#118【#創建組】ついにはじまりの六人が集う【電脳ファンタジア】
この日は公式チャンネルが絡まないにしてはとても大掛かりな準備が行われていた。なにしろ配信の舞台が共用リビングだから。
といってもここには元々大きなモニターもゲーム機も完備なんだけど、一応3Dでの配信ということもあって画角のセットがあったりする。椅子はなんと六つだ。ただしコントローラーは三個だけ。
昨日は高校に行ってきたけど、朱音は情報公開の翌日に来たら大騒ぎになったからそれ以降登校を控えているらしい。他のクラスメイトと比べてもある程度近しい認定にはなっているのか、私たち三人にはときどきLieneグループへ雑談が来たりする。いろいろやることはあるんだろうけど、暇そうだった。処理速度が早すぎるのかもしれない。
私のほうはというと、金曜朝からハウスであれこれやっているくらいには暇ではないんだけど……かといって忙しいというほどかというと。自由登校は有効活用できている、というくらいだった。
「そういえば、オーディションのほうはどんな感じなんだろ」
「応募ペースが過去一多くて悲鳴あげてたよ」
「大変ですねぇ」
「こまち姉、ほんとに思ってる?」
私とハルカ姉さんの会話に気のない相槌を入れてきたのは、七歌こまち。0期生だ。私とはデビューしてからは初絡みになるかな。私視点だとこれまで散々お世話になってきたけど。
「全人類のお姉ちゃん計画」とかいう強烈なものを持ちながらも正統派なハルカ姉さん、強めの暴走癖はあれど可愛らしさが勝るアリエッタ姉と違って、このこまち姉は色物っぽさがやや強い。脊髄がとても発達しているというか。
特異的なところを挙げるとすれば、彼女は魔法少女ではなく「魔法少女に変身する普段は普通の女の子」であるところか。元は自作モデルを宣伝する目的でデビューしたモデラーで、一人で二種類見せるためにそうしたらしい。今でもたまにモデルを作ったりはしている。
まあ、彼女が「魔法少女は人前では変身しない」という鉄則を守っていたのも今は昔。平然と配信中に変身したりするのも、それはそれで受けているから大丈夫なのだろう。
「あまりにもてんてこ舞いで当落線上を正確にジャッジできている自信がないからって、今は通過と落選のほかに保留枠を作ってるみたい」
「ただの先延ばしだけど……ペースもわからない以上は意味はある、のかな」
「で、それをライバーが見られるようにして意見を聞くのもいいんじゃないか、って話もしてる」
「マリエル枠ですね」
「…………なんか、絶妙に糾弾できないな」
前回でも5000件は捌いていたわけだから、もはやその程度の応募数ではきかない、ということかな。選考班は大変だろうけど、その分だけ面白いライバーが増える可能性が上がるのはいいことだ。
それで追いつかないなら次以降はオーディションの期間とペースを考えるべきだとは思うけど、今回はもうスケジュールが定まっている以上どうにか対処することになる。その手段はなかなかのウルトラCだったけど……思いのほかよさそうなやり方を持ってこられて反応に困る。
なにしろライバーの面白さを測る上では確かに現役のライバーの視点も役に立つし、単純に関わる人数が増えればより精度が上がるし、任意でたとえばリビングに置いたものを見るだけならライバーの負担にもさしてならない。おまけにマリエル先輩という、割と近い形での成功した実例が存在している。
「フロルちゃんがこういう認め方するってことは実行してよさそうだね」
「また私のこと信用しすぎてる……」
「電ファンのブレインですからね」
「新人にご大層なもの背負わせるね!?」
「新人を名乗るなら新人感出した方がいいよ」
「うっ」
それを言われると弱い。新人感は私はあえて薄れさせてさえいるから。
……まあ、あくまで二次選考の、しかも間接的な意見に過ぎないからね。ライバーはそうした人を選ぶ経験やノウハウを特に持っていないものだけど、あくまで参考にするだけというなら大丈夫だろう。
「……あ、そういえばフロルちゃん」
「なに、こまち姉?」
「『メロえと』、フロルちゃんを呼ぶ方向では話が進んでますよ」
なんと。これは半々だと思っていたから、純粋に驚きだ。いろいろ考えて準備するのは詳細な話が来てからになるだろうけど、覚えておこう。
……「呼ぶ方向で“は”」?
