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第20話 姉小路家の面汚し

 中坊の頃のアタシは、先生の手を焼かすちょっとしたワルだった。

 

 アタシの周りにはいつも男女合わせて十人くらいの仲間がいて、夜な夜な集まっては街で見かけたクラスメートをカツアゲしたり、暴力を振るったり、酒を飲んだりやりたい放題だった。


 二年生の時、その秋の日もいつものように学校には堂々と昼頃登校して、午後の授業はかったるいから屋上に昇って寝転がって昼寝でもしてフケてやろうとしたら、そこには尾上 悟がいた。


「ねえ、尾上」


 フェンスに寄りかかりながら校庭を見下ろしていた尾上は、アタシの呼びかけに気が付いた。


「あ、姉小路?」

 

「珍しいじゃん、あんたみたいな優等生がこんなところで何やってんの?」


「ううん、別に何も」


 コイツはアタシには興味がない、みたいな顔をしている。


「ダメじゃん。ちゃんと授業に出なよ」


「姉小路だってここにいるじゃないか」


 まあ、そうだよね。


「人の事はどうでもいいんだよ。アタシみたいなのはどうせ先生たちも匙投げてるんだし。でもあんたは違うだろ?」


 悪いのは自分だ。

 けど、大人に一度悪いレッテルを貼られるとそれを剝がすことはなかなかできなかった。

 

 アタシがこうなったのは、ワルの先輩に告られて、付き合うようになって、夜の街を先輩と仲間たちと徘徊するようになって、警察に補導された時、私を引き取りに来た父さんに酷いことを言われたからだ。

 

「姉小路家の面汚しが! 母さんの顔に泥を塗ったんだぞ! お前は!」


 アタシの家は華道の家元だ。

 師範は母で、父は婿養子に入った、少しひがみ根性の強い人だった。


 華道で手いっぱいの母は、何かにつけアタシの事を父に押し付けていた。

 父は自分の我が家での立場や、母の傲慢さにいつもイライラを感じていたのかと思う。


 しかし、「面汚し」と酷い言葉で面罵する父にアタシの何かが壊れた。


 翌日、先生にも呼び出されあることないこと散々ひどいことを言われた。

 それ以来アタシは半分自棄(ヤケ)になって、自分の人生はもうどうでもいい、とすら思うようなった。


 それまでのアタシは、普通の、本当に普通の女の子だったのに。


「姉小路は、ワルぶってるだけのように見えるよ」


 いきなりコイツ何言いだすんだ?


「僕、そう言う人を身近に見てきたからよくわかるよ」


「身近な人? 誰?」


「兄貴だよ」


「あんた、お兄さんいたんだ」


「ああ、でも三歳上だから、この学校にはもういないよ」


「なんでアタシとお兄さんが似てるって?」


 アタシは尾上の意外な話に興味を持った。


「僕は今の姉小路がそうなる前の姉小路の事を知ってる。小学校も同じクラスだっただろう? 姉小路みたいに何か事件とかきっかけがあって、大人に踏みつぶされたまま起き上がれなくなった兄貴に似ているような気がするんだ」


 尾上はお兄さんの話をしてくれた。先生から部活で財布がなくなった犯人に仕立て上げられたのだそうだ。

 お兄さんは人間不信に陥って、そしてワルになった。


 尾上とこんな風に話すのは初めてだったし、なんかアタシの事を偏見なく見てくれる初めての同級生だった。


「お兄さんは、今は?」


「高校を辞めて、家を出てしまった。今は何をやっているのか分からない」


 アタシは言葉を失った。


「そっか」


 そう言うのが精いっぱいだった。


◇ ◇◇ ◇ ◇◇

 尾上があの日屋上にいた理由は分らなかった。

 寂しい目をしていた。

 

 でも、その日からアタシは尾上が気になって仕方なくなった。

 クラスでは声を掛けられなかった。やっぱり尾上に迷惑を掛けたくなかったから。 

 

 でも、いつかきっと尾上と普通に話せるようになりたかった。

 好き、というのとはちょっと違う。


 いつか冬が来て、アタシと尾上はあの日以来一言も交わすこともなくそのうち春が来てアタシは三年生になった。

 

 そして尾上が転校したことを知った。


「なんで、なんで」

 痛みを共有できるはずの唯一の存在だったのに。


 アタシは尾上に近づくこともできなくて、一人になった時泣くしかなかった。

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