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第21話 僕の家族の事情

「クレアさん、尾上さんと同中なんですか?」


 東堂さんは、驚いた顔をしてクレアこと姉小路の方を向いた。 


 僕は、中学三年になる直前に父の転勤で横浜の自宅から名古屋へ引っ越した。

 兄が黙って家を出たので、いつ帰るかもしれないから家族中で引っ越すのは反対だった。


「転勤も期限付きなんでしょう? だったらお父さんには悪いけど単身赴任でいいじゃないか」 


「透はここの鍵を持っている。いつでも帰って来れるじゃないか。それに父さんは母さんと悟に一緒に来て欲しいんだ」


 父はそう言って単身赴任を拒んだ。


 兄が学校で窃盗犯に仕立て上げられた事を護ってやれなかった後悔が父をそうさせたのかもしれない。

 

 姉小路と多分15年ぶりにここで再会したわけだけど、姉小路には一言も言わずに転校してしまったから少し心残りだった。

 あの時、僕は兄のことでいろいろなことが嫌になっていた時期で、優等生とみられることにも何か反発心があった。

 だから時折屋上に昇って授業をさぼった。くだらない大人への反抗だった。


 姉小路に、大人に潰された兄の話をしたのは、彼女に兄の姿を重ねていていたからだ。


 姉小路のグループの所業には良い気がしなかったけど、小学生の頃の彼女は、そんなのじゃないを知っていた。


 しかし、ここ『堕天使』をハブにして色々な人がつながっていくのはなんだか奇妙だった。


「そうだよ。尾上はアタシの同級生だよ。そしてアタシから逃げたんだ」


 姉小路、それは違うぞ。


「逃げたって、どういう意味だ?」


「逃げたんじゃないか。アタシの気持ちをあんなにしやがったくせに!」


 あんなにしたってどんなにしたんですか。


「ちょ、ちょっと待てよ。中坊の頃、お前クレアと付き合ってたのか?」


 真島課長、面白がって口出してきてるのは分かってるんですよ。


「付き合ってたどころか、まともに口きいたのは一度きりですよ!」


「りおんちゃん、あんたコイツの事が好きみたいだけど悪いことは言わないよ? コイツは人の気持ちをかき乱すだけかき乱して、突然いなくなるんだ」


 僕は咄嗟に東堂さんの顔を見た。

 予想に反して彼女は少し微笑んでいた。


「尾上さんにも事情があったのでしょう」

 

「そ、そうなんだ。父の急な転勤で名古屋に引っ越したんだけど、春休みに入ってしまっていたから姉小路に話す機会もなかった。それに……」


「それに、何だよ?」


 姉小路は上目遣いに眉間にしわを寄せて僕を睨んだ。

 姉小路が凄むと結構怖いな。

 でも、僕は怯まなかった。


「お前、僕があんな話をしたから、あれから僕の事避けてただろ?」


 僕がそう言うと、姉小路は怒り顔から泣きそうな顔になって、数秒僕を見つめた後、背中を見せて店に戻って行った。


「まって、クレアさん! 真島さん、尾上さん、ごめんなさい。私も戻りますね」


 東堂さんも、姉小路を追うように店に戻って行った。


「おいおい、悟。お前さあ」


「なんですか。僕は何か悪い事でもしましたか?」


「そう怖い顔をするなって。河岸を変えるぞ」


 そう言って近くのショットバーに行くことになった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  

 繁華街から少し外れたところにその店はあった。

 

 看板はなく、緑色の扉を開けると「エスメラルダへようこそ」と、どこかエキゾチックな顔立ちをした少女のようなバーテンダーが招き入れてくれた。


「それで、お前の兄さんはそれからどうしたんだ?」


 エスメラルダのカウンターに座った僕たちは僕は姉小路との一件を話した。もちろん兄の事もだ。

 

 真島課長はなんとかと言うアイラ・モルトをロックで、僕はボンベイ・サファイアがリキュールのストックにあるのを見つけてギムレットを頼んだ。



「兄は、今馬車道の割烹料亭で板前をしているそうです」


 そう親戚筋から聞いたのは僕が国立神奈川大学に入学するために横浜に単身で戻って来たころの話だ。

 当時まだ高校生だった僕でも知っているくらいの名店で兄は修業をしているという事だった。


 実は、父はいまだに名古屋に母と二人で住んでいて、実家には僕が一人。


 居場所は分かったが、兄にはまだ会いに行ったことがない。

 会いに行って拒絶されることが怖かったのだ。


「そうか……いつか会いに行けるといいな」


 飲んでいる真島課長にしては随分と殊勝なことを言ってくれる。

 

 しんみりと、夜は更けていった。

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