#122【赤田ファーム】真っ先に通販のそばの案件をもらうVtuber【月雪フロル / 電脳ファンタジア】
こういうのはネタが冷めないうちにやらないといけない。先方がフットワーク軽く動いてくれたのだから、こちらがもたついては期待に応えられなくなる。
「というわけで案件です」
〈だからといって開口一番そんなこと言うやつがあるか〉
〈開始0秒で全COで草〉
〈あんま案件って単語この速度感で使わんのよ〉
〈にしても案件先が斜め上すぎる〉
だよね。私もびっくりした。
Vtuberに渡す案件というのは、だいたいの場合はそういう……言ってしまえば在宅の職種に合ったものとか、インドア生活をサポートしてくれるものとかか、活動に直接関係のあるPCやゲーム関連の品とかだと思う。宅配食だったり、マウスやキーボードだったり。
もちろん当人の活動内容なんかにもよるし、こと電ファンの場合はそれぞれのキャラクターに合ったものであることも多い。デュエ兄が新作TCGをやっていたり、ルフェ先輩がスイーツをレビューしていたり。
だけどさ。
「改めて、コンロンカー。初案件をそば農家さんからいただく系ライバーの月雪フロルです」
〈草〉
〈どうして……〉
〈大晦日が繋がってるじゃん〉
〈あんな美味そうな場を作ったらそらそうよ〉
私が受け取ったの、そばだよ。いやまあ植物くらいのゆるい繋がりはあるけど、花ではないしVtuberっぽいものでもない。少なくとも半分は。
まあ、大晦日に流れで作った年越しそばがこの状況を生んだことはわかってはいるんだけど。アレで私とそばを案件レベルまで結びつけるのはちょっと、無理がないかな。
とはいえこういう話をいただけるのはありがたいことだ。このそばの魅力を伝えることに妥協する気はない。
というわけで今回はキッチンからの配信だ。昨日の朝活で料理配信を望むコメントも多かったから、ちょうどいいね。
「でもフロルさんや、そばの案件ってことは茹でるだけなんでしょ? ……とお思いのそこのあなた」
「「「はーい!」」」
「……向こうは今から魂胆見え見えのオーディエンスですが、それはさておき」
〈はーい!〉
〈はーい〉
〈でもフロルさんや、そばの案件ってことは茹でるだけなんでしょ?〉
〈いっぱいおって草〉
〈知ってた〉
〈あいつら今日の昼飯そばで済ませるつもりだぞ〉
あのときほどではないけど、今回も食べる役は数人いる。リアクション不足の不安も、作りすぎの心配もいらないだろう。そもそも年越しそばがコンテンツとして成立したのはあの人たちのリアクションのおかげだから、普通にありがたい。呼ぶ前に来たけど。
別に茹でるだけでもそばの案件としては成立するし、私も最初にメールが届いたときにはそうだと思っていた。だけど今回はそんな、簡単な食事としてVtuberに案件が来るのもわかるような範囲で収まらなかった。
「こちらですね。……こっちが麺で、これから素直に茹でていくんですけど……それとは別に、はい。今回はそば粉もいただいています」
「つまり粉から料理するってことだな?」
「そう。助っ人とするには頼もしすぎるというかもう全部一人でよさそうな星夜さんの言う通りで、今日は麺と別にそば粉料理も作っていきます」
「大丈夫だ、全工程をフロルが見せる邪魔はしないから。向こうで期待してる子達を裏切るな」
〈粉から!?〉
〈案件出す側も出す側でハジケてんな〉
〈まあフロル料理できるって言ってたから〉
〈ちゃんとお手並み拝見できるってことですね〉
〈悲鳴上がってて草〉
確かにできるとアピールはしたけど、披露する前に案件を出してきたのはすごい胆力だと思う。まあ今のように、少なくとも御門星夜という命綱はあると判断されたのかもしれないけどね。星夜さんは案件中だけは見た目マジックを行わない、電ファンの中では歯止めがきく方だし。
そもそも電脳ファンタジアという事務所に案件を送る時点で、ソツのない宣伝より楽しい撮れ高を求めてくる企業だとはわかっている。向こうも真剣に広報が吟味しているからね、真面目にやってほしい企業はそういうところに任せる。これは役割分担だ。
「だからルフェ先輩はこっちこっち。先に時間かかるやつを作るよ」
「私? ってことは、スイーツも作るの?」
「もちろん。仮にも穀物だから、小麦粉と同じようにも使えるよ。風味が出たりもするから、合うものは合うし」
本日の主役である麺は本当に茹でるだけの状態で梱包されているから、それ自体はあまり時間がかからない。だから先にやっておきたいものがひとつ。
まずはボウルにそば粉を入れて、泡立て器を使いながら水に溶かしていた。それと調理台にあった寒天でおおよそ察してくれたようで、ルフェ先輩は何も言わずとも鍋に水も寒天を入れて火にかけてくれる。さすがはパティシエールだ。普段からよく作っている姿は、デビュー前は実は趣味レベルだったとは思えない。
