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第55話 堕天使店長

「待たせたな」

 予告通り、一時間後に姉小路は「堕天使」にやってきた。


「なんでこんなところに呼び出すんだよ」


「こんなところだからだよ」


「それはどういう……」


「店長! ちょっとだけ話したいんだけど」


「クレアちゃん、今日は非番なのにどうしたの?」


「うん、こいつがさ、りおんのことで困ってるんだ。すこし相談に乗ってやってほしい」

 おいおい、どういう話になってんだ。


 強面の店長さんまで出てきちゃって大丈夫なのかな?


「ウチのお客さんであり、りおんちゃんの彼氏の頼みとなればお断りできませんね。お話いただけますか?」

 うえぇえ、店長さん、見かけによらず結構親切そうだな。


「実は、りおんちゃんの母親の事なんですけど……」


「大丈夫ですよ。りおんちゃんからお母さんのことはちゃんと聞いています」


「そうなんですか?」


「ほら、ウチみたいな家業はいろいろな事情を抱えて働いている女の子も多いんで、トラブルを未然に防ぐためにもそういう家庭の事なんかは聞くようにしているんです。もっとも、ちゃんと話さないとか、噓をつくとかもないわけじゃないですが」


「な、なるほどですね。先ほどりおんちゃんのお母さんに、きちんとした交際をしたいとお会いしたんですが、拒絶された上にストーカーとして告発するとまで言われてしまいました」


「それは大変でしたね」


「アタシはりおんの事、全然知らなかったよ。何とか店長、こいつの助けになるようなことはない?」

 姉小路もちゃんと心配してくれている。


「うーん、要するに宗教団体による洗脳が解けない限り、お客様とりおんちゃんの交際は難しいということですな」


「やっぱり洗脳されてるんですか……」


「そう考えた方がいい」


「洗脳を解くにはどうしたらいいんだ? 店長」


「マインドコントロールされている人にとって、例えばその宗教団体の教祖の言っていることは間違っているとか否定したり、力づくで引き離しても全く効果はない。価値観が教祖に完全に書き換えられている。それが洗脳だからね」

 て、店長って、この人、いったい何者なんだ? 


「じゃ、じゃあ、どうしたら?」


「お客様がそれにかかわることはできないと思います。あなたがお母さんの攻撃対象だからです」


「それでは誰が?」


「やはり、りおんちゃんと、離婚したお父さんが必要です」


「お父さんを探して説得する?」


「まあそうなりますね。それはお客様の仕事です」


「分かりました。しかし、今りおんちゃんはお母さんによって軟禁されているような感じです。携帯電話も取り上げられてしまいました。連絡の取りようがないのが頭が痛いところです」


「そこは私が何とかしましょう」


「え、店長が何とかしてくれるの?」


「クレアちゃん、私はりおんちゃんのお母さんと話をしたことがあるんです」


「本当?」


 店長によれば、お母さんは「堕天使」に電話をして来て、店長にやめさせるように直談判したそうだ。


「まあ、私からお母さんには、『あなたのお陰でここで働くことになってるのは分かっていますか?』と聞きましたがね。それについては混乱しておられるようだった」


「私からちょっとお母さんにアプローチしてみましょう。数日いただけますか?」


「は、はい。お願いします!」


「まあお客様のためというよりは、りおんちゃんはこの店でもトップのキャバ嬢なんでね。出勤してこないと困るんですよ」


「あはは、そりゃそうですよね」

 店長はそうは言っているけど、結構親身にしてくれる。


 そうして、店長にぼくの連絡先を教えて、姉小路と一緒に店を出た。


「今日は本当に急に呼び出して申し訳なかった。どうなるかわからないけど、ありがとうな、姉小路」


「尾上、そんなこと気にすんなよ」


「うん、でもありがとう」


「今日はこれで帰っちゃうのか?」


「えっ?」

 なんだ、姉小路?


 なんかものすごくしおらしい顔をしている。


「少しアタシに付き合えよ」


「……う、うん」

 何がこれから起こるんだろう?

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