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【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】  作者: 杜若スイセン
再生リスト5:はじまりの六人と勧誘大作戦
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#105 電ファンバレンタインボイス2030〜月雪フロル編〜

「───なに、そんな顔して。もしかして、一個ももらえてなかったり? …………ああ、怒らないでって。なにもおちょくりに来たわけじゃないんだから」


「はい義理。……え、チョコですらないと疑われてる? ちゃんとチョコだから安心してよ」


 ……年が明けたばかりだけど、私はバレンタインチョコに関して話している。というか、演じている。

 いろいろ落ち着いて、冬休みにも入ってからは学校関連が楽になったということで私もいろいろやる時期にすると決めていたのだ。そのひとつがこれ、シチュエーションボイス収録。私が電ファンのバレンタインボイス2030に参加すること自体はけっこう前から決まっていて、台本は前々から自分で作っていた。


「……うーん。なんかちょっと甘すぎ? もうちょっとイタズラっぽさに振った方がいいですかね?」

「今くらいでちょうどいいとは思いますが……フロルさんが納得いかないなら、もう一度やりますか?」

「今のくらいでいいんだ……それならそれで、念頭に置いてもっかいやります」


 いろいろ考えたんだけど、結局スタンダードにチョコを渡すシチュにした。初めてのボイスだし、ちょっと聞いてみた感じだと他に直球を投げるひとがいなかったし、今回は私のキャラクターだけでいけると思って。

 私にも恥というものはあるけど、私の場合はそれがエンタメより後ろにある自覚がある。さすがに完全に一人でコトを進め切るのはミスや感覚のズレが怖いから、マネージャーとママには相談と添削をお願いしていた。結局さほど直されなかったけど。


 今は城井マネージャーと二人でスタジオ収録中。台本は直されなかったけど、細かいニュアンスはけっこう口を出してくれている。

 私が思っていたよりは甘々な感じがニーズだと城井さんは認識しているようだ。こういうのは自分自身よりマネージャーのほうがわかっているものだということは元サブマネの私はよく知っているし、いかにもな展開のボイスを作ることにした時点で私の自我はある程度抑えるつもりでやっている。


「───なあに、そんな顔して。もしかして、一個ももらえてなかったり? …………っああ、怒らないでって。なにもおちょくりに来たわけじゃないんだから」


 つまり城井さんの意見を聞いておいて外すという選択肢は基本的にない。あとは私がどう表現するかだ。

 意見に合わせて、ちょっと甘く……猫撫で声というほどにまではならないよう注意しながら、「隠しているけど気がある」というニュアンスをやや強めてリテイク。


「はい、義理。……え、チョコですらないと疑われてる!? ちゃんとチョコだから、安心してよ」


 ……よし、今の「安心してよ」、だいぶ自分のイメージ通りになった。気付かれないようにちょっとだけ拗ねるような感じというか。


 もちろんボイスにもディレクションをつけることはできるんだけど、今回は自分でやっている。……いやほら、おふざけなしの甘シチュで詩に監修させたらどうなるか考えたんだよ。あの子は確実に私欲増し増しで激甘にしようとしてくる。かといって他にこんなボイスのディレクションを任せる相手なんて、今の人間関係だと思いつかないし。

 仮にも私は元声優志望、それも緊張でやりすぎたが故のミスでオーディションに落ちるというちょっとできすぎたエピソード持ちだ。こういうのはお手のもの……だと思っていたんだけど、いざやってみると簡単ではないね。


「今のはよかったと思いますよ」

「ですよね! ここまでは今ので、次いきます」

「本当にとんとん拍子ですね」

「裏方経験も活きるところですから」


 さすがにサブマネ経験を全力で活かしてるよ。でないと初めてなのにディレクションなしなんてやらない。プロのディレクターより自分の感覚を信じるだなんて、普通の新人がやったらだいぶ生意気だ。

 やっと吹っ切れてきたけど、だからこそ私はあまり新人しぐさをやる気がなくなってきた。ある程度のことは任せてもらおう。







「え、何してるの? ……い、いや待ってここで開けないでっ」


「いやなんでって、さすがに恥ずかしいってソレは。そんな気合い入れて用意してるわけじゃないんだからさ……いやだから開けないで! なんでこれだけ言わせておいて目の前で開けるの……っ、このっ、届かないっ」


 ちなみに今回、私は二つのテーマと一つの仕込みを用意している。

 仕込みのほうは、マイクをあえて高めに設置して収録していることだ。それはこのシーンのため……そして聞いたときにやや下から声が聞こえるようにして身長差を演出するためだ。