創建組、というのは仮の名称だけど、もともと需要のあった組み合わせだ。個人勢から集って電脳ファンタジアを設立した0期生三人と、彼女たちがそれぞれ連れてきた“秘蔵っ子組”三人による六人組である。
長らく存在は示唆されつつもユニットとして成立していなかったんだけど、私がデビューしてから熱望されるようになってきた。0期生の人気がうかがえるね。
「じゃあ軽く挨拶からね」
「順番は?」
「最後じゃなきゃいけない子がいるでしょ」
「はい」
「しおらしいね」
「さすがに自覚あるよ」
〈そうだなフロル〉
〈自覚があるならよろしい〉
〈マジでずっと待ってたんだぞ〉
〈二年半の夢が叶ってる……〉
私はとっくに一期生にならなかったことを後悔しているからね。当時は裏でよく言われた「まだ15歳だもんね、ゆっくり考えるといいよ」は今となってはむしろ痛い優しさだ。
みんなありがとう、こんなに待たせたのに暖かく迎えてくれて。
「普段は普通の女の子、七歌こまちです。そして秘蔵っ子の」
「ごく普通のシェフ、御門星夜だ。よろしく」
「ダウト」
「普通…………?」
「むしろメロディやってるときの方がまともまであるよね」
「ごく普通のシェフはアントシアニン携行したりしない」
〈普段から普通じゃない女の子さん!?〉
〈こんなんが普通でたまるか〉
〈こま星たすかる〉
〈っぱこの二人よ〉
〈アントシアニン携行草〉
〈やっぱり着色料常備してるのか〉
〈こないだの紫の量でわかってた〉
まず一組目、こまち姉と星夜先輩のペア。オフレコによるとこまち姉のモデルの最初のファンだったところからの縁らしい。電ファン設立前から軽い手伝いくらいはしていたようで、ある意味構想当初から決まっていた枠といえる。
むしろ裏方的な要素が強いところから始まったこまち姉が、最終的には誰よりも演者としての活動幅が広いのは因果というべきか。本人がそもそも魔法少女による役幅をみせていたわけだから、当然の帰結でもあるけど。
「占い以外も信用されたい、アリエッタ=ロータスです」
「どこにでもいる村娘だって誰にも信じてもらえない、パンドラ・ラストでーす」
「じゃあ信用できる言動してよ」
「どこにでもwいるw村娘w」
「占いは信用できるんですけどねぇ」
「この世で一番どこにでもいない存在がなんか言ってるけど」
〈電ファンで一番信用できない女〉
〈電ファンで一番信用してはいけない女〉
〈星夜草生やしすぎだろ〉
〈日頃の行いなんだよなあ〉
〈邪神の依代が世界に二人いてたまるか!〉
二組目、アリエッタ姉とパンドラ先輩。どちらもなかなか信用されないけど、その要因は対照的だ。アリエッタ姉は言動が不安定すぎて、パンドラ先輩は底知れなさすぎて。
さすがに星夜先輩の草の生やし方は悪意を感じるけど、反応は妥当。ちなみにアリエッタ姉の占いは本当によく当たる。怖くて私は自分がデビューすることになるかどうかを頑なに聞かないでいたくらいだ。
この二人は中学高校の部活の先輩と後輩の関係だと聞いている。この二人が常にいた部活、統制取れてたのかな。
「全ライバーと全人類のお姉ちゃん、明日ハルカと」
「もうすぐ全ライバーと全スタッフの妹から脱せそうな月雪フロルでお送りします」
「私はお姉ちゃんと認めた覚えなんてないよ!」
「いや無理だろ、できる妹力が高すぎる」
「心愛ちゃんあたりのほうがお姉ちゃんしてますよね」
「少なくとも今は妹枠って自覚あったんだねフロルちゃん」
〈全人類のお姉ちゃん(?)〉
〈全人類の妹だぞ〉
〈どうして俺らを外すんだフロル〉
〈後方腕組兄貴面させろ!〉
〈どけ! 俺はお兄ちゃんだぞ!!〉
そして三組目、ハルカ姉さんと私だ。どちらかというと似ている組み合わせだといわれるけど、やや遠いとはいえ血縁だから無理もない。そしてハルカ姉さんが全方位にお姉ちゃん宣言するのは今に始まった話ではない。少なくとも五年は前からそうだ。
この抱き合わせの影響もあるのか、私は特に妹扱いされがちだった。単に内部的に若いとか、単純に小さいとかもあるのかもしれないけど、もはやそれで済まないほどだ。なにしろ歳も身長もだいたい同じなみゃーこはそうでもないし、それどころかマギにゃですらここまで妹扱いはされないから。
でもさすがに、後輩ができたら話は変わるんじゃないかな……五期生にも当然明らかな大人が含まれるのは承知の上だけど、先輩と呼ばれてなお妹扱いというのは……。
「そういえばフロルちゃん、それで思い出したんだけど」
「なに?」
「せっかくこういう括りもできたわけだし、そろそろ先輩って呼ぶのやめない?」
「そうだね。こうして同じ立場にあるわけだし、俺たちだけでも」
「んー、まあ、いつか言われるとは思ってたよ」
〈!?〉
〈助かる〉
〈いいぞやれやれ〉
〈呼び方変更イベきた! これで勝つる!〉
そんなまだ見ぬ後輩の話に繋がったからか、二人からこんな提案。実のところ私もこれは少し思っていた。関係性に満ちたグループになっているのに、その上で先輩呼びは確かによそよそしいし。
かといって全てのライバー相手にというのはそれはそれで違和感があるけど、この二人だけならいいか。
「じゃあ、パンドラさんと星夜さんだけね」
「うん、それで頼むよ」
「もうひとこえ!」
「え? ……んと、じゃあ、ぱーちゃん、とか……?」
「今日から私はぱーちゃんです!」
「わぷ、きょ、今日3Dだからっ」
〈星夜さん呼びいい……〉
〈名誉同期だ〉
〈もうひとこえってなんだよ〉
〈ぱーちゃん〉
〈かわいい〉
〈真っ先に出てきたのぱーちゃんだったんだ〉
〈ぱーちゃんウッキウキで草〉
〈嬉しかったんだね……〉
〈ご馳走様です〉
〈ぱーフロハグ助かる〉
〈いいぞもっとやれ!!〉
それでいいの? 半分くらい五秒で考えた呼び方だよ?
まあ、ぱーちゃんがいいならいいか。……ある意味、どこにでもいる普通の女の子っぽいあだ名ではある、のかもしれないし。




