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第77話 今日は帰ってこなくていいってさ!

「私、本当に早とちりをして恥ずかしいわ」

 二か月ぶりに会えた曉子さんは、メイクでそれを隠そうとしていたけどやつれていて、不健康そうに見えた。


「りおん、漸く(ようやく)尾上に会えて本当によかったな」

 姉小路、お前なんでそんなに俺に親切にしてくれるんだ。

 きっとこの恩はちゃんと返す。今はどんな恩返しができるかは全く想像がつかないんだけれど。


「曉子、二人で少し出かけてきたらいいわ。お母さん、尾上さんのお母様と、ちょっと話があるし」

 どんな話をするのだろうか。一抹の不安はあるが、曉子さんと二人きりになるという提案に断る理由はそれくらいしかない。


「あ、あの、本当によいのでしょうか」

 僕は、今後の事をはっきりさせておきたいというのもあって、敢えてそんな聞き方を曉子さんのお母さんにした。


 思えば二か月前、僕を警察に突き出そうとしていた人だ。

 その間どの様なことが彼女を変えたのか。


 僕には本人に問いただす勇気は正直なかった。

 狡猾だが曉子さんと二人で話すことで、その顛末が分かればいいな、そんな風に考えていた。


「ええ、私が曉子を縛り付けているのは間違っていたことを理解したの。これも主人と、曉子の信念のお陰だわ」


「聞きにくい事を聞きますけど、その、教会のことは大丈夫なんでしょうか?」

 母さんが核心に切り込むようなことを言い出して少しドギマギしたが、曉子さんのお母さんは毅然と言い放った。


「確かに私の教会に対する依存度は度を超していたかもしれません。でも、これ主人への当てつけに過ぎないんです。なかなか信じてはもらえないかもしれないけど、私、教会に洗脳されていると皆さんに思われていたと思うけど、そんな事は微塵もないんですよ」


「えっ、お母さん、それは本当なの?」

 全員が曉子さんのお母さんに強く注目した。


「ええ。演じていた、そうよ。狂人を演じていたの。違う人格を演じていないと、私の本物の自我が壊れてしまうのが怖くて……」

 

「分かりますわ。お母さま」

 少しの静寂を破ってそう言ったのは僕の母さんだった。


「でも、戻っていらっしゃった。……本当に長い間お疲れ様でした」


「尾上さんのお母様……」


「麻子、って呼んでくださって結構ですわ」


「そ、そんな。でも、そう呼ばせていただいてもいいのかしら」


「私たち、親戚になるかもしれないんですよ? まあ気が早いかもしれませんけど」


「そ、そうだよ母さん、何言ってんだよ?」

 何言っちゃってんだよ、母さん!


「あら、悟。あなたはそんないい加減な覚悟で曉子さんとお付き合いしていたの?」

 酷い詰め方してきやがるな、母さんは。

 でもここで答え方を間違えると取り返しのつかないことになる。


「あたりまえだろ? 母さんだって、いい加減な息子に育てた覚えはないだろう?」

 母さんはちょっと面食らった表情をして、直ぐににやりと笑った。


「あら、あなたも言うようになったわね。ささ、二人でどこにでも行ってらっしゃい」

 そう言ってぼくと曉子さんを無理やり玄関の戸の外に押し出そうとした。


 姉小路がまた余計なことを言った。

「今日は帰ってこなくてもいいってさ!」


 恐る恐る曉子さんのお母さんの顔を見たけど、笑っていた。

 本当に僕らは許されたんだな、そんな風に思えた。


 でも、姉小路がちょっと寂しそうな顔をしていたのはどうしてなんだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 突然再会して、突然交際が許されて、突然両方の親からどこかに行って来いと言われても、どうしていいかよくわからない。


「な、なんだか突然でいいアイディアがなくてさ。ごめんね、応用力がなくて」


「そんなこと……私だってどうしていいかちょっとわからなくてごめんなさい」

 

「その、曉子さんのお父さんは今どこに?」


「父ですか? 今日は今住んでいるマンションを引き払うので片づけに行っているらしいんですけど」


「そ、そうなんだ。じゃあさ、お手伝いに行きませんか? ご挨拶も出来ると思うし」

 曉子さんはパッと明るい表情になって僕を見つめて頷いた。


 

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