#114【クラ限動画】四期生と通話中 PartXX(仮音源)
『───って感じだから、心配いらないよ。マギにゃちゃん、思ってた以上に溶け込んでる』
『そうですか……』
『うわあ釈然としなさそうな声』
まあちよりん、マギにゃと特に仲がいいからね。自分の預かり知らぬところでマギにゃが楽しそうにしていたら、ちょっとくらい嫉妬するのも無理はない。
ちよりんは地方民でそう簡単には転居ともいかないから、私たちとしてもここはちょっと同情するところだ。最近のマギにゃ、いつぞやのメモを完遂させる勢いで交流を増やしているし。
『いいですから……私はその分ルカナさんと親交を深めますから……』
『わ、わーっ!? ちよりん、ごめんってば! こんどまたコラボしよ、ね!?』
『よかったな千依、ここでマギアが慌てるってことは相思相愛だぞ』
「水を差すようだけど、ルカナさんはまだ加入決まってないよ」
ここで平然とルカナという名前が出てきているように、これは配信ではない。例によって四期生での裏雑談で、後々スナップショットやファンクラブ限定になるかもしれない会話だ。
ちなみにこれでルカナさんが不合格になった場合、この会話はボツになる。PROGRESSの不合格は本人には試験されていたことすら知らされないし、この事務所はそのあたり案外シビアだ。
『でもフロルさんがこうまで平然としているあたり、合格は疑っていなさそうですけれど……』
『そうだよな、まあ合格するだろって雰囲気がある』
「まあ私の感覚では、大丈夫だろうなとは思ってるよ。だけどこれはルールだし……不合格にするのがルカナさんのためになる可能性もあるから」
相変わらず私のことを信用し過ぎには思えるけど……実際どうにも運営自体が私の意見を参考にしている節があるからなんとも言えないし、そもそも今更だ。そして私自身はちよりんと陽くんの言う通り、彼女ならもう合格でいいと思っている。
ただ、それはそれで少し問題もあって。今はそれの解決を待つ段階なのだ。
『というと?』
「ここからカットね。……そもそもPROGRESSの試験って、コラボが上手くいくかじゃないの。コラボの準備とか打ち合わせで関わって、性根というか素の性格の方を見るのが目的」
『じゃあもう実質終わってるんだ、接触はしてるから』
「うん。その上で私は、電ファンの基準を満たしてると思ったよ」
これは表に出さない情報だから、動画で使われるときはカットしてもらう。なにしろこれを未来のPROGRESS候補生に知られると、真の試験期間というべきタイミングでも演技され続けてしまって見極められないから。
ちなみに今は、打ち合わせは済んで準備をしている段階。今回の担当になった私、アンリさん、セレーネ先輩は彼女と接触済で、三人揃って合格判定だった。
『じゃあなおさらなんで?』
「カットここまで。……まだ不確定要素があるの。ルカナさんが、電ファンくらい大人数の視聴者の前でもこれまで通りに振る舞えるかどうか」
『あー。たしかに?』
「みんなは……私もだけど、事務所の力で最初から注目を浴びていっぱいリスナーがいたから、そこはすっ飛ばしちゃってるの。やっぱりリスナーの数があそこまで劇的に変わったら、これまで通りにできなくなるかもしれない」
『なるほど。それが上手くいかなかったなら、無理に電ファンに引き込まない方が変に追い込んだりせずに済むかもしれないんだ』
これはPROGRESSの中でも、加入前のファン数が少なかった青田買い傾向のひとのときに考えられる要素だ。あまりに劇的すぎる人目の数の変化は、心理的に大きな影響を及ぼしかねないから。それこそルカナさんの場合、同接ベースでも100倍くらいは想定されるからね。
つまり実のところ、今度の試験コラボで表に多少なりとも出すのは既定路線だった。見たいのはもはやそこだけなのだから。
『となると、それでいざできなかったら少し酷ですね……』
「そこをセレーネ先輩が責任取るって言ってる感じだよ。ただ……いつかぶち当たるかもしれなかった壁ともいえるんだよね」
PROGRESSにはもうひとつ選定基準がある。「大きくなってVtuberとして成功することを常に目標にしていること」だ。具体的には専業または主業化しているか、できるならしたいという人。特に初配信で貪欲になっているかどうかは必ず確認される。趣味感覚でまったり活動したい人もたくさんいるし、そういう人を引っ張り出すのは迷惑になりうるからね。
そしてその場合、その「いつか有名になったとき」に必ず発生するのが多数の視聴者の前での緊張だ。それを先行体験してもらう、ともいえる。
…………それでどうしてもだめだった場合は、結果的にその子自身に夢への道が絶たれる体験をさせることにはなってしまうけど。それはいわば、介錯ともいえるものだ。どちらかというと早とちりで自ら諦めた私が言えたことではないけど、叶わない夢を追うのは辛いことでもある。
もっとも、一度跳ね返されて、それでも追い続けることができる人もいる。それに、それが要らぬお節介にはならないように、「難しければ断っていい。断られても後腐れは一切残らないし、やりたくなったらそのときに連絡してきていい」と誤解なく伝えることが徹底されている。
