〈これはやりましたね?〉
〈Sさんニッコニコで草〉
〈そこまで気に入ってたんだなあ〉
そう、これは明らかに、今この状況を指している問題だ。最後はエキシビジョン、もはや問題を解くというよりは現状を噛み締めるためのものである。
……と、ルカナさんは思っている。セレーネ先輩はわかりやすく満面の笑みだ。違和感があるとすればひとつ、「とある人物は状況がわかっていない」という部分。
「じゃあまずは……“その人物はその場を楽しんでいましたか?”」
『それはもちろん、“はい”』
『いいね! “その人物は呼ばれたときには驚いていましたか?”』
『“はい”』
『なら、“その人物はその場に呼ばれて嬉しかったですか?”』
『“はい”!』
『“その人物は、おわりをなごりおしく思っていますか?”』
『“はい”、です』
〈エキシビジョンだ〉
〈こういうのもあるのか〉
〈楽しそうすぎる〉
〈最初から確定演出で草〉
〈みんなわかってるな!〉
もはやそれが片弦ルカナであることを確定する作業すらしていない。自明だから。
似た形式の物当てクイズで、答えがわかったあとにそれにまつわる情報を連打する、いわゆる確定演出タイムだ。ルカナさんにとっては、それは自分の今の心情をそのまま答えればいいだけ。
だから、それをそのまま引き出していく。
『“その人物はサプライズ登場を楽しめましたか?”』
『“はい”』
『“その人物は、また機会があれば同じことをしたいと思っているでしょうか?”』
『もちろん“はい”!』
『それなら……“その人物は、可能なら日常的にそうした場にいたいと思っている?”』
『……!?』
〈楽しかったんだ〉
〈よかったなあ〉
〈ルカナ、俺嬉しいよ〉
〈マジでいいもん見た〉
〈ん?〉
〈これは……〉
〈流れ変わったな〉
そう。意思確認の時間だ。もはや心配してもいないけど、何よりも大事だから。
果たして、彼女の驚き方が、明らかに夢想を含んだものだったのを見て、私たちは確信した。私とアンリさん以外の五人も意図がわかった様子。
『“は、はい”』
「“Sさんに対して憧れと羨望があったりしますか?”」
『“はいっ”』
『“では、Sさんと同じ道を歩めるなら嬉しい?”』
『“はい!”』
「“そうする覚悟はありますか?”」
『“はい!!”』
『“後悔しませんね?”』
『“もちろん!”』
〈これそういうことだよね?〉
〈マジか〉
〈配信中に!?〉
〈本人も乗り気だぞ〉
〈もしかしてくるのか?〉
〈ざわ……ざわ……〉
〈来るぞ……!〉
確認は取れた。なにしろ、送られた問題には実はこう併記されている。“空気に関係なく、素直に答えてください”と。
だから。
「では……片弦ルカナさん。電脳ファンタジアPROGRESSのスカウトを、受けていただけますか?」
『……よ、よろしく……お願いしますっ……!』
〈キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉
〈スカウトだ!!〉
〈やっぱこれそういうのだったんだ!〉
〈エンダアアアア〉
〈ようこそ!!〉
〈おめでとう……おめでとう……〉
〈「夢はでっかくPROGRESS」の初配信からよくぞここまで!〉
この瞬間、片弦ルカナの電ファン加入が確定した。……そう、私たちは彼女が約一年前の初配信にて、まっすぐな目をしてセレーネ先輩とPROGRESSを名指しで目標にした様子をアーカイブで確認している。これは気持ちが変わっていないことを確かめるだけの儀式だったのだ。
配信中スカウトはPROGRESSでも初めてなんだけど、それに踏み切ったのは彼女の能力への信頼のほかに、そうした事前の意思確認が取れていたこともあった。望んでいないものを衆目のもとで拒ませるのもよくないからね。
ルカナさんが感極まってしまったから、いったん小休止。それを咎めるような無粋な人は、さすがにいないだろう。
◆◇◆◇◆
もともと全てのコンテンツが終わったところだったから、ルカナさんが落ち着いたらそのまま配信の締めに移った。
つつがなく済んで、配信が切れたことを確認してからもボイスチャットは切らない。ルカナさんには話さなければいけないことも多いし、もう内部の話も隠さなくていい。
「ってわけで、ルカナさんにはこれから電ファンへの加入準備をしてもらいます」
『は、はいっ』
『ま、活動内容が劇的に変わったりするわけではないから安心してちょうだい』
本人は開始前の15倍ほどまで膨れ上がった登録者数に戦慄しているけど、このまま加入すればこの程度では済まないから今のうちに慣れてもらおう。電脳ファンタジアは現在、PROGRESSを含めて全員が15万人以上の登録者を抱えている事務所だから、本人のポテンシャルも含めて今からさらに10倍は堅い。
