#104【要望多数】ダンス収録の実際の様子、見せちゃいます【#電ファンスナップショット】
皆が集まって見ていた年越し配信が終わった直後に顔を出すのも変だから、溜まっていたグループ通知に既読をつけたのは翌朝のことだった。三人で口裏を合わせて、見てはいたくらいの温度感を装いつつ後出しで反応しておく。
ついでに熟読しておいた。というのも、こういうコメント欄以外での生の感想は貴重だから。普段もエゴサはたまにするものだけど、グループチャットだとリアルタイムかつ文脈がある会話形式だからまた得られるものが違う。私は基本的に公式あってこその作品派だけど、いざ供給側に回るとやっぱりファンの声というものは参考になるのだ。
「……いやなんで……?」
「あれだけ鮮やかだったら、そりゃなあ。俺も組んだ甲斐があったぞ」
その最中、とある男子がこう発言していた。「俺サザナミヴォーパル組むわ、てか買った」と。少しだけした嫌な予感が拭えず、私はこれを受けて検索をかけた。
すると、大手ネットショップで『ヴォーパルシャーク』が売り切れていた。いくらいい魅せ方をできたとはいえ、そこまでの影響力とは。
しかもさらに調べると、いくつかの有名カードショップで完全一致構築の『サザナミヴォーパル』がデッキ販売されていた。いや「月雪フロルなりきりセット」じゃないんだよ、形から入るにしてもそんな入り方があるか。
「これヴォーパル値上がるよね。大会で結果出したわけでもないのに」
「それが需要だからな」
「私の影響力が私の手元から飛び出てる……」
「公式チャンネルの生配信ってのもよかったんだろうな。そろそろDCGやるか?」
「……やるかも」
というか、紙のほうもこうなったらやることになりそうだ。デュエ兄のおかげで公式案件をもらえる可能性も高いし、期待されているし、もともと嗜んではいるし。
あと、そろそろマリエル先輩の付属物としての幸運がいまいち抜けないことも諦めるべきなんだと思う。ソシャゲの解禁も考えておこう。
さて。電ファンは新年の挨拶は年越し直後にするから、一部のコラボ企画をやっているライバー以外は平常運転な一月一日。私は新年コラボはVTR出演の役どころで、それは収録が済んでいる。
それに配信を被せるわけにもいかないからフリーだ。というわけで、ちょっとスタジオを借りることにした。
「フロルくんに休むって選択肢はないのかい?」
「昨日の、特に五期生募集開始の件でテンション上がってて落ち着かないからね」
「それなら仕方ないか」
「四期生はフロルがボケたらツッコミがいなくなるって聞いたけど、その通りね」
「ボケたつもりはないけど、まあそうだよ。まあ半分くらいはやればできるんだけど、やりたがらない」
別に私も特別やりたくてツッコミをしているわけではない。正直、半分は使命感だ。面白いツッコミ不在ならともかく、理解不能な方向には行かせてはいけない、という。
今日来ているスタジオは番組用でも会議室でも音楽ルームでもない。仮にも年に一度オフラインライブもやっている大手事務所だからね、ちゃんとダンススタジオもあるのだ。
昨日のために来ている非ハウス組はまだほとんどが帰っていないから、ついでに使いに来た先客としてアンリさんとセレーネ先輩がいたけど問題ない。そこそこ広いから数人は使えるし、こういうのは交代で見せ合いながらやるくらいでちょうどいい。現に二人もそうしていた。
「確かフロルくんはこれも上手いと評判だったね。お手並み拝見といこうか」
「いやまあ練習からなんだけどね」
「曲はどれかしら? やっぱり『パペットフィクサー』?」
「うん、とりあえずアレで」
今日はショート動画の撮影だ。普段は長時間になる配信を主戦場とする私たちライバーだけど、十分から二十分ほどの動画もときどき出すし、一分以下のショートはもっと出している。
というのもこのタイパ時代、やはりショートは人気なのだ。短時間で小気味よく見られて、満足感もあって。何より効率がいいから数字が回る。それで伸びれば、新規視聴者を他のコンテンツにも引き込める可能性が上がる。
ということで各人の自由としつつも推奨はされていて、実際精力的に出しているライバーが多い。私もこれまでは通し録りの歌と、配信のセルフ切り抜きを中心に定期的に出していた。
「……練習からとは?」
「感覚を取り戻しただけくらいにしか見えないわよ」
「ほんとに今日初めて踊ってるよこれ。まだなんとなくしか覚えてない」
しかし春にはオフイベとして感謝祭がある。そこでは夏フェスほどではないけどARライブがあるから、いよいよダンスから逃げられないのだ。いや、これまでもイミアリ曲は練習してきているけど。
ということで、ダンスショートも織り交ぜて投稿することにした。よく同系統でやられている、またそのための作られているようなキャッチーな振り付けがいくつもあるから、そこから借りて踊って投稿する。
「……いや本当に上手いし覚えも早いな。しなやかすぎる」
「そうなのよ。この子おかしいのよ。こういう踊り方はモデル体型向きのはずなのに」
「いやまあ」
「フロルくんは次にこう言う。『私は養殖だから』」
「わた……なんか探偵っぽいことされた!」
モニターに元動画の反転映像を映してスロー再生で練習。休憩中の二人の前でしばらくやったら、だいたい覚えたから等速にしてキレを上げていく。
その最中、アンリさんがまた探偵キャラを使いこなしてきた。……まさにそれを今言うところだったのだ、実際私はダンスにかけても養殖だから。
「あのね、養殖でも能力は能力なのよ。そもそもたった三年でみんなこうなれるなら苦労しないわ」
