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第46話 悟さんの家で本を選びたい

 ハバネロの肉詰めにはさんざんな目にあったけど、ほかの料理はとても美味しくてまた今度夜に来ようか? なんて話をするほどに東堂さんはメキシカンを気に入ってくれた。


 その後、ちょっとウインドーショッピングをして、東口の大きな書店に入ってぼくは新刊の小説を2冊選んだ。

 

 会計を済ますと、東堂さんが


「よく本は買うんですか?」


 と聞くので、


「ぼくはこれと言って趣味があるわけでもないから、本ばかり読んでるんだよ」


「関東テクノスの若手のエースの趣味が本なんて。ギャップ萌えしますね」


「ちょ、ちょっと曉子さん? エースだなんてそんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ!」


「ごめんなさい、これは真島さんの受け売りなんですよ」


 ちぇっ、あの人、ぼくのデートの邪魔までするのか。


「どれくらい家に本があるんですか?」


「数えたことないな……でも軽く400冊くらいはあると思うんだ」


「400! そんなにあるんですか。その……私も読ませてもらってもいいですか?」


「もちろん。どんな本がいいか言ってくれれば今度会ったときに持ってくるよ」


「そうじゃなくて」


「えっ?」


 あっ、この顔は……また何か思い切ったことを言おうとしているのでは……


「悟さんの家で選んでも……いいですよね?」


 ぼくと東堂さんは、ALTAの大画面の下でフリーズしていた。


「こ、今晩、ウチに来ますか?」


 僕も腹を括ってそう訊いた。

 

 黙って頷く東堂さん。


 黙っているのが居たたまれなくなってぼくは口を開いた。


「土日は、仕事ないんですよね?」


「はい。専ら身体のメインテナンスのために夜の仕事はしません。でないと次の週、働けなくなってしまいますから」 


「いいんですか、その貴重な時間を」


「悟さんだからいいんです。私のわがままですけど」


「わがままなんてとんでもない! こう見えて、なんていうか嬉しいというか、嬉しすぎて何言っていいかわからないほどなんです」


 すると東堂さんはクスっと笑った。


「なんで悟さんはそんなに私のことになるとそんなに慎重になるんですか?」


 思いもかけない質問だ。


「曉子さんのような 向日葵みたいに明るい女性ひとが、ぼくなんかと付き合ってくれるなんて本当に夢のようで、それで……」


 と言いかけると東堂さんは僕の口に人差し指を押し当てて、


「『ぼくなんか』なんてことを、悟さんが言わないで」


 と言った。


「私の王子様なんですよ、悟さんは」


「エースの次は王子ですか! ちょっと買いかぶりすぎです!」


「じゃあ悟さんは私のことをどう思っているんですか?」


 ぼくはまた虚を突かれた。


「そ、そうだなぁ。曉子さんは女神様ですよ!」


「やめてください! 恥ずかしいです!」


 ぼくたち、単なるバカップルみたいだな。


 お互いを今は過大評価しすぎているのかもしれないけど、ぼくは東堂さんを大切にしたいし、失いたくない。だから慎重になっているんだ、と伝えた。


 ぼくたちは、電車に乗って、僕の住む町で降りて、駅前のスーパーで買い物をした。


「今晩は、台所をお借りして私が腕を振るいますよ?」


 本当に幸せだ。

 両親も兄もいないこの家に人を入れたのは初めてだった。


 東堂さんの手料理を食べて、それで……いかんいかん!


 変な妄想はやめよう!


 東堂さんは料理をお母さんに習ったという。


「庶民的な料理ばかりでごめんなさい。でも悟さんの食生活ってきっと不規則だし栄養も偏ってるんじゃないかって思っていたんですよ」


 その通り。


 ぼくは自分で食事を作る方だけど、面倒くさくなるとすぐ外食に頼るし、どうしても外食はバランスが良くない食事になりがちだ。


 小松菜の煮びたし、メバルの煮つけ、冷奴、レンコンのキンピラを手早く作ってくれて、二人で一緒に食べた。

 素朴だけど、とても美味しかった。


 だからこんな生活が毎日続いたら、なんて考えてしまったけど早すぎるよね。


 その後、風呂場の掃除を僕がして、東堂さんには食事の後片付けをしてもらい、風呂を沸かした。


「悟さん、わたし、その……下着を買ってきます」


「あ、あ、あああ、そうだね。そうだよね」


 何うろたえてんだ、ぼく。


「一緒に、行こう。ぼくは店の前で待っているから」


 東堂さんははにかんで頷いた。

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