#12【#魔女の森】雑談の種が不安ならコラボすればいいじゃない【月雪フロル / 電脳ファンタジア】
教室。……なんか男子が一人床に倒れている。
「…………何かの儀式?」
「いや、来たらこうだった。誰も近寄れないだけ」
教室の中央で倒れたまま動かない彼を遠巻きにするクラスメイトたち。後から入ってくる生徒も、中央付近の席の子も近付く気になれないようで、結果的に輪を作って囲んでいる。
ことりもそうなった原因はわからないようで、処置なしといった様子で自席から少し離れた位置にいた。ただ、そんな私たちに気付いたようで、近くにいた人物から声がかかる。
「律って確か電ファン見てたよね」
「? うん、割と見るけど」
まだこの手の話題に内心では少しだけどきりとしてしまうのは仕方ないだろう。ちゃんと隠しているし、声色も変えている……というか意識すると自然と切り替わるタイプだからまさか気付かれたりはしないだろうけど。
話しかけてきたのは仲がいい部類に入る女子生徒だった。165センチのモデル体型ながらよく見ると可愛い系の顔立ちをした彼女は名を小早川橙乃といって、このクラスの中心的存在である九鬼朱音の幼馴染だ。家が隣らしい。
本人もいいところの出で、うちのライバーもよくお世話になっているテレビ暁の社長令嬢。テレビ暁といえば制度変更で新たに参入してきたテレビ局の新星で、局としての若さ故かとにかく流行に機敏で若者受けしている。
そんなテレ暁の橙乃だからVtuberに明るいのはわかるけど、どうして急にそんな話を、と思ったら。
「上杉くんの右手、見える? スマホを横持ちしてる」
「見えるけど……それが何か」
「スマホの横持ちといえばゲームか動画だよね」
「まあ高校生においてはそうかも」
「でもさすがにさ、データ更新も新情報もないこの時間帯にゲーム片手に倒れることはないじゃん。しっかり構えてるわけじゃないから、がっつりやってるわけでもなさそうだし」
「まあ……例外はあってもおかしくないと思うけど、言いたいことは分かる」
「だとすると動画なんだけど……ちなみに上杉くんはエティア推しなんだよね。こないだ言ってた」
「あぁ……」
「その一言だけでよかったんじゃないかな」
うん。彼が図書委員、つまりエティア・アレクサンドレイアのファンなら話はわかる。他でもないたった今あんな奇行をしている理由にも心当たりがある。
私のせいだアレ。
「彼は早めに着いて推しのパブサをしたら、後輩の月雪フロルの朝活に飛び入りしていたと知った。そのまま軽い気持ちでアーカイブを見て、ああなったってわけ」
「今日のエティア女史は破壊力あったからね」
「罪な女だよフロルちゃんは。今頃全国にこんなのが多発してるよたぶん」
「うーん、マッチポンプみたいなムーブしたエティアのほうにも問題があると思うけど……」
「そうなるに至るまでも含めてだよ。驚かせにいってあんな反応されたら誰だってああなっちゃう」
…………そんなに悪いことしたかな私。最近エティア先輩の様子がおかしいのはわかってるし、もはや私以外に対しても飛び火しつつあるけど、それはエティア先輩自身の性質だと思っている。
あと、正体を知らない人から私に向けてフロルの話をされるとけっこうドキドキするね。それもある意味責めるような文脈だと。
「私はむしろフロルもっとやれとしか」
「私もだよ。今のところはフロルちゃんがだけど、四期生がデビューして電ファンは前より面白くなってきてる」
「あはは……まあ、ライバーってそういうところはあるね」
そのままフロルに話題が向いてしまった。まあエティア先輩は照れに照れて返り討ちを受けただけだし、やった方があれこれ言われるのは無理もないけど。
「ね。……そういえばそのフロルちゃん、もうすぐ10万人だよね。随分早いけど、あんなだったらそうもなるか」
「収益化まだなのに節目に届くのはあんまり嬉しくないかもしれないけどね」
「そうだねー……まあお祝いスパコメは20万人に持ち越しとしても、記念枠は何するのかな。まだ準備できてなくてもおかしくないけど……」
「いろいろやりたいって言ってたし、歌枠とか期待していいのかも」
「歌枠かぁ……確かに言ってたけど、あんまり想像つかないな。そもそも歌枠って、歌ってみたより先にやることってあるの?」
これ大丈夫かな。私ちゃんと受け答えできてるかな。表情を変えないようにするだけで必死なくらいなんだけど。
ことりはさっきから助けてくれているのか、単に焚き付けてきているのか。ちょっとわからないけど、今は問い詰めることもできない。
ただ、この会話には考えさせられるところもあった。登録者10万人の記念枠、確かにやらないといけない。昨日予定表を出したばかりだけど、どこかを差し替える形になるかな。
……ことり、本当に冗談なのか本気なのかわからない。この子は本当に私に歌ってほしいの?
