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第26話 立花美瑠の策略

「悪いけど、その話は後にしてくれないか? ここには会社の登記簿謄本の写しをもらいに来たんだ」


 この異様な雰囲気から逃れるためにも阪下さんからの指令を果たさねばならない。

 

 立花美瑠は、はっとした顔をして我に返ったようだった。


「分かりました。これに記入してください」


 申請書を手渡され記入して返すと、暫くして立花美瑠は会社の登記簿謄本のコピーを取って戻ってきた。


「これでいいですか?」

 

「『履歴事項全部証明書』っと。ああ、これで大丈夫だと思う。ありがとう」

 

「あのっ、さっきの件」

 

「その話は後でって言ったよね?」


 僕が少し苛立った声をだしたので、他の総務課員が訝し気な眼で僕たち二人を見ている。


「立花ぁ、どうかしたか?」


 総務一筋三十年の大ベテランの宮下課長が声を掛けてきた。

  


「あ、課長大丈夫です。私がミスっちゃって」


「尾上くん、あまりウチの立花をいじめないでくれよ?」


「あ、そんなつもりは。少し声が大きくなりました。申し訳ありません」


 くそっ、難癖付けられたのはこっちなのに!


 立花美瑠はなんだか勝ち誇ったような表情になって小声でささやいた。


「後でって、いつですか。じゃあ私定時で上がりますから、近くのスタバでどうです?」


「分かった。じゃあそういう事で」

 

「約束ですからね」


 これは間違いなく、全部立花美瑠の計算づくだ。

 本来なら取り合う必要なんてない話じゃないか。


 まあいい。

 何があったのかはっきりさせたいのはこっちの方なんだから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「登記簿謄本の写し、もらってきました」

 

「時間かかったな。本当なら君たちのための時間はもう終わっているぞ」


 時間にうるさい阪下さんはご機嫌斜めのようだ。


「総務が忙しくてなかなか対応してくれなかったんですよ」


 と、方便を使うしかなかった。


「理由なんてどうでもいい。とにかく急ぐぞ。この資本金の額を見てくれ」


「阪下さんがさっき仰った九千万円と書かれてます」


「話を元に戻すと、ウチの資本金は三億円以下だ。そして一部上場企業の岩田電産の資本金は知っているか?」


 さすがに担当者として公開されている財務情報は頭に入れている。

「確か百十四億円くらいです。それが何か?」


「ここで下請け法だ。資本金が三億円以上ある企業が、三億円未満の企業をいじめたらダメっていう独占禁止法の法律の一つだ」


「なるほど、岩田電産の専務の指示自体が下請法に抵触するって事か」


 田淵部長の理解は早い。


「購買側を『親事業者』っていうんだけどな、禁止事項として『買い叩きの禁止』がある」


「言っている意味は分かりました。しかしこれをどう使うんでしょう?」


「わが社の法務の責任者としてある程度の示唆は出来る。だが会社対会社の話は営業が方針を決めてくれないとだめだ」


「悟、おそらくその専務っていうのはそう言うのに疎い人なんだろうな。岩田電産の役員の中でもあまりよく思っていない人がいるんだろう。普通なら役員会でストップがかかるはずだ」


 飲んでる時とは違ってこういう時の真島課長は頼りになる。


「分かったんだったら、後の協議は自分のところに戻ってやってくれ。オレも忙しいんでな」


 阪下さんはそう言って僕らの退席を促すとどこかに電話を掛け始めた。


 その後、田淵部長の部屋で三人で協議をして先方の法務部にアポを取ることとなった。

 下請法に抵触しているので、違反を申告する可能性があることをちらつかせるという事だ。


 午後もこの件で忙殺され、気が付くともう定時まで十分ほどになっていた。


「今日はこれで上がります」


 僕が同僚のみんなにそう言うと、


「先輩、ボクも上がります。どこかでちょっと相談載って欲しいんですけど」


 結衣香がそう言うので、ここでは話せないと思って小声で言った。


「じゃあ早く支度しろ。一緒に来い」


「は、はい」


 結衣香はそそくさと帰り支度をした。


「先輩お待たせ」


「行くぞ」


 会社を出るまでの間、他の社員とはすれ違わなかったので立花美瑠との話の顛末を話した。


「立花、あいつめ!」


「結衣香、お前何か知ってるのか?」


 結衣香は気色ばんで言った。


「私もスタバに一緒に行っていいですか? いえ一緒に行きます!」

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