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第51話 心の拠り所

「はい」


「はい、じゃないわよ。あなた、今どこにいるの?」


「今日はお友達の家に泊まるって話したでしょう?」


「私は聞いてないわ! なんていう友達なの? 今電話を代わりなさい!」


 まず母の聞き漏らしを狙ったが、無駄だった。


「そんな大きな声を出さないで。安原南ちゃんの所よ。お母さんも知ってる」


 次に私は嘘をついた。

 

 安原南という女の子は慶法大時代からの友達で、何度かうちに遊びにきた事があった。


 南ちゃんには、今日のことはさっき手短に電話で話してあるから口裏は合わせてくれる。


 しかし、今電話を代われと言うのは想定外だった。


「安原さんに迷惑じゃない? お母さんからも謝っておくから代わってちょうだい」

 

 南ちゃんは寝ていることにするか、お風呂に入っていることにするか。


 でもこの選択肢は問題の先送りになるだけだ。


 買い物に行ったことにする?


 いや、これもやっぱり同じ事だな。


 時間稼ぎでお風呂に入っていることにして、かけ直すときに三者通話で南ちゃんとお母さんに話してもらおう。


「南ちゃん今お風呂に入ってるから、出てきたらかけ直す」


 と言ってお母さんとの通話を切った。


 すかさず南ちゃんに電話を掛けた。


 呼び出し音はしているけど繋がらない。


 LINEも送ってみたけど既読が付かない。


 どうしよう?


 母は厳しい上に、猜疑心が強い。


 生半可な説明では納得しない。


 母の望む決定的な証拠があらば良いのだけれど……


 気だけが焦る。


 南ちゃんに電話を何度もかけ直す。


 やっぱりダメだ。


「暁子……さん? どうしたの?」


 悟さん起きたんだ!


「あ、あ、あのっ! 母に外泊のことまだ伝えてなくて」


 悟さんは私に憐憫の眼差しを向けてくる。


 悟さん、私をそんな目で見ないで……


「お母さんがダメだというなら、ダメなんじゃない?」


 え? なんで? 私こんなに一大決心してきたのに!


「悟さん、私と一緒に居てくれるんじゃないですか?」


「もちろんそうだよ。僕はずっと暁子さんと一緒に居たいよ。でも、お母さんがそれを望んでない」


「母のことは関係ないです!」


 つい、叫んでしまった。

 

 そうは言ったけど、実際私は束縛されていて、キャバクラで働いている事もお母さんのせいなのに、納得してもらえてない。


 それどころか、


「お前のために私は毎日徳を積んで、教会にもお布施をしているの。そんな所で働かなくても直ぐにウチは豊かになれるのよ?」


 なんて半分頭の狂ったような繰り言をしている。


 もう、あの優しかったお母さんはどこにも居ない。


 今こそお母さんと決別する時なのでは?


 そんな気持ちにさえなってくる。


 でも、悟さんはお母さんが納得していない限りここに居てはいけないという。


 もう、悟さんの頑固頭!


「悟さん、私を、私を母から救ってください!」


「ど、どうしたの? 何があったのか聞かせてくれないか?」


 私の焦燥しきった訴えで、悟さんも只事でない事が分かってくれたみたい。


 でも、お母さんが宗教にハマっている地獄を悟さんに知られたら……


「暁子さんが悩んでいる事があるなら、なんでも話して欲しい。僕では物足りないですか?」


「そんな事ないです。でも、私が母の事を話すと、悟さんにも迷惑がかかったりしたらイヤだし」


「暁子さん」


 私、悟さんの切れ長の優しい眼で見つめられてる。


「君がもし薔薇でも、僕は棘ごと抱きしめるから」


 そんなに……そんな価値、私にはないよ……悟さん……なんでそんなに優しいの?


 私は悟さんにお母さんの事について話した。


 話しながら私は泣いていた。


 あんな事言ってくれたけど、悟さんに全部話したら、こんな地雷女と付き合いたいなんて思わないよね……


 でも悟さんとお付き合いを続けるためにはこの話は避けて通れない。


「話してくれてありがとう。お母さん、何か心の拠り所がないと心が持たないんだね。きっとそれは暁子さんのことなんだろうと思う」


 私が? 母は宗教が心の拠り所だとばかり……


「その宗教じゃなくて、私が依存の対象なんですか?」


「僕は心理学を学んでいたわけでもないけど、話を聞く限りそう思ったんだ」

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