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第88話 一つ提案させていただきたいのですが

「暁子は、夜の仕事も好きなんだな?」

 そう言ったお父さんは少しびっくりした顔をしている。


「まあ…なんていう事…」

 お母さんはむしろ呆れ顔だ。

 

 暁子さんは否定も肯定もしないけど、明らかにキャバクラ嬢の仕事が好きでプライドを持っていると確信した。


「ナンバーワンになって、褒められたり、お祝いしてくれたりすると、私なんかが人に認められたような気がして…私も頑張れば認めてもらえるっていう実感がもらえるのよ」


 僕には、曉子さんがそう言うのもわかる気がした。


 僕も新卒のド新人だった頃は何をやっても失敗続きで、上司には怒られるし散々だったけど、先輩、特に真島さんから厳しく指導してもらった結果、徐々にお客様に認められ、業績も上がって、社長賞をもらった時、この仕事を選んで本当に良かったと心から思ったものだ。


「僕にも、少しだけそのような経験というか、同じ思いをした事があります」


「人に認められる事でその仕事にプライドを持つということかね?」


「ええ、こう見えても会社では若手、いえ、中堅になりかけの営業としてはやり手だと会社からは評価してもらっています」


「だろうな。あの気難しいまもるが君をベタ褒めだ」


「手前味噌で少しお恥ずかしいのですが、私に取って一番誇らしいことは、吉永部長と信頼関係を持って商談ができていることなんです」


「その事と、暁子の事は別です」

 お母さんはそれでも納得しない。


 あれ? 僕も暁子さんに「堕天使」での仕事を続けて欲しいのか?

 ふと気がついてドギマギしていると、お母さんから、

「尾上さんもまさか賛成なの?」

 と図星をつかれた質問が飛んできた。



(ええい、ままよ!)


 僕は正直な気持ちを言うとこにしてみた。


「夜の仕事をする必要がなくなったとしても。その仕事を続ける理由がある場合、納得するまで働いてみてもいいんじゃないか、という気持ちがあるのは僕も否定できません。仮に暁子さんが現状の仕事だけでなく、キャバクラでの体験が自分の生きる糧となって昇華できていたとしたら、僕に止める理由はないですから」


「尾上さんは自分の伴侶になる女性が、いつまでもそんなふしだらな事をしているのが気にならないの?」


 曉子さんの顔が曇る。

「お母さん、ふしだらなんてひどい事……」


「佐知、それは言いすぎじゃないか?」


「なによ、あなただけ良い人ぶって。私は曉子の事を心配しているんです」


 こんな感じで三すくみになって膠着状態に陥った僕には、少し案があった。上手くいくかどうか、まったく見当がつかないのだけれど。


「あの、曉子さんのお父さん、お母さん、一つ提案させていただきたいのですが」


「なんだね?」


「あの、一度曉子さんの夜の職場、『堕天使』にお客として行ってもらいたいのです」

 お父さんは、ほほぅ、という顔をしたが、お母さんは相変わらず怪訝そうな顔をしている。

「なんで私が……」



「曉子さんのもう一つの仕事が、お母さんが言うようにふしだらかどうか、一度その目で見ていただくのもよいのではないかと思いまして」


「確かに我々には、なにかこう、先入観というか偏見があるかもしれないな」


「あなたまでそんな……」


「お母さん、曉子さんはお母さんから見てどのような娘さんに映っていますか?」


「曉子は……大人しくて……従順で……」


「僕も初めてお会いした時にはそう思ったんです」


「君は曉子の違う一面をその店で見つけた、ということなのかい?」


「そうです! 曉子さんは饒舌で、闊達で、大胆で。きっとお父さんお母さんも驚かれるのではないでしょうか」


 お母さんは少し目を閉じて何か思いを巡らせた後、曉子さんに問いかけた。

「今の尾上さんの話が本当なら、私たちに対する曉子は一体なんなの? どっちが本当の曉子なの?」


 すこし当惑しながら、曉子さんはしっかりと答えた。

「両方とも本当の私よ。お母さん」


「今思い出したわ。あなたが小さかったころ、あなたは私が忘れていたもう一人の曉子だった。ひょっとして私のせいで……」


 曉子さんはお母さんの肩を抱きしめた。

「違うわ。お母さん。言ったでしょう? 両方とも私なの」

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