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第41話 買い物で地獄

「ごめんなさい! 待ちましたよね?」


 5分遅れて待ち合わせの新宿駅南口の改札に現れた東堂さんは、濃紺のワンピースを纏っていた。


 会社でのシンプルな服装でもなく、「堕天使」で見る勝負服の煌びやかさでもなく、素材の良さがにじみ出るような素敵な出立だ。


「待ったって言っても、たった5分だよ」


「でも……ごめんなさい」


 しおらしく謝っている東堂さんと、ついさっき僕に大胆にキスをして去っていった東堂さんは、どちらが本当の東堂さんなんだろう。


「あ、あの、今日の服装、とても似合っていますよ」


「えっ、本当ですか? ちょっと幼いかなって思ったりしたので。褒めてくださって、嬉しいです!」


 ぱっと花が咲いたように東堂さんは笑った。


「何を着ても似合う人っているんだよな。」


「そんな。言いすぎですよ」


「そうかな? 東堂さんは何着ても似合ってると思うよ?」


「嬉しい!」


 そう言って腕を組んできた。


「私、悟さんの私服初めて見ました」


 至近距離で僕の顔を見上げ東堂さん。

 コンタクトレンズ越しの瞳はブラウンがかっていて、とてもきれいだった。


 何度見ても神様が作った造形だよな……東堂さんって。


「そうだよね。いままでスーツ姿しか見せたことなかったし」


「そのボーダーのカットソー、とても爽やかで、カッコいいです」


「本当? 服装で褒められたことなんてあまりないから照れるな」


「自信持ってください! 私結構面食いなんですよ?」


 へええ、そ、そうなんだ。


 この僕がその面食いの東堂さんの眼鏡に適ったなんて。


 東堂さんの叔父さんである、吉永部長の誕生日プレゼントの買い物には、南口からほど近い新宿高島屋に行くことになっていた。


 岩田電産ほどの大企業の購買部長だ。


 身に着けるものならばそれなりのものを差し上げないといけないと思っているのだろうな。


「部長は、どんなものが欲しいのかな。何か事前に聞いているの?」


「いいえ。でも、叔父の好みは大体把握しているつもり」


「そうだよね。ご親戚だもんね」


「伯父は結構強面で、すごく厳しい人のように見えるかもしれませんけど、本当は気さくで優しい人なんです」


「あー、僕はそれは見抜いているよ。部長には本当にいろいろとお世話になっちゃってるからなぁ」


 少し僕はそこで不安になった。


「あの……さ。 もしかして、部長は僕たちが付き合っていることを知ってたりするのかな?」

 また眼を大きく見開いて僕を見つめる東堂さん。


「い、い、言ってないです! まだ! だって、何時間か前に好きって言ってもらったばかりだし!」

 

「そんなにびっくりしなくても。部長は僕なんかが曉子さんと付き合っていることを知ったらどう思うんだろう。もし『こんな奴と付き合っているのか!』とか言われたら嫌だなあ。取引まで停止されたらどうしよう!」


「ふふふ。悟さん、心配性ですね。 伯父はとても悟さんを買っているんですよ?」


「本当? でも仕事上で信頼してもらってても、その……姪っ子が付き合っている相手と知ったら」


「あの……叔父からつい昨日、「尾上君なんてお前の相手にいいんじゃないか?」なんてけしかけられました」


 まじですか。

 ぼくは、吉永部長の親戚にこのままなっても構わないです!


 僕はそんな話を聞いて有頂天になりかけていた。


 部長へのプレゼントを選ぶ前に、いつも使っている化粧品が切れているものがあるからと言って一緒に化粧品売り場のフロアに先に行った。


 東堂さんは、「クリスティーヌ・ニューヨーク」というブランドのショップに入っていった。


 あ……ヤバい。


 ここは、元カノが美容員として勤めているブランドだ。


 でも、元カノは日本橋三越のテナントで働いていたから大丈夫だろう。

 さすがにここでかち合ったら結構いやだよな。

 

「悟? 悟じゃない!」


 後ろから、間違いなくあの娘の声がした。


 ぼくは振り向く勇気がなかったんだ。


 ぼくにとってこの場所は一瞬にして地獄に変わった。

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