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第62話 望み

「あの、ちょっとつかぬことをお伺いしたいのですが」


 ぼくは緊張気味に店の人に尋ねた。


 見た感じはぼくと大体同じ世代くらいの男性で、背が高く、丸メガネをかけたインテリチックな雰囲気のする人だった。


「はい、なんでしょうか?」


「吉永 宜史さんという方が、この店によく通っているとお聞きしたのですがその方をご存じでしょうか」


 東堂さんの両親が離婚する前は、吉永部長と同じ姓だったわけだけど、もともとは「吉永曉子」という名前だったんだなと思うと少し不思議な気がした。


「ああ、知っていますよ。でも、あなた方は吉永さんのなんなんです?」


 やった、やっぱりこの店になじみがあるんだ。

 

 しかし、僕の立場をどうやって伝えればいいか考えていなかったな。


「突然申し訳ありません。少し込み入った話にはなるんですが、吉永さんのお嬢さんとお付き合いをさせていただいている者です」


 そう言って正直に話すことにした。

 

 まあ別にやましいことは何一つないし。


「それで、何か?」


「実は、お嬢さんの件でお父様である宜史さんとお会いしたいのですが、離婚されてから全く連絡を取っていらっしゃらないと云う事でようやくこのお店に出入りしていることをお聞きして」


「ふーん、あなた、怪しい人とかではないですよね? どうやって調べたんです?」


「そう思われるのも仕方がないと思います。ですので連絡先を教えてほしいなどとは申しませんが、逆に私にご連絡をいただけるようお話ししていただくことはできますか?」


「いやー、ウチはそういうのはちょっと……」


 さすがに難しいな。


「そ、そうですよね」


 弱気になったぼくが切りあげようとすると結衣香が代わりに話し始めた。


「あの、私、関東テクノスという会社でこの人と一緒に働いている汐留結衣香といいます」


 名刺を差し出し、自分の身分を明かした。

 

 こんな初歩的なこともぼくは忘れていたなんて。


「大変申し訳ありません。申し遅れました。私、尾上悟と言います」


 ぼくたち二人から名刺を受け取ったその人は、


「興信所とか、そういう人たちかと思いましたよ。最初から名乗ってくれればよかったのに」


 と半ばあきれ気味に言った。


「そ、そうですよね。ちょっと切羽詰まっていてそんなことも出来なかったなんて恥ずかしいです」


「まあこの通り暇ですし、話はお伺いしましょう。吉永さんのお嬢さんとお付き合いされている方ならば、丁寧に対応しないと」


 確かにそこそこ広い店内には疎らに古書を探したり立ち読みをしている人がいるばかりだった。


「いろいろ事情がありまして、今吉永さんのお嬢さんと面会謝絶の状態になっていまして。宜史さんをお連れしないとちょっと会えそうもないんです」


「ほほう、それは尋常ではないですね」


「あの、吉永さんって何をしている人なんですか?」


 結衣香が東堂さんのお父さんの素性をいきなり聞いた。


「そんな事お伺いしたら失礼だろう?」

 ぼくは慌てて結衣香をたしなめた。


「いえ、大丈夫ですよ。なぜあなたがお嬢さんとお会いできないのかは、今話を聞いて想像はできています。離婚した元奥様が原因ですね?」


「はい! そうです」


 なんで結衣香が答えるんだ。


「恥ずかしながらそうなんです。元奥様のお話はご存じのようなのでお話しすると、彼女とはずっと軟禁状態で会うことができていません。彼女が働いていたお店の店長が直接交渉を行ってくださったのですが埒が明かなくて」


「で、この店の名前がでてきたと。そういう訳ですね」


「その通りです」


「吉永さんがあなたと会うかどうかは私は保証できないけれど、吉永さんには今日あなたたちが来たことは必ずお伝えします」


「ありがとうございます! それだけでも本当に助かります!」


「吉永さんはフランス文学者なんだ。以前は会社員と学者を兼任にしていたが、最近は会社を辞めて学者に専念なさっている。それでここでよく本を買ってくださる。だから必ず近々来ると思うよ」

 そうなんだ。


 東堂さんは学者の娘さんだったのか。


 とにかくこの書店の店員さんに―― 春日さんとおっしゃるようだが―― 託して僕らは辞去することにした。


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