半分は参考も兼ねた純粋な疑問、もう半分はことりへの救援要請として口を挟んでみる。先輩たちの動向は一応知ってはいるけど、私はよそはあんまり知らない。
歌いたくないわけではない、むしろタイミングを見計らっているのだ。歌を一番の売りにするというわけでもないから、デビュー直後にいきなり出すのもちょっと違うかなって。
「MIXできないから技量が求められるしリスナーからの期待値の持ち方もあるから、動画が先なことが多いとは思うけど……例外はあるし、やってもおかしくはないんじゃないかな」
「一回“フロル 歌枠”でパブサしてみるといいよ。フロルはなんでもできると思われてるみたいで、けっこう期待されてる」
「へえ……災難だね、やってみたいって言っただけで」
「なんか雰囲気はあるからねー。……まあ、本命は凸待ちあたりだと思うよ。あれだけライバーに好かれてたら特に」
……普通に参考になった。確かに、デビュー前からの影響もあって関係性売りのきらいはあるから、凸待ちは素直にありだ。
パブサ、もといエゴサは帰ってからにしよう。念のためということもあるし、ポーカーフェイスを保てるかわからない。
それに、今日は試練があるのだ。ようやくいつもの仲間に叩き起されたあの上杉くん、私の隣の席なのである。
常人よりは強いはずの私の表情筋だけど、今日のところは隣の変にテンションの高い様子を耐えるので精一杯だった。
◆◇◆◇◆
翌23日の夜、今日はコラボだ。仮に届いていてもさすがにこの枠だけは差し替えたりしなかったけど、まだぎりぎり10万人には届いていない。
「というわけで、マギアちゃんと一緒に雑談しようということで」
『まだ十日だから、話すこともそんなにたくさんはないし……』
「まだ十日って感じしないんだけどねぇ……ほんといろいろありすぎて」
『ふろるちゃんはそうかもだけど』
〈それはフロルだけや〉
〈普通はそうはならんのよ〉
〈十日間でRTAとホラゲ見守りと寝起きドッキリと朝活をやった新人〉
〈改めて何してんだこの子……〉
〈四期生は全員おかしいけど、暫定フロルが一番ヤバいぞ〉
相手はマギア・ワルプルガ、同期だ。向こうは魔女で、四期生では二人きりの洋風ファンタジーの存在同士。同期の中では小柄同士かつ揃ってロリ扱いされることもあり、さらには誕生日がなんと三日違いでどちらもゴールデンウィーク中と、何かと共通項の多い仲間である。
そんなマギアちゃん、一言でいえば滑舌ふわふにゃ舌っ足らずタイプだ。今も文字に起こせば普通っぽく見えるけど、語尾に微かな「ぁ」が混ざり気味だったり、TとRの子音が不明瞭だったりする。「ふろる」に少し「ふおう」が混ざったような発声といえば伝わるだろうか。
それだけならともかく、性格まで幼げで天真爛漫なあたりは電ファンにはこれまでいなかったタイプだ。よその事務所にいるのをちょっと聞いたりはしていたけど、いざ近くにいるとすごくかわいい。ちょっとした事情で入居はしていないから通話越しのコラボだけど、それはそれで美味しいとすらいえる。儚げで瞳が大きい顔立ちと華奢な体にぶかぶかなローブというモデルも珠玉の出来だ。
『さっそくだけど、ふろるちゃんはもう10万人だよね』
「うん。でもマギアちゃんももう8万人だし、大した差はないよ」
『えへへ、ありがとぉ。……気になってるのは、記念枠ってどうするの?』
四期生は揃いも揃って伸びている。まあこれだけキャラが濃くて全員狂人揃いとなればさもありなんだけど、一方で先輩たちもそれぞれ伸びが勢いを取り戻しているのが印象的だ。新規層開拓もあるけど、ライバー間のファンの共有が進んでいるんだと思う。
とはいえ確かに四期生での出世頭は一応私で、おそらく今日明日で10万人に到達することになりそう。ということでマギアちゃんが最初の話題に出してきたのは、その記念配信のことだった。……つい昨日学校でもしたばかりの話だ。
「実はママに言われてちょっと考えてるんだけど、凸待ちにしようかなとは思ってるよ」
『それならわたし、最初にいくね!』
「わ、ありがとう! とりあえず凸待ち0人は回避できてよかった」
『むしろそーだつせんになりそうだけど……』
あの後エゴサもしたししっかり考えたけど、結局凸待ちにする方向で準備をしている。やっぱり歌はちゃんとできると確信を持ってからやりたいから、歌ってみたが出てからだ。
ネタとしては美味しい凸待ち0人だけど、私の場合はそうはならないだろうとは思っている。さすがに白々しくなりすぎるのと、呼んでいなくても来そうな人が何人かいるから。争奪戦とまでいくかはわからないけど、5人くらいは来てくれると思う。それ以上はまだわからないかな。
カクヨムにも投稿を行っています。DCOとの関連性があるからなろうにも出しているけど、ぶっちゃけなろうだとマイナージャンルは日間一位を取ってすら本当に人目につかなゲフンゲフン。
本日より同時投稿となっているので、お好きな方でどうぞ。




