#103【#電ファンDe年越し2029】年越しそば作るよ【月雪フロル / 電脳ファンタジア】
年越しそばといえば、夕飯を兼ねて食べる家庭と、別で食べる家庭があると思うんだけど、みんなはどっち?
「ハウスでは別枠で出します」
「今年はフロルがメインでやるんだね」
「せっかくだからね。強い強いご希望を四件もいただいたし」
「四人? 誰が遠慮したの?」
「みゃーこがね」
完成がだいたい11時過ぎになるように調理開始だ。公式チャンネルのほうはハヤテ先輩に任せてあって、四期生枠はこれを見越して陽くんにやってもらっている。
飢えた獣のようになっていたルフェ先輩とマリエル先輩、子犬のように期待満面だったちよりん、そして上目遣いできらきらさせていたマギにゃのためにもね。といっても別に、普通に作るだけなんだけど。私に星夜先輩のような才能はないから。
「あの子が遠慮したのはたぶんママの家で一緒にごはん作ったことが何度かあるからって話はしないでおくんだけど」
「うん、今全部してるんだけど」
「残念ながら私にもみゃーこにも料理系の特殊スキルはないよ。バフデバフどっちも」
「にしては手際よすぎない……?」
〈草〉
〈ただの高みの見物だったか〉
〈それどころが一緒にお料理とかいう上位互換〉
〈言ってるんだよなあ〉
〈フーみゃsperさすがにてぇてぇが過ぎるぞ〉
〈仲がよすぎる〉
〈陽キャみたいなことしてる……〉
〈フロルは料理までできる〉
〈当たり前のように出汁取ってるんだが〉
麺は既製品だから、このくらいはね。星夜先輩がちょっといい昆布と鰹節を用意していたし。昆布を水につけるところまでは事前に済ませてあるから、弱火にかけるところから開始だ。
沸騰前に昆布は上げて、鰹節は火を止めてから。知ってさえいれば、手間はともかくそんなに難しいことではない。アリエッタ姉も料理はできるほうだし、驚くこともないと思うんだけど。
「それに出汁取ってつゆ作って乾麺を茹でるだけだから、料理ってほどでも」
「向こうにはそう思ってない人の方が多いからね」
「大丈夫かなぁ電ファン……」
「昨日収録じゃなかったら麺を打つところからやるつもりだった私は……」
「今度秘蔵っ子組で料理配信やったら?」
〈出汁取るところからやるのは少数派では?〉
〈せめて料理っぽいことやろうみたいなストイック出てるわね〉
〈麺を打つ!?〉
〈できるのかよ〉
〈秘蔵っ子組料理配信は需要あります〉
まあ電ファンライバーに自活能力は求められてないし、むしろそれに手を割いて無為に消耗するくらいならスタッフに任せて活動しろ、という環境だけど。アリエッタ姉が不安になるのも無理はない、私たちは甘やかされている。放っておいたら不摂生になるのがライバーというものだから無理もないけど。
秘蔵っ子組で料理配信、なるほど。いいかもしれないね。問題があるとすれば、全員ちゃんと料理できるからボケもオチもなさそうなことくらいかな。
ともかく、そこまで時間はかからない。これで顆粒出汁まで使ったらさすがに作ったと胸を張れないからせめてもの抵抗で合わせ出汁を取った年越しそばはほどなく出来上がった。
……ちなみに一番大変だったのは茹でる量だった。来ているライバーだけで20人以上、とはいえスタッフを蔑ろにもできないから実際に茹でたのはその三倍以上だ。これでも帰省しているスタッフはそこそこいるから、普段よりはかなり少ないんだけど。
そこだけはハルカ姉さんとアリエッタ姉にも手伝ってもらって、茹で上がった分から運んでもらって順に食べてもらう。リアクションというものもあるから、当然私たち以外のライバーが先だ。
「ほう。腕を上げたね、フロル」
「うん! おととしのアレと同一人物だなんて、見違えたよ!」
「そ、その話はもういいでしょ……?」
「あー……フーちゃん、こっち来てすぐの頃は料理苦手だったもんね」
「そっちの救われたみたいな顔した子たち、違うからね。フロルちゃんは不味くはないくらいの苦手からスタートしてるから」
まあ、そう。私は最初からこのくらいはできたわけではない。スタッフのやったことだったから大きくは取り上げられなかった一方で確かパンドラ先輩は雑談で軽く話していたんだけど、私は一昨年の春頃にハウスで料理を失敗したことがある。大したことにはなっていないんだけど、料理練習を始めたのはそれがきっかけだった。……私はどうしてこう、デビュー前に面白くなりうるネタを消費しちゃって。
ただ……そうなんだよね。できるのにものぐさでやりたがらないハヤテ先輩の言う通り、当時の私はそれでも今の電ファンの中央値よりは上だった。これは家庭科の調理実習レベルにすら満たない人が多いという意味だ。
「おいしい……おいしいよぉ……」
「これはつゆの一滴すら逃せませんね」
「マジでスペック高いなフロル……何ならできないんだよ」
「いくらでもたべられそう!」
「これでわんこそばをしてみたいものだね」
そしてあっちは去年の大晦日時点で電ファンにいなかった面々だけど……なぜか感極まっているルフェ先輩はともかくとして、全体的に好評なようで何よりだ。マリエル先輩、つゆの飲みすぎは気をつけてね。
一方で少し怖いことを言い出す怪力大食漢探偵のアンリさん。彼ならやりかねないし……余らせる理由もない、全員に行き渡った後ならやらせてみるのもあり、かな?