 その場でジャンプして、それでやっと届く位置にマイクを設置。代わりに少し感度を上げている。これで跳びながら「届かない」をやることができる。……私はこういうののためなら、自分の低めな身長も利用するよ。


「いじわるっ……え? 手作り? ……そ、そうだけどなに……義理ではここまでやらない? うるさいうるさい!」


 テーマのひとつは「逆転」。私は自分の恥よりも月雪フロルの完成度を優先したかったから、与えられている不名誉なイメージも厭わず出そうと思っていた。それが「イタズラはするけど、いざ攻められると弱い」で、逆転される弱さだ。後から動画で見てみると、我ながら自分でさえなければ可愛く感じるムーブをしているな、とは思ってしまうのだ。

 「チョコをもらえていないかわいそうなあなたに義理チョコを恵んでくれたかと思いきや、すぐに本命だとバレて逆に主導権を取られる」という展開は、このおかげで割とすぐに思いついた。悔しいくらい私っぽいとも思う。


「……形がかわいい? ありがと……お店のに引けを取らない? そ、そっか……嬉しい」


「…………い、いや……そんなに褒めなくても……ううっ、いいからいっそ食べろぉっ!」


 もうひとつが、「褒め殺し」。ありがたいことに民草からは属性が多いと言ってもらえる私だけど、詳しく知らない人にとってはその中の一部の要素で覚えられがちだ。その中でも特に印象に挙げられやすいらしいのが、新人面接のときの褒め殺しだった。

 自信があんまりなくて褒め倒されるのに慣れていないという印象はけっこう強いようで、最近は配信初見の人にそこが違って意外と言われる。意識的にも私は最近ちゃんと自信がついてきていると思うけど、だからこそこの要素を使えるのは今しかないと思った。

 褒め倒されると落ち着かないのは多くの人がそうだとは思うけど、それを受けること自体が月雪フロルとして記号的だと。……こっちは城井さんに聞いてみたら出てきた意見だった。


「……美味しい? よかった。作った甲斐があったし……も、もうっ! からかわないでよ!」


 これらをまとめた上で、今回はストレートなバレンタインボイスを目指した。やっぱり聞き手との恋愛系の動作、となると相性がいいのは“好きバレ”だということになって、こんな感じだ。

 このシーンが折り返しで、後半は延長戦と称してイチャイチャシーンを入れる。しっかり甘々にして、私の恥を生贄に捧げて民草の原型をなくしてやろうという魂胆だ。せっかくのボイスだし、そのくらいはね。

 ……あとたぶん、こういう本当に捻りのないやり方は活動が長くなるほど恥ずかしさが増しそうだから、早くやっておこうと思って。


「…………それで? それを見て食べたあなたとしては、私のことはどう思うの?」


「…………っへへ、ありがと」


 ……と思っていたんだけど、それとこれは関係なく単純に恥ずかしいや。やり始めたからには止まりはしないけど。

 それきりで射止めることに成功した、という体で前半の話がまとまった。ここからはひたすらイチャついていく流れだ。だって、みんなそうい(推しのライバーと甘い)うの(ちゃするボイス)好きでしょ? 私は好きだったよ。他人事じゃなくなるまでは。






 …………こういうボイスを平然と出せるライバーって凄いんだなって思った。


「…………もうやらないかも」

「これは、なかなか糖分過多ですね」


 なるべく収録中に正気に戻らないようにしたのに、かなりの精神的ダメージだ。ノンストップで想いを囁き続けることがこんなに恥ずかしいなんて。

 むしろ過去の私はよくこんな台本を書いたと思う。特にラストのチョコフォンデュあーん、深夜テンションだよねこれ。ここ書いたの夕方だったけど。


「ともかく、お疲れ様でした。あとは編集へ回しておきます」

「ありがとうございます……」


 あくまでまだボイスそのものが録れただけなんだけど、あとのことはスタッフに任せる。編集も販売もマーケティングも、全て任せてしまえるのが企業勢のいいところだ。私たちライバーは活動そのもののことしか考えなくていい。

 ……今はあんまり考えたくもない、部屋に戻ったら枕を抱いて悶えてしまいそうだ。だって、この恥の塊が民草のもとへ、しかも有償でまで望まれて入るんだよ。覚悟はしていたけど、思っていた以上だった。

 でも、またやるんだろうな私は。これをエティア先輩に聞かれて煽られたとしても、全く凝りもせずに。それは確信できた。

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― 新着の感想 ―
盛大な自爆台本でもフロルに刻み込まれたVtuber魂を止めることはできない! すごくありありと思い浮かびましたありがとうございます!
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