「とはいえ、表に出るとわかったときも、ルカナさんは慎重でありつつも挑戦的でやる気だったから。それも含めて、彼女なら大丈夫だと思ってるよ」
正直なところ、こうしていろいろ話しはしたけれど。それはそれとして私には、彼女が成功を収められない姿を想像できないのだ。
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セレーネ・バルミューダ@電脳ファンタジアPROGRESS 2029/12/26
片弦ルカナさん、はじめまして。電脳ファンタジア所属のセレーネ・バルミューダと申します。
さっそくですが、本題から失礼いたします。ルカナさんが定期的に公開されている謎解きを拝見してご連絡させていただきました。後日こちらで「ウミガメのスープ」コラボを行う予定なのですが、もしよろしければそこでルカナさんに作問をご依頼できればと考えております。
なにぶん急な話な上、ルカナさんの活動にも影響が出る可能性がございますので、お断りいただいても構いません。その場合も私共からの対応は一切変わらないことを約束させていただきますし、もし後からでも応じていただける場合はぜひご連絡いただければと思います。
お手数ですが、時間のあるときにお返事いただければ幸いです。
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本当に突然届いたこのメッセージは、あまりにも嬉しくてスクショを保存している。
それも当然だ。私のような底辺……とまで言ってしまうと836人のチャンネル登録者に失礼だけど、それでも有名とは程遠い私のところに、1000倍近い登録者数を誇るバーチャルの歌姫が連絡を取ってくれるなんて。それだけでも奇跡そのものなのに、それがお仕事のお誘いだなんて。本当に夢のようだ。
しかもセレーネさんは何の伝手も持っていないような個人勢にとって希望の星。圧倒的な歌唱力をもって自力で有名どころまで駆け上がって、そのままあの電脳ファンタジアにPROGRESSとしてスカウトされた凄い人だ。私のような淡い夢を抱く個人Vtuberにとっては憧れだし、私も歌い方を参考にしたりしている。
金銭的に苦しくなって活動休止を余儀なくされても、やめなくてよかった。復帰早々届いたこの吉報に、心からそう思う。
私はVtuberとしての活動そのものも楽しいけど、一方でできることなら本当にVtuberとして生きていきたいと思っている。そんな中で収益化条件に少し届かないまま伸び悩んでしまって、アルバイトのために活動を休まなければならなくなっているのはとても苦しかった。
そんなところにこの大チャンスだ。既に報酬のお話はいただいているし、何より電ファンが抱える何十万何百万というファンの一部にでも私を知ってもらえるかもしれない。
とはいえ依頼されたのはあくまで謎解きの作問であって、コラボの出演ではない。たぶん名前を出してはくれるんじゃないかとは思うけど、Vtuberとして電ファンのライバーさんと関われるわけではないのだ。
浮かれてばかりじゃなくて、どうにか少しでも爪痕を残してリスナーの流入を狙ったり、電ファンの人たちの覚えを少しでもよくしてあわよくばPROGRESSに……とまではさすがに想像もできないけど、もう一度お仕事に誘ってくれたりするようにしないといけない。
もしも失敗でもしたら、よくても作問者非公表でチャンスが台無し、もしかしたら悪評が先行してしまう最悪の事態だって有り得るのだから。
……と、思っていたんだけど。
「……ほんとに、現実感ない……」
まだ本番は来ていないけど、予想外のクリスマスプレゼントから激動の三週間だった。ウミガメコラボをやるのは最新の四期生だと紹介されて、デビュー三ヶ月にしてジャンルを問わず大活躍中の月雪フロルさんと、電ファンのオーディション合格も納得の強烈なキャラクターと配信能力を持つアンリ・ブラウンさんともお話して、果てには憧れのセレーネさんと打ち合わせで通話までして。
そしてここにきて、配信中に名前は伏せられつつもコラボの開催と私の存在が示唆された。……配信に出るという、私も知らなかった情報つきで。さすがに泡を食ってしまって、配信終了と同時に通話をかけてしまったほどだ。あれが私からかけた最初の音声通話だった。
さらに今、セレーネさんからの正式な出演打診に承諾の返事をしたところだ。これで本当に、私は電脳ファンタジアの、しかも公式チャンネルの配信に出ることになった。名前を出されるかは未定とはいえ。
それは嬉しいだけではない。……たぶん、ここで失敗したら次のチャンスはないから。この機会そのものが奇跡的だし、悪評が広まらずに済んだとしても機会損失は致命的だ。
このチャンス、絶対に逃すわけにはいかない。幸いなことに、任されているのはある程度自信がある謎解き作問だ。探偵であるアンリさんに挑戦状を叩きつけるつもりで、私なりに配信が盛り上がるように作らなければ。
目標は大きく、PROGRESSとして目をつけてもらえるように。目標にして気合を入れるだけならタダだから。
もう目どころかツバをつけられて手首までがっちり握られているなんて露知らず。