結局そばはあるだけ茹でた。アンリさんは長身ではあるけどやや細身だ、果たしてどこにあれだけ入っているのか。悪ノリでわんこそばのフォーマットにしてみたところ、50杯ほどで麺がなくなってしまった。……あの、四時間前に一緒に鍋をつついたよね?
そんなことをしているうちに、もうカウントダウンの時間だ。ちなみに電ファンの年越しでは恒例になっていることがある。
「じゃあみんな準備してー」
「当事者になって思いますけど、これでいいんですか電ファンって」
「知らなかったのフロルちゃん? 電ファンは秘密基地の少年少女のノリだよ」
「いいように取り繕っただけのただのクソガキじゃねーか」
「そうだよ、クソガキだよ」
あんまりな発言のオンパレードだけど無理もない。このユニットは毎年大真面目に『みんなで手を繋いで年越しジャンプ』をやっているのだから。
あまりにもお調子者のノリだとは私も思うけど、これを嫌がる人がいないのが答えだ。今更そんなことに目くじらを立てるのが馬鹿馬鹿しいくらい、電ファンは年中こんなもんだから。
「30秒前だよー。急いでー」
「これ需要あるんすか?」
「あるらしいよ。去年もやめようとしたけどコメント欄に止められた」
「うわほんとだ」
〈待機〉
〈待ってました!〉
〈ジャンプの時間だー!〉
〈ある(鋼の意思)〉
〈あるに決まってんだろ〉
〈需要はあります〉
電ファンに求められているのは安心して見ていられる馬鹿騒ぎであり、一緒に楽しめる時間だ。これはライバーたちが持つ「意識・無意識問わずボケの応酬を行いつつも根は善良」という共通項が醸成した風潮で、何もなんでもかんでも暴れまくればいいというものではない。
面白くない、または洒落にならない問題行動には人一倍敏感で、かつそれが起こらない事務所で通っている。言い方を変えると、電ファンに事故はあまり求められていない。
一方で、杞憂勢がとても少ないのも特徴かもしれない。私たちがそのへんで男女ライバーで多少接触したりしても、ギャグ漫画くらいのノリで済むと認識されている。
そしてそれに味を占めたライバーたちは、こういう場面で男女に分かれたりしない。とても自然にぐちゃぐちゃの、完全に近くにいただけの並びで手を繋いだりする。今だって私の両隣はアリエッタ姉とアンリさんという、なんの脈絡もない組み合わせだ。
それで成立するような、嘘みたいで本当な男女混合仲良し集団が馬鹿やる様子こそがうちの個性。奇跡的なフィクション性のあるリアルで私たちはできている。
「3!」
「にー」
「いちっ!」
「「「「「ハッピーニューイヤー!!」」」」」
そんな狙っても発生しない偶然の産物が、私は好きでたまらない。だからこそ、そこまで吹っ切れていないと思っていた自分が入ることをひたすら渋っていたけれど……それすら間違いだったのだから、今の私にできることはひとつ。より多く広く、電ファンを届けることだけだ。
「……ほんとに頭悪い行事だよねこれ」
「正直全員思ってるけど、もう誰にも止められないの」
「ともかく! 2030年も、電脳ファンタジアをどうぞよろしくお願いします!」
……と、そんなところで。
「じゃあこれでこの枠はおしまいなんだけど……リマインドとお知らせをふたつずつ」
「まずは再告知ひとつめ! 年末年始グッズ後半戦、年始エディションはこの配信終了と同時に販売開始! たくさん用意してあるけど、お早めにどうぞ!」
〈まだ終わらないぜ!〉
〈年始グッズ!〉
〈おっとそうだった〉
〈去年の三倍あるんだっけ〉
〈三倍で足りるのか……?〉
告知の時間だ。電ファンに正月くらいはファンを休ませるという意識はない。長時間の年越し配信の直後、息つく間もなくグッズの通販が始まる。
