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第76話 よかったじゃないか!

「悟さんの、お母さま?」


「何を適当なことを言っているの。この女は。尾上悟さんは今年で30歳と聞いてます。そんな若い母親がこの世の中のどこにいるというの!」

 お母さんはバカにされたと思ってカンカンに怒ってる。


「ここにいますわ。さあ!」

 尾上麻子、と名乗るその女の人は、ショルダーバックのふたを開けて長財布から恭しく運転免許証を取り出して私たち母娘に差し出した。


「昭和41年10月2日生まれ……住所名古屋市東区……お母さん、これ、本当よ!」

 私は断片的に知っている悟さんのお母様の情報をから、この人が本当に悟さんのお母様だという事を確信した。


「あなたまで。何を言い出すの? 曉子!」

 すると再び呼び鈴が。


 インターフォンに出るまでもなくドアが開いた。そこには、悟さんとクレアさんが立っていた。


「曉子さん、お母さん、ウチの母がお邪魔してすみません。先ほど僕の家まで曉子さんが来てくださったのに、驚かせてしまったようで本当に申し訳ありません」

 悟さんがそう謝ってくれたけど、お母さんはまだ納得しきれていなかった。


「あなたたちが本当の親子かなんて、口裏を合わせればどうとでも言えるでしょう?   それからこの免許証だって……」


「あー、りおんちゃんママ、この人は本当に尾上のお母さんですよ?」


「あなたは誰?」

 お母さん、初めての登場人物が多くて混乱しているみたい。


「あ、こちら、私の二つ目の職場の同僚で、クレアさん」


「源氏名だけどね(笑)。本名は姉小路雪子って言います。そして尾上はアタシの同中おなちゅうの同級生。尾上のお母さん、昔っから若くて、今もこんな若く見えるんだ」


「と、とても信じられないわ」


「信じられないかもしれないけど、本当だよ。りおんちゃんのママ。りおんちゃんが勘違いするのもわからないではないけど」


 私は恥ずかしくなってきた。

 本当に後先考えずに、ちゃんと確認もしないで感情のままに動くとこういうことになるんだわ。


「でも、なんでこんな若者みたいな恰好を?」


「あ、これね、姉小路さんが着せてくれたのよ。勘違いした曉子さんにちょっと意地悪したくなっちゃってね。大体身体のサイズが一緒だからぴったりだったし(笑)」


「ひ、酷いですわ」

 

 悟さんが言葉をつないだ。

「うん、ごめんね。どうやったら信じてもらえるだろうかといろいろと考えたんだけど、姉小路がたまたま電話をしてきてくれて。誤解が解けると、その、嬉しいんだけどな」

 私は決まりが悪くなってお母さんの方を見た。


 お母さんも、首をすくめてバツが悪そうに見えた。

 でも、お母さんはすぐに毅然とした態度に戻って言った。


「この度は、私の行き過ぎた行動で、娘を束縛して、尾上さんにも酷いことを言って本当にごめんなさい」

 深々と頭を下げる自分の母親を見るのは、正直忍びない。


 いくらお母さんから酷い仕打ちを受けてきたとしてもだ。


「曉子さんのお母様、お顔をあげてください。息子から全てのことを聞きました。お母さまが曉子さんをお許しになった経緯は存じ上げませんが、私は悟の母親として曉子さんと仲良くやってほしいと思っています」


「わたしは本当にこの子の青春を台無しにするところでした。この子と、私を救ってくれたのはこの子の父親なんです」


「えっ、吉永教授がですか? いつこちらにいらっしゃったのでしょうか?」

 悟さん、お父さんのことまで調べてくれたのね…… 


「あの、なかなかご理解いただけないかもしれませんが、その……夫は復縁を前提に今この家に帰ってきています」

 お母さんがそう告白すると、狭い我が家の玄関で5人がひしめき合うちょっと不思議な空間は驚きと安堵の空気が一瞬で充満した感じになった!


「よかった! よかったじゃないか!」

 クレアさんが涙を流しながら叫んだ。


「本当によかったわ。ご復縁、おめでとうございます。曉子さんのお母様」


「ありがとうございます。そして先ほどの私たちの酷い言い方、申し訳ありませんでした」

 背の高い悟さんのお母様が、私のお母さんの肩を抱いて慰めてくださっているのを見て、私も感が極まっちゃった。

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