「その通りだ。一期生に混ぜてもトップクラスだろうきみは」
「まあ今はそこまで否定する気はないけど……歌と違ってそれより前からはやってないし」
案の定指摘は入ったけど、大丈夫。今の私はそのくらいは認められるよ。まあ歌はレベルはともかく幼少期からやっているし、水波ちゃんに教わった期間の長さは無視できないからちょっとアレだけど。
とはいえ、イミアリで収録したときに遺憾の意を表明したのは言い出してきた側の三人も上手すぎたからでもあるけど。この二人はどちらかというと踊りは不得手なほうだ。ダンスは多少バタバタしていてもむしろ味になるからね。
「次は何にするの?」
「『デコイ』やらなきゃな、って思って来たよ」
「でしょうね」
さっきやったのは『パペットフィクサー』。電ファンと仲がよくてよく混合コラボが行われるVtuber事務所『@Project』所属のリオネッタ=御厨さんのオリジナル曲だ。私との関係はサブマネ時代にマネージャー同士で業務連絡をしたくらいしかないけど、なんか向こうは認知していてちょっと怖い。エティア先輩はいったいどのタイミングで私の何を話したんだろう。
Vtuberの曲というとちょっと電波系なものが多くなりがちだけど、電ファンと@プロはあまりそうならないことが多い。この曲も例に漏れず、雰囲気的にはボカロっぽいものだった。作曲者が有名ボカロPだからさもありなん。
「しかしデコイはバズったね」
「正直ここまでとは思ってなかったよ。最終的に本人にわざわざお礼言われちゃった」
「相乗効果で原曲も一気に跳ねたから仕方ないわよ。世間にバレた、って感じで、NYXそのものの知名度からして変わったもの」
「うん。自分たちのもだけど、水波ちゃんの影響力ちょっと舐めてた」
そして次に踊るのが、ひと月ほど前に投稿して見事に爆伸びしている『デコイ』。これが予想外で、関わりのあるものだいたい全部が伸びた。まず私たちのカバーが伸びて、公式チャンネルに出た水波ちゃん出演のスナップショットがバズって、原曲が同じくらいのペースで伸びて、しまいにはNYX PROJECTの他の曲も伸びた。
それもあってか、当人たちの人柄か、オリジナルのメンバーがカバーを出しただけの私たちにお礼まで伝えてきたのだ。まさかこんなことになるとは。
そして、それに乗じてか否か。先週になってとある動画が出た。それがデコイの踊ってみた、それもオリジナル振り付けだ。これがまたいい伸びを記録しているものだから、私はこの気に乗じて踊ることにした。確実に求められるだろうし、先回りだ。
「で、今度はANZの二人に見つかって大わらわ、と」
「いやさすがに」
……さすがに、だよね?
そういえば。
「セレーネ先輩、PROGRESS候補が定まったって言ってたよね」
「ええ。もう上には打診済よ」
年越しのときはぼかしたけど、セレーネ先輩はPROGRESSに迎え入れるかもしれない相手ができたと言っていた。運営の許可が取れたらスカウトと言っていたけど、実際はその前にジャッジが入る。
このジャッジの方式や表向きの内容、言及の前後に実際加入するかどうかなど何もかもがまちまちだから、事前に外にバレたりはしないけど。
「どんな子なの? 前に言ってた休止で凍結になった人と同じ?」
「同じね。この子よ」
見せてくれた画面に表示されていたのは、『片弦ルカナ』のチャンネル。探偵であるところのアンリさんが「おや」と声を出したように、わかりやすく怪盗のキャラで……登録者数は800人ほど。
「よく見つけてきたね?」
「いい歌い方をするのよ。そっちから見つけて見てきたけど、トークもなかなかエキセントリックだと思うわ」
「ふむ。知名度だけが足りないパターンですか……」
「この界隈に限らずだけど、多いんだよね。伸びてないのがおかしいくらいのひとって」
無名だとか、そんなことは言わない。それはPROGRESSの選定基準にないから。その原因がこれ、面白いのに伸びていないチャンネルがごまんと存在する現状にある。現にPROGRESSの加入前の登録者数は本当にまちまちだ。
そのままちょっと見てみるけど、確かになかなか喋れているし歌はかなり上手い。おまけに自分で切り抜きやショートを作れているし、活動も精力的だ。……二ヶ月前に活動休止のお知らせを出すまでは。
「二ヶ月休んで登録者数ほとんど減ってないね。見つけてるファンの心は掴んでるんだ」
「それで、最近再開したところと」
「ええ。……休止の理由もわかってるわ。収益化条件を満たしていないからでしょうね、『怪盗業を増やして忙しくなったから』……アルバイトを増やしたりしているのでしょう」
「なるほど。それなら」
「ええ。休止にきな臭い理由があるわけでもなく、断られる可能性もかなり低い。あとは、チェックを通るかね」
よくある話だ。ある程度は趣味で、そして夢を見てVtuberを始めても、それが利益になるには条件がある。そのうちひとつに「登録者1000人」があるから、彼女はいくら既存ファンの心を掴んでいても収益化自体ができない状況だ。
いくら本人がめげずに頑張っていても、そこはどうしようもない。活動に使える余暇の時間が減ってしまうこともあるだろう。
見ているうちに、確かにとても魅力的に見えてきた。この子が伸びていない理由であろうことも、うちなら解決できる。
片弦ルカナ、覚えておこう。遠からず関わることになるかもしれない。
五期生の話をした次の回でPROGRESSの話。
【要望多数】なのはこれの公開がしばらく後の時系列だからです。