去年は用意していた量が足りなくて、追加生産がバレンタインより後になってしまった。今回はそれを反省して、人数が倍になったこともあってものすごく、具体的には去年の追加生産込みの量の三倍まで増やしてある。目標は来年からは福袋が出せるような余り方だ。
足りるかは知らない。
「ふたつめ。春の電ファン感謝祭のチケット抽選の応募期限は1月6日の23時59分までです。忘れないように気をつけて」
「去年ルフェちゃんの発掘したところだね!」
「今年も逸材が来たりするかな?」
「さすがに二年連続であんなことは起こらないと思うよ……?」
「こういうのは最終日まで放っておくと忘れるからな」
〈もうしてあるよー〉
〈やっべ〉
〈改めてルフェは奇跡すぎる〉
〈一ヶ月足らずでデビューしたのか〉
〈さすがにないやろw〉
〈(フラグ)〉
〈電ファンだからな……〉
続けて春のリアイベ。こちらは先日から抽選受付が行われている。今年の開催は去年より一ヶ月弱遅れて、学生もある程度足を運びやすい三月末だ。夏フェスと合わせて電ファンの二大イベントの片割れとなりそうな、ルフェ先輩と会ったものの第二回だね。
私たちは既に準備と練習を始めている。四期生にとっては初のリアイベだから、今から楽しみだ。裏方で知っている私以外の六人は緊張も大きいようだけど。
「ここからは新情報だな。まずはひとつめ……箱内ユニットが増えるぞ! 詳細は1月3日、陽のチャンネルで公開だ!」
「というと、男子ユニット?」
「ああ。まあバンドじゃないけどな」
「諦めてなかったんだそれ……」
「ベースもドラムもいないのに」
〈お!?〉
〈ついに!〉
〈イミアリ以外が出るんですね!?〉
〈男ユニット!!〉
〈待ってた〉
〈ありがとう……ありがとう……〉
〈葵は確定と〉
〈あと誰だろ、芥とか?〉
〈これは楽しみだ〉
もともと電ファンはもっと音楽に力を入れようとしているところで、イミアリを皮切りにユニットも増やそうとしていた。それがひとまず一つ実った格好だ。
裏では詳細を聞いているけど、男子ユニットだ。陽くんが事前公開枠なのは、うちで男子の箱内ユニットを組むなら入らないわけがないから。音楽全般で腕が確かだからね。
このタイミングでの始動になったのは、感謝祭でのライブに間に合わせるためだ。後から特殊な形で二人増えてごたついたイミアリほどではないにしろ、あれこれ時間はかかるからね。カバー曲を先出ししてでも先にユニットそのものを公開してしまうのは、どうやら電ファンのやり方らしい。
「そして最後! いよいよみんなお待ちかね! ───五期生の応募をスタートします!」
「もうそんな時期か」
「わたしたちも、せんぱい……?」
「応募は公式サイトのフォームまたは郵送で、1月9日の正午から21日の午後9時59分まで。応募方法はこれまで通りだから、サイトでチェックしてね」
〈おお、来た〉
〈半年スパン続けるんだ〉
〈今募集するなら春のうちにはデビューか?〉
〈一年前よりちょっと遅いだけか〉
〈都ちゃんが入って半月しか経ってないぞ!?〉
そして、そう。いよいよ5期生のオーディションが始まる。ある程度問題なくいけるという判断で、比較的短い追加ペースが続くことになった。
書類審査の一次選考は応募と並行しておこなって、送ってもらうアピール動画による二次選考までまとめて判断しての合否通知が二月上旬。面接形式の三次が二月後半にあって、そのさらに二週間後あたりに最終選考、といったところかな。電ファンは求めている要素がハッキリしていることもあって二次選考までの進行速度がかなり速い。
そして例年通りなら、合格者はオリエンテーションの途中で感謝祭を見学する。一ヶ月ほど研修があるから……デビューはゴールデンウィークかな。




