#111【応募者必見】電ファンオーディションのすゝめ【電脳ファンタジア切り抜き】
しばらくライバー関連のとりとめのない話をしつつ、だんだん話題がずれていく。その間もずっと、ひたすら密着は続けていた。こうやって合法的にくっつけるのも、元を辿ればハルカ姉さんに拾ってもらえたからこそだ。
そして気付けば流れのまま、こんな話に。
「フロルちゃんもあと四ヶ月くらいで先輩だね」
「うん。普通なら実感がわかないって言うところだけど、外からとはいえ見てきたからなんとなくわかるよ」
五期生の話だ。ちょうど募集が始まるところで、二ヶ月ほどかけてオーディションをした後、準備を経てだいたいゴールデンウィーク頃にデビューとなる。
応募人数の割にはずいぶんスピーディだと思うけど、それで回っているんだよね。もちろん工夫はあれこれなされているし、無理はしていない。
「……『オーディションの仕組みを教えて』? やる気があるのはよきかな」
「話すの? 一応これまでには出てない話だったと思うけど」
「三期生以降にイレギュラーな形での通過例が複数あるのがちょっと気にかかっててね。ちゃんと話したら、見つかるべき人が見つかってくれるかなって」
〈お!?〉
〈マジ?〉
〈教えてくれるんだそれ〉
〈面白いライバーが増えるなら大歓迎だぞ〉
〈切り抜き班カモン!〉
というところでハルカ姉さんが動いて、そういう話になった。まあ実際、オーディションの効率がさらに上がるならそれに越したことはない。今回からは採用人数を不定にするから余計に。
募集は明日からでタイミングはほぼ完璧だから、もしかするとハルカ姉さんは最初からそのつもりで話しているのかも。
「というわけでがっつり話しちゃいますか。受ける人は参考にしてみてね」
「『正解が見つかったら縮こまるのでは?』、見つけられるなら見つけてみてください。テンプレみたいな基準があったらうちこんな混沌としてないですから」
ではどう話していくのか、私はハルカ姉さんの出方をいったん窺ったけど、どうやら順を追って赤裸々にいくらしい。このひとがそこまでやるときは、だいたいスタッフと話をしてあるときだ。
「まずは公表されていることから。オーディションは大きく四段階に分かれているけど、一次選考と二次選考は同時に行うから実質的には三段階だよ」
「このうち一次選考は、まあちゃんとやってれば通ります。というのも、ここで弾いてるのは明らかなおふざけや冷やかしのようなものと、目を瞑れないような不備がある選考不能な応募なので」
「みんなは知ってると思うけど、うちが一番嫌うのはやる気のない子だからね。本名を書くところにゼロ世帯名字のアニメキャラ名を書いてきてたり、特技欄が空白だったりしたらそれ以上見られないと思ってくれて大丈夫」
〈えっそんなのあるの?〉
〈うわ……〉
〈おちょくり目的とかあんのか〉
〈嫌がらせかよ〉
〈特技欄空白は何しに来たんだ……〉
〈そんなもん捌くスタッフに迷惑すぎる〉
一次選考について。これはいわばスパム避けだ。合格するためにオーディションを受けていない応募はそもそもそれ以上見ない、というだけ。つまりちゃんと求められた通りにエントリーシートを書けば一次は通る。
だから通過率はかなり高くて、毎回九割以上は通っている。選考の無駄を省く上で、とはいえ選考のやりかたに差をつけてはならないということで本当に便宜的に分けただけだから。
「まあ明らかにわざとやってるような応募については、一発でブラックリスト行きになってます。ドメインや差出人住所の単位で指定されて、二度と誰も見ないゴミ箱に隔離されるので負担にはなってませんよ」
「差出人未記載と個人用でない回線を最初から弾いてるのもこのためだね。嘘の住所を書いてもバレるし、スタッフも慣れてて迷わず仕分けるし、無駄だから諦めて」
「一応弊害として、本気で送ってくれてる人と同じ家にスパムの送り主が住んでた場合はまとめて届かなくなります。そこまではもう不可抗力なのでご了承を」
これで無謀なスパムは減るかもしれないけど、そんな話はよくて。
「二次選考、事実上の一次だね。これはいわゆる書類選考で、エントリーシートの内容と添付された動画を見て判断するよ」
「ライバーに学歴とかいらないので、ヤバめの前科とかない限りは関係ないですけど一応は履歴も見て、プロフィール、特技、基礎スペックあたりですね。とはいえ全部が単純な加点方式というわけではないのは見ての通りです」
「フロルちゃんは珍しくそれ言っても説得力ないけどね、なんでもできるし。……つまり、『その人がライバーをやって面白くなりそうか』を見るってこと」
〈まあここは普通か〉
〈普通ではなくね?〉
〈さすがにヤバめの前科あったら弾かれるんだ〉
〈ヤバくない前科とは……?〉
〈無難に中の上よりは突き抜けて下の下のほうが評価高いと〉
〈流石です電ファンさん〉
〈さすがに考慮してたか〉
電ファンは人格を見るからさすがに前科があったらだいたいは弾くけど、一応確認はするんだ。やむを得ずとかで情状酌量されていた場合だけは、ちょっと考えるらしい。まあそんな例はまずないけど。
