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第45話 甘々辛辛

 吉永部長への贈り物と、東堂さんの夏服の買い物に付き合って気が付くともう2時くらいになっていた。

 

「そろそろお腹が空きましたよね?」


 と東堂さんから聞かれたのだが、正直新宿でどんなところでランチをしたらいいのかわからない。


 つい何時間か前まで一緒にファミレスに居たけど、飲み物だけしか頼まなかったから、結局東堂さんがどんな食事を好むのかがわからなかった。


 ついさっき、元カノの涼子に出くわしたからか、涼子に何度かダメ出しされたことを思い出した。


「女の子に決定を委ねるようなことはしない方がいい」


 涼子は食事はどうする? と聞く僕に対して、そんな言い方で何度かたしなめた。


「なんでだよ。女の子だって食べたいものくらい決まっているんじゃないの?」


 と、ぼくは言ったけど、涼子は決まって


「そうよ。でも、好きな男の子に提案されたものがあまりにも気分じゃない時以外はそれに従うものなの。あと、自分が提案することはわがままだって取られたくないっていうか」


 女の子は複雑なのよ、と付け加えて言っていた。


 そのことを咄嗟に思い出して、ぼくはリサーチすることにした。


「曉子さん、食事の前にお手洗いに行ってもいいかな?」


「わかりました。私、ここで待っていればいいですか?」


「うん、ごめんね。すぐに戻るから」


 そう言ってぼくはトイレのサインを見つけてトイレにたどり着きスマートフォンでどこかいいところがないか検索をした。


 自分一人なら好きなものを探すのは簡単だ。


 でも、東堂さんに気に入ってもらえるようなところを探さないと。


(東堂さん、イタリアンとかフレンチとか好きかな? それとも和風の方がいいな。中華はちょっと遠慮しておくかな?)などと検索結果の画面を見ながら選ぼうとしたけどどれも決め手に欠くというか、コレジャナイ感があって決めかねていた。


(あまり遅いとお腹が痛かったのかとか心配させてしまうかもしれないな)

 と思って、思い切って自分が行ってみたい店に決めた。


「ごめんね、待たせちゃって」


「大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ。お腹空いたね。ちょっと行ってみたいと思っていたメキシカンがあるんだけどどうだろう?」


 断られたら元の木阿弥だ。


「メキシカンって、辛いんじゃないですか?」

 

「ううん、そういうイメージは確かにあるよね。でもメキシカンは決して辛いというのが特徴ではないよ。もちろん辛い料理もあるけどさ」


「へえー。ちょっと興味があります」


「そこでいいかな?」


「はい!」

 

 僕らは手をつないで――なんか、自然に手をつなぐことができるようになっていた――都立新宿高校の近くにある、「エル・メヒカーナ」という小さなメキシカンに歩いて行った。


 二人は並んで歩いていたが時折僕が東堂さんの方を見ると、キラキラした瞳で僕を見つめ返してくる。


 夜とは違って、お日様の下でみる東堂さんは、瞳だけじゃなくて全部が眩しいくらいに愛おしい。


 店に着くと、僕たちはちょっとした背徳感を感じながらメキシコのビール、TECATE(テカテ)を頼んだ。


「いいんですかぁ? こんな昼間から」


「いいんですよ。今日はお休みじゃないですか」


「そうですね。こういうことがあってもいいですよね!」


 東堂さんもこんなことは初めてみたいだ。ちょっとドキドキするけど楽しんでくれているみたい。


「お決まりのころに参ります」


 と言ったホールスタッフの男の人がTECATE(テカテ)を2本と、ライムを持ってと戻ってきた。

 

「ワカモーレと、タコスのソフトシェルを2つずつ、後は……」


「何か変わったものをお好みですか?」

 ホールスタッフの人がオーダーを決めかねている僕にそう尋ねたので、


「そうですね。何かこのお店のおすすめがあればぜひ」


「では、ハバネロの肉詰めなんていかがでしょうか?」


「ハバネロって……あのハバネロ?」


「はい。あのハバネロです。意外とすんなり食べられて、おいしいですよ?」


「じゃあそれを2つ」


「悟さん、わたしそれはちょっと……」


「ここの名物だってさ。駄目だったら次のものを頼めばいいよ。

 何とか納得した東堂さん。


 運ばれてきたハバネロの肉詰めを口にした二人は、異口同音に


「辛ーい!!」


 と人目も憚らず絶叫してビールを流し込むように飲んで、口に残る辛さに耐えるためにそれっきり口をきけなくなってしまったんだ。

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