#113【安全第一・爆弾処理マニュアル】恐ろしく速い爆弾解除、俺でなきゃ見逃しちゃうね【月雪フロル / アンリ・ブラウン / 電脳ファンタジア】
ステージが開始したら、まずは私にだけ見えているコンソールにある要素を言語化する。私の手元には解除マニュアルはないから、これを伝え間違えるとすなわち詰む。
それを聞いたアンリさんがマニュアルにある解除方法を伝えて、それに従い改めて私が操作して爆弾を処理する。……かいつまんでいえば、それだけの単純なシステムのマルチプレイゲームだ。
なんだけど。
『まずはダイヤルから』
「4、6、2、7」
『だとすると、下2、上3、下1、そのまま』
「おっけー」
『次、コード』
「青、赤、紫、黄色、黒」
『青赤を切って』
「りょーかい……できたよ」
『じゃあ次、パスコード』
〈はえぇ……〉
〈これこんなゲームでしたっけ?〉
〈安全第一っつってんだろ!〉
〈他のライバーと別ゲーすぎて草〉
〈ゲームタイトル無視するのやめてもらっていいですか?〉
マニュアルを正確に読み解いて正しい方法を導き出すアンリさんと、操作を正確に素早く行う私。二人がこのゲームで揃うと、こうなる。
今回のコラボでやっているゲームは『安全第一・爆弾処理マニュアル』。私たちはこのゲームで、タイムアタックをしていた。
『……最後、記号』
「鏡の数字の3、龍の絵、漢字の山、逆さのカタカナのフ!」
『フ、3、山、3、フ、龍』
「フ、3、山、3、フ……できた!」
『おお、新記録だ』
〈記号読み上げが的確すぎる〉
〈また迷わないんだよな読み取りに〉
〈なんでこのゲームでデッドタイムがないんだよ〉
〈新記録だじゃないのよ〉
毎回各所が変更されているとはいえ、仕組みのパターン化はできる。数字やコードの色はどちらから読みどちらに操作するかを決めておいたり、毎回操作順が違うギミックの呼称も定めていたり。
そこまで詰めたら、あとは実力だ。これはマニュアルのある爆弾解除ゲームとはいえ、急ぐとなれば演算速度や操作精度も必要になってくるから。
「記号パートが最後は当たりパターンだね。どう伝えるか考えておけるから」
『逆に数字や色は先に来る方が当たりかな、フロルくんから私への伝えやすさがタイムには大きく影響してくる』
〈当たりパターンってなんだよ〉
〈そんな概念存在しないはずなんだが?〉
〈落ち着いてちゃんと伝わればある程度ゆっくりでも間に合うゲームですよね……?〉
他の部分は言葉で過不足なく伝えられるけど、記号だけはオリジナルな上に対応表もないから伝え方が難しい。だからこれは一度考える必要があって、並行作業だったりアンリさんからの返答待ちのときに用意しておくと短縮できる。
だからランダム要素の強いタイムアタックの例に漏れず、当たりパターンが存在していた。コンソールのどの部分から順に操作するのかも毎回変わるから。
『でも画面にタイマーがあるだろう? これはつまりタイムアタックをしろと言っているようなものじゃないか』
「そうそう、おかげで手元にタイマーを用意しなくてもタイムがわかるんですから」
〈いや、その理屈はおかしい〉
〈通常プレイでもタイムアタック自体はしてるけどそうじゃないのよ〉
〈フロルがツッコミ放棄したら終わりなんだってば〉
〈ボケとボケで漫才するな〉
〈伝統芸能じゃん〉
〈フロルですらこうなるのか電ファンは〉
違うよ、私も電ファンだからこそこうなってるんだよ。そもそも私はツッコミ気質じゃないんだ。
もちろんコメント欄のみんなの言っていることはよくわかっている。だけどさみんな。
『だが諸君、私たちが今の倍くらい時間をかけてゆっくり、しかし詰まりも悩みも失敗もせずに攻略していくだけの絵面は面白いかい?』
〈……〉
〈まあ、せやな……〉
〈これがコンテンツ性って話はまあわかる〉
〈倍でも速いけどな〉
〈いや待て、ならなんでこのゲームやってるんだ〉
〈最初からタイムアタックやるために爆弾処理やってるってことじゃねーか!〉
それはそう。あえて得意と得意でやったらどうなるかなって思って。本当はこのゲーム、コラボで失敗したり焦らされたりしながら絆を育んだり破壊したりする定番タイトルのひとつなんだけどね。
結果としては、難しくないゲームを普通にクリアするだけではコラボ補正込みでも盛り上がりに欠けた。でなければ二ステージ目からいきなり急ぎ始めたりしない。事前にそうしようと決めていたのだ。
時間が余った。
「まあそりゃそうですね。余りますよそりゃあタイムアタックしてたんですもん」
『だが敢えて遅らせる理由もなかったからね』
〈えぇ……〉
〈さすがに製作者も一時間切られるとは思ってなかったと思うよ〉
私もそう思う。普通にやったらノーミスでも二時間以上かかるゲームだからね。しかも本来はどこかで失敗するものだから、これをやったライバーたちの平均配信時間はこれまで三時間ほどだった。だけど今、配信を始めて50分ほどだ。
かといってわざわざ遅くやるのも違うということで、これはやむを得ないのだ。……とはいえ、さすがに配信を終えるには早い。
「例の件ってもう話していいんだっけ」
『ああ。大丈夫なはずだよ』
「じゃあそれで時間潰そっか」
〈例の件?〉
〈なんかあるのか〉
〈時間潰すっつったぞ今〉
なのでちょっとだけトークパート。といっても雑談をするわけではなくて、今回は告知だ。
「近々また四期生コラボします」