一方の中央よりはむしろ下に突き抜けていたほうがいいという話は、当初は一部の項目にだけつけられていた。それこそ絵とか、ダンスとか、学力とか。ただマリエル先輩の事例を見てから、ゲーム力などもここに加わるようになった。……マリエル先輩が落ちかけたのは次の三次選考だったから、彼女は当時まだマイナス要素だったゲーム下手を乗り越えて通過したことになる。
ただ今でもひとつだけ例外があって、あまりにも歌えない場合は考慮されてしまう。電ファンは年に二度ほどライブ要素のあるリアルイベントがあるから、それだけは避けて通れないのだ。といっても人並みでも「うちで育てればいい」と通された例はたくさんあるけど。
「で、ここで重要になってくるのが添付動画だね。選考はほぼ送られてきたアピール動画で行われるから、これがとにかく大事」
「得意なこと、やりたいこと、見てほしいもの、なんでも大丈夫です。多いのはゲーム実況と歌ですけど、トークでもダンスでもASMRでも、ライバー活動に関連しうるものなら。もちろん実写でも画面でも、真っ黒でも問題ないです。ただし、絶対に応募者の声を入れてください。
編集がなくても大丈夫。できるなら加点要素になりますし、尺とかに規格はあるのでカットくらいはできると有利ですけどね」
「ちなみにウチはここの通過率が一番低いよ。四期生のときは1%を軽く切ってた」
「自由度が高すぎるから、当人のセンスでいくらでも変化が出るよね。だからこそ差がつきやすい」
〈うわ、大変なやつだ〉
〈何してもいいからこそ難しいなぁ〉
〈倍率1000倍だしそうなるよな〉
〈自分の強みを自覚的に使えるやつじゃないとライバーは務まらないと〉
もちろん複合してもいい。規格内に収めれば半分ゲームで半分トークでも、歌をずっとやってついでにちょっとだけ他を添えるとかでも。過去には添える程度にバク転を披露していた人や、百合漫画の紹介トークをし倒した人からホラゲ実況でガチ絶叫をしていた人なんかも通過している。
ちなみに、一度でも通過した選考は次回以降は免除される。落選時にもらえるパスワードを打ち込むことで落ちたところからやり直しが可能だ。……これはつまり、三次選考の時点で歴代の落選者全員にそれができるほど絞られるということである。
「次が三次選考。これはweb面接だね。選考スタッフと実際に通話で面接をしてやり取りをする」
「要求されるのは面接の能力、つまり人当たりや直接アピールできるかどうか。あとはライバーらしく、緊張をある程度隠せるかとか、トークや配信内容になる活動をリアルタイムでこなせるか、それにアドリブ力あたりも見られます」
「たぶんみんなが想像しうるようなオーディションは、だいたいここでやることになるよ。過去の通過率は……一割くらいかな」
〈わかりやすいやつだ〉
〈これが一番それっぽいけど、5000人全員に面接なんてやってる余裕ないもんな〉
〈50人が5人ってとこか〉
〈でもこれ最終じゃないんだ〉
そう、最終ではない。ライバーとしての能力値はだいたいここで測るんだけど、これを通ってもまだ採用確定とはならない。
その代わり、ここの合格基準は少しだけ緩めだ。「すぐできるか」じゃなくて、電ファンの基準は「仕込めばできそうか」だから。
それと、一度でも通過すれば次回以降免除の制度はここにもある。最終選考経験者は次以降もいきなり最終選考だ。だからその回の三次通過者が五人ほどとしても、最終の参加者は10人以上いることもざら。
あとは、三次からは落選者にも一人一人に寸評や改善点が用意される。佳作扱いにしては数が多い気はするけど。
「じゃあ最終選考は何かというと……あんまり詳しくは言えないんだよね。なぜなら毎回やることが違うから」
「共通しているのは、対面での選考になること、そして三次よりさらに実践的だってこと。つまりアドリブ力です」
「ライバーがあんなのばっかりなのは、ここで選考時点から対応力を買われているか鍛えてるから。……だからこそ、急にスカウトしてきたルフェちゃんや都ちゃんがあそこまでできるのは驚いたんだけど」
「なんで連れてきた時点でそれを問うてない二人が参入早々トップクラスなんだろうね」
「突っ込まないからね」
〈秘密試験!?〉
〈アドリブテストとはまた……〉
〈電ファンの電ファンたる所以もしかしてそこ?〉
〈お前じゃい!!〉
〈棚上げするなスカウト組〉
〈養殖でアドリブ力は上がらないからな?〉
最終選考、内容は非公表だ。なにせ言ってもあまり意味がない。毎回変わってしまうから。
四期生のときは、選考開始から10分以内になんでもいいからゲリラ配信を模擬的にやれ、というものだった。誰かさんがそれで弾き語りをやろうとしたから、私はそのときアンプを取りに使い走りに出ることになったのは記憶に新しい。
五期は何になるんだろう。あのスタッフたちのことだから、こういう話を配信に乗せたことでやらせることの奇特さが増してもおかしくないけど。
いや、私は養殖……だめだ。みんな慣れてきてしまった。やっぱりそろそろこの言い訳は賞味期限切れかなあ。