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第53話 どうしたら

「お母さん、ただいま帰りました」


 東堂さんが玄関口でそう言うと、廊下の奥から東堂さんのお母さんの返事が聞こえる


「あら、曉子なの?」


 するとすぐにお母さんは姿を現し、ぼくを見るなり表情が固まった。


「曉子。これはどういうことなのか説明して頂戴」


「お母さん、お願いだから怒らないで話を聞いてほしいの」


「怒るかどうかは話し次第よ。あなた、名前はなんて言うの? どこの何者かしら」


「お母さん!」


「まさかウチの娘に……!」


「ぼくは、尾上 悟と言います。吉永部長にお世話になっているサプライヤーの営業マンです」


 吉永部長、ごめんなさい。


 部長が東堂さんの叔父さんであることを申し訳ないですが利用させてください!


「あら、そうなの。それで、曉子とはどんな」


「はい、曉子さんのお母様のお許しを得て、きちんと付き合いたいと思っています」


「そんなバカな話!」


「お母さん! 悟さんになんでそんなこと」


「曉子は黙っていらっしゃい! 義弟にゴマを擦っているようなサプライヤーの営業マンと曉子が? 冗談は顔だけにしなさいよ!」


「お母さん、衛叔父さんは悟さんなら私を任せられるって」


「知らないわよ。あなたは私の娘でしょう? なんで衛叔父さんがあなたの相手を決める権利があるの!」


「お母さんこそ、私の相手を決める権利なんてないんだから!」


 鬼の形相でぼくや東堂さんに迫るお母さんには、一筋縄ではいかない覚悟が見える。


 でも、ぼくだってここは一歩も引いてはならない。

 

 しかし、お母さんに拒絶されたらおしまいだ。


「曉子さんに相応しい相手の、具体像があればおっしゃってください」


「あなたでない事は確かね。まず頭がいいこと。誠実なこと。曉子を一生愛することができること。そして、私とうまくやっていけること。あなたは全部当てはまらなわ」


「お母さん! 悟さんは国立大出身だし、英語だって話せるんだから。誠実さなら私が保証する。ここに来て、ちゃんと話そうと言ってくれたのは悟さんなの。わたし、ウソをついて悟さんの家に泊まろうとしていたのよ!」

 

「このケダモノが!」 

 

いきなりお母さんは僕の頬を打った。


 力はなかったが、心はものすごく痛かった。


「そのことについては、ぼくが悪いんです。ぼくは曉子さんをちゃんとここまで最初からお送りするべきだった」


「ほら見なさい。こんな男、あなたは騙されているのよ! さあ、帰って頂戴。そして金輪際曉子には近づかないで」


「いえ、それだけは従えません」


「聞こえなかったの? 帰りなさい」


 東堂さんはぼくとお母さんの間で困り果てた顔をしていた。


「ぼくは、何度でもここに曉子さんとお付き合いさせていただけるようにお願いに来ます。そしてぼくが曉子さんに相応しい男だとわかっていただけるまで何度でも」


「警察を呼びますよ?」


「もう、やめて! お母さんがそこまでいうなら、私出ていくから!」


「曉子! なんでわかってくれないの? 母さん、あなたの幸せだけが母さんの希望なのよ」


「私の幸せってなんなの? お母さんが決めた教会の人と結婚することが私の幸せ? そんなの嫌だわ。お母さん、教会に騙されているってなんで気が付かないの? お金もたくさん使って。お父さんまでいなくなって。私、一つも幸せなんかじゃないわ!」


 唇を震わせて、涙を流しながらお母さんに抗議する東堂さん。


 ぼくが本当ならばお母さんを説得しなければならないのに。


 いや、その考え方自体がおこがましいのかもしれない。


 これは母娘の問題でもあり、ぼくがたやすく考えて介入すべき問題ではなかったのかもしれない。


 でもだ。ぼくはこのままだと、一生お母さんには認めてもらえないだろう。


 一体どうしたらいいんだ。

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