『前回のは突発だったからね。準備調整中で他のみんなには話してなかったところに、都くんから発案があったんだ』
「他の計画があったところで、誘われて断る理由はないからねー」
〈おお!〉
〈立て続けに来るじゃん〉
〈いいね〉
〈これまで少なかったしガンガンコラボしてけ〉
というわけで、コラボ予定のお知らせ。一週間前にDarticMailをやったばかりだけど、計画そのものはこっちの方が先だった。正確には今回はスタッフさん主導であれこれ準備していたのを、私とアンリさんだけ少し知っていたのだ。
それはそれとして持ちかけられたコラボを断る気はさらさらないのと、みゃーこが主導的に動いてくれたことが嬉しくてそっちはそっちでやった。五人に次の件を話したのは、あのコラボが終わった後のことだ。
「内容ですが……ウミガメのスープです。アンリさんのお手並み拝見企画ですね」
『覚悟しておけ、と聞いているよ。私への挑戦状だとね』
「アンリさん、推理力というか思考力はガチっぽいので……なんか、外部のそういうの得意な方に作問をお願いしたそうで」
〈マジ!?〉
〈アンリの実力披露回助かる〉
〈推理力あるのはわかってたけどわかりやすい回なかったんよね〉
〈外部作問なのか〉
ウミガメのスープというのは、簡単にいえば推理系の思考パズルだ。最初に奇妙なシチュエーションを用意して、イエス・ノーで答えられる質問のみで「なぜ?」を突き止める。
アンリさんにとっては得意分野だ。推理というのは問題があってこそ成立するものだから、こうして場を用意しないとわかりづらい。現実では小説や漫画みたいに毎日殺人事件が起こったりしないからね。
「出題者は私が……やる予定だったんですけど、『お前も回答者映えするほうだろ』と言われて。スペシャルゲストを呼ぶ方向になりました」
『とある先輩が作問者本人を連れてきてくれるらしいね。そもそもの発案はその先輩だったとか』
「電ファンは先輩が軽率に後輩期生コラボの黒幕になる事務所です。最初は出演すらしない予定でしたからねそのひと」
〈そらそうよ〉
〈なんで出題者に回ろうとしてたんだ〉
〈黒幕おる〉
〈作問者出てくるの?〉
〈気になるなその作問者〉
まあ実際、学力をアテに「結局フロルは推理できるの? できないの?」とモヤモヤさせるのもよくないから、その場で私も解くほうをやっておいたほうがいいのは事実だ。できるかできないかは二の次である。
これはありがたい配慮ということにしておこう。ついでに黒幕気取りを引きずり出すこともできたし。
そのまま配信が終わって、すぐ。
「あ、通話」
『だろうね』
とある人物から通話がかかってきたけど、これは予想通りだった。アンリさんにも繋いだまま、そちらに出てみると……。
『あ、あの、フロルさん! さっきの話』
「やっぱりまだ話は通してなかったかー。本人は『絶対説得するから』って言ってたけど」
『うぇぇ……そこまで期待されてるんですか、私?』
「ええ。これでダメなら私が責任取る、って。完全にお気に入り扱いですね」
『うわ…………すっごい嬉しいけど……!』
掛けてきたのは、その「外部の作問者」だ。黒幕からまだ出演の件を聞いていなかったようで、慌てて確認してきていた。
とはいえ私が彼女から聞いたのは昨日のことだし、コラボ本番は少し先だから無理もないのだけど。そしてこれにはやむを得ない理由もある。
「まあ、そんなに重く考えなくて大丈夫です。どう転んでも知名度アップのチャンス、くらいに構えておけば」
『そうもいきませんよ……まだ現実感ないんですもん』
「大丈夫、責任はセレーネ先輩が取るので。だからルカナさんは、思うように振る舞えばおっけーです。ウチは個人勢とのコラボも多いですから、そのひとつですよ」
それは、その相手というのが、ときどき自作謎解きを出したりしている片弦ルカナ……つまり今回のPROGRESS候補生だから。つまりこれは試験を兼ねているのだ。黒幕ことセレーネ先輩が出てきているのもそういうこと。
といっても、既に私とアンリさんはこうして彼女と接触しているし、そのジャッジとしては余裕の合格だ。だから、あとは彼女が多数の視聴者の前で動くことさえできればスカウト決行となる。
……彼女の普段のリスナーからすれば、誇張抜きにゼロが二つ増えるけど。とはいえもし加入したらそれが当たり前になるからね。
作問依頼の形で最初に接触してから一ヶ月と経っていないのもあって、まだまだ実感は湧いていない様子。無理もないとは思う、彼女にしてみれば夢を見つつも細々と趣味段階でVtuberをやっていたら、ある日突然大手から連絡が飛んできたのだから。だからこそ出演そのものはセレーネ先輩のオマケくらいの扱いで済ませることにしたし。
『……でも、うん。いざ打診されてたら……たぶん、やるって答えてます』
「よかった。サポートはみんなで、特にセレーネ先輩が最大限するのと……あとは、名前は後から、上手くいったときだけ出す形式にしましょうか」
『あ、助かります。やっぱり失敗したときのこと考えちゃって……』
「ええ。大胆ももちろんとはいえ、慎重もまた美徳ですよ」
即興で安全策をさらに増やす案を出したら、だいぶ安心した様子だった。これは私から打診しておこう、通るはずだ。
まあ、うまくいくと思っているよ。憧れだというセレーネ先輩にいきなり連絡されてまともに応対できたくらいの胆力はあったから。この子はどうやら、かなり胆力があるほうだ。