加入準備はいくつか段階があるけど……まずは大前提として、契約や今後の活動についての相談か。
「とりあえず契約とマネジメント体制の確立、顔合わせあたりがあるので、来られるタイミングでいいので事務所かハウスのどっちかに来てもらうことになりますね」
『わかりました。予定お送りしますね』
「暫定の連絡先は伝えておくので。……とりあえず、どのくらい電ファンでの活動に密度を持たせるかとか、本業か副業があるならそれをどうするかとか、そのあたりは考えておいてください。ウチとしては専業推奨ですけど、禁止はしてないので」
事務所に入るということは、いろいろサポートが入ることになる。マネージャーもつくし、準備やら雑務やらは手伝ってもらえるし、相談にも乗ってもらえる。けれど、代わりに電ファンは少ないとはいえ事務所方針はあるし、コンプラはしっかりしているし、グッズにボイスに番組にと活動内容も増える。
それらの確認や相談と……どのくらい活動して、これまであったであろう生活、労働や学業とどう折り合いをつけるか。PROGRESSで加入前から専業Vtuberだった例は稀だし、ルカナさんの場合は収益化もまだだから余計にだろう。
「で、次に……機材とかにもサポートが入ります。支給品のカタログがあるので、欲しいものは遠慮なく伝えてほしいのと……希望があればハウス加入もできますが」
『恐縮ですけど、機材はかなり興味あるかも……どうしても妥協しちゃってるので。ただ、通学の都合があるので、少なくともあと一年はハウスは無理そうです……』
機材の支給、これは私たちも使っている九鬼系列からの試供品だね。特に家電と電子機器を扱う『デモンディーヴァ』にはお世話になることになる。……今送ったカタログを流し見したのだろう、通話越しに変な声が聞こえた。
試供品というのは新製品でないと意味がないわけだから慣れてもらうとして、ハウスは事情ありで地方残留のパターンと。……非ハウス組はおおむね、首都近郊在住だから不要組、事情があって地方組、事情はないけど地方組の三つに分けられる。……このうちやや白い目で見られている三つ目の代表例が、まさかのハヤテ先輩だったりするんだけど……まあそこは割愛。
「あとは、チャンネルやSNSですね。ある程度わかりやすいところに所属を明記してもらって、少なくとも電ファン公式Tsuittaはフォローしておいてください」
『はい! これまでしてたことで、やめた方がいいことってありますか?』
「そうですね。一般の方のフォローは外して、非公開リストにでも移しておいてもらうところですが……ルカナさんはもともと関係のあるイラストレーターさんと同業の方しかフォローしてないみたいなので、そのままで大丈夫です。
あとは、サブ垢は一個まで、裏垢はなしで。YeahTubeのサブチャンネルは、こっちもひとつまでOKです」
電ファンとしてもいろいろとマニュアルは存在する。特にSNS運用のコンプラあたりはどうしてもあるけど、ルカナさんは元々問題なさそうだから実際のところは変えるところは多くないか。
詳しいことはこれも契約のときに話があるだろうから、今は聞かれた分だけ。既にマニュアル内で動いているセレーネ先輩を参考にしていたからか、今から指定する要素は少なくて楽だ。
じゃあ次は、このタイミングの加入なら参加が間に合う感謝祭とそこでのライブについて…………と、何やら生暖かいような空気を感じる。
『いや、悪い。フロルって本当に元スタッフなんだなって実感したというかさ』
「失敬な。二年半もやったんだから、これでもみんなのメインマネより先輩なんだよ?」
『そうなんだけど。なんというか、普段は同期として関わってるから、なんだかちょっと新鮮で』
『うんうん。ほんとにすごいなー、って。ね?』
まあ、そうか。同期たちは私がマネジメント業務をやっているところを知らないわけだものね。無理もないのか。
それを見せる機会は今後さらに少ないだろうから、今のうちに見たいなら見てもらっておこうか。まあ、別にわざわざ見るほどのものでもないけど。
……とはいえ別に見るほどのものでもないから、ルカナさんまでそういう雰囲気を出すのはやめてほしいかな。
五章終了のキリもいいタイミングで、いよいよストックが追いつかなくなってきたため週一回の更新に切り替えさせていただきます。金曜日の予定ですが、変更やどこかでの追加更新の可能性もあるので参考程度に。