寒天が煮溶けたら砂糖も入れて、そこにそば粉。沸騰したら濡らした型に流し入れる。あとは冷蔵庫だ。このくらいは流れで進む。
「食べる方もゆっくりやるだろうし、先にするのはこれだけでいいかな」
「君たち本当に息ぴったりだな。少なくともお菓子では俺の出る幕はないか」
「二人の共同作業だね♡」
「そうだね。この後もまたお願いするから、待ってて」
「…………」
「あれ、ルフェ先輩?」
「おい嘘だろフロル」
〈手際いいなあ〉
〈大晦日も思ったけど料理系二人もいるのアドだな〉
〈草〉
〈ルフェさん……〉
〈!?〉
〈フロル、突然の反撃〉
〈ルフェ撃沈してて草〉
〈そんなナチュラルに……〉
〈えっ無自覚?〉
〈フロル……恐ろしい子!〉
いや、半分はわかってやったよ。ジャブのつもりだっただけで。
ルフェ先輩、顔を手で覆ってうずくまってしまった。おかしいな、こんなに弱いと思ってなかったんだけど。
「もしかしてフロルって乙女心とかわからないタイプだったのか?」
「そんなことないよ。ただもっと強いと思ってただけで」
「加減してやれよ……こんなでもパンドラや都と違って、まだフロルとの付き合いは一年もないんだぞ?」
「遺憾だよ。一年弱の付き合いらしい態度をしてないのはルフェ先輩のほうなんだから」
「まあそれはそうか……」
〈フロルには乙女心がわからぬ。フロルは植物である〉
〈御門が乙女心を語ってる……〉
〈こまちに白い目で見られてたあの御門が〉
〈成長したな御門〉
〈まあ普段のルフェはむしろフロルを振り回してくるけど〉
〈御門が正論だよ〉
〈それはそう〉
〈納得しちゃった〉
〈お菓子の国のパティシエールにとってお菓子作りの共同作業は特別なんでしょ〉
ああ、そういうことか。得意分野で一緒に作業して、存分にラブラブアピールを向こうのライバルたちに見せつけること自体が求愛行動だったのか。
「そこまでわかってるならもう許してやれよ。もうルフェ立ち上がれそうにないぞ」
「それは違うよ。これは魂胆がバレてどんな顔すればいいかわからないだけ」
「…………確かに一年弱の付き合いの態度じゃないな」
ね? ルフェ先輩は別に思考回路が機能停止しているのではなく、図星もあって今どんな顔してもさまにならないだけだよ。数年来の付き合いでやっと出てくるような、ちょっと図々しく見えなくもないほどの深いところの信頼だと思う。
あと、今平然としたら向こうのライバルたちが襲ってくるんだよね。正直なところ八割方自業自得ではあるけど、一人だけ呼んで抜け駆けみたいにしたのは私だからそっとしておくのが武士の情けだ。
「紳士協定的なやつか……」
「別に半同居状態のライバーどうしで、お互い生活そのものをコンテンツ化してる身分なのもあって、ポリアモリーでいいと私は思うんだけどね」
「言いたいことは理解できなくもないが、それを公言するあたりがフロルが傑物たる所以なんだろうな」
〈まあ今戻ったら袋叩きよな〉
〈これで向こうの皆さんも溜飲が下がると〉
〈むしろ欲しがられない?〉
〈ポリアモリー?〉
前も言ったけど、私は他のライバーが私に矢印を向けてくること自体は普通に嬉しい。ただ、その矢印が大きいせいで他の矢印がかき消されてなくなってしまっているのがファンファンとしてもどかしいだけで。
だから私の主張は「私ばかり見るな」ではなく、「私は私でいいけど他の絡みもたくさん見せて」だ。ポリアモリー、つまり「全員の合意のもとそれぞれが複数の人と親密な関係を持つ」というスタイルは、これと大きく変わらないと思っている。
というか、Vtuberの「てぇてぇ」って最初から精神的にはそうだと思うんだ。
「だって、ぶっちゃけ普通の人は何人もの友達に軽率にべたべたちゅっちゅなんてしないでしょ」
「真顔でなんてこと言うんだフロル。……つまり、フロルは誰よりもVtuberの生き方そのものをコンテンツとして見てるわけか」
「そんなとこかな。もちろんみんなが同意してくれるならだけど、あれこれ考えるのは引退してからでいいと思ってるよ」
「……ああ、それを信じると裏での熱愛だとかの否定にもなるのか」
「する気もないからね。仲間とイチャイチャだけで手一杯だよ」
〈確かに〉
〈これ言って茶番化しないの凄いな〉
〈フロルは本気で同僚を愛してるから〉
〈デビュー三ヶ月で達観しすぎだろ〉
〈これは杞憂のしようがないな〉
〈全部見せてくれるってことですね?〉
〈もはや生き様だ〉
〈実在性がありすぎる〉
まあフィロソフィー的な話はこのくらいにして、そろそろ料理の続きをしようか。ルフェ先輩もちょっと落ち着いてきたみたいだし。




