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令嬢、聖女、女性主人公、恋愛系

私(剣聖♀)だって普通に恋したいんだけど いつもイケメンに間違えられる

作者: 松内えみす

比較的まったりとした話です。コーンポタージュ感覚でどうぞ。

「あ、あのっ」


 背中から掛けられた声に振り向くと、令嬢と思わしき可愛らしい少女が立っていた。手にはピンク色のお花と小さな箱があった。


「ベイリー様っ、す、好きですっ。こ、このプレゼントを受け取って下さい!」


 そうして頭をペコーンと深く下げる令嬢。


 大変心苦しいのだけれど······


「······すまない。君の想いに答える事は出来ない」


 この残酷な宣告を何回下しただろうか。令嬢が悲しげな顔を上げる。


「ごめんね。でも、私を好いてくれた事は嬉しいよ。どうかその素敵な想いはいづれ現れるであろう君の運命の男性に伝えて欲しい」

「っ······わ、私の運命の男性(ひと)は貴方なんです!」


 えーっと。


「······お嬢さん。君の誤解を一つ解かなければならないね」

「え?」

「私はね。女なんだ」

「···········え゛!?」






 私ことベイリー・オルドマイデは王家直下の聖騎士団エリュシオンズの団長であり、史上初の女性剣聖だ。


 聖騎士団は悪しきモンスターから全ての人民を護り、命を賭して日夜戦っている。



 そんな騎士団は女性から絶大な人気を得ている。特に年頃の貴族令嬢。


 事実、騎士団は名家の少年、青年、あるいは代々騎士の家系の男性が多く集まる。そのほとんどが肉体的に恵まれた者などだから、まあ年頃の乙女達には補整がかかってカッコ良く見えるのだろう。


 騎士団員の“ふぁんくらぶ”なる物も存在しているらしく、乙女の花園では誰々がカッコ良いとか素敵とかいう話で薔薇が咲き乱れている。



 ここで一つの問題がある。



 ふぁんくらぶがあるのは良い。騎士団員がチヤホヤされるのも良いだろう。色恋にうつつを抜かしてもらっては困るが、ある程度ならそういう周りからの評価などによって自信を得てもらえれば悪くない。


 問題なのは騎士団で一番人気のある人間がいると言うこと。そして皆して“イケメン”だと言っていること。


 妬んでいるのではない。


 そのイケメンと言われている人物こそ──私なのだ。





「あ、あはは······そ、その。何て言いますか······ごめんなさい」

「あー、いや。慣れてるからね。気にしなくていいよ」

「で、では私は失恋しますね。じゃなかった、失礼しますね」



 私に告白した令嬢は気まずそうにしながら逃げるように帰っていった。



「ふぅ······」


 そろそろ令嬢達の間で私が女だと言うことを周知して欲しいのだが。




 何も女の子に限った話ではない。


 騎士団員の連中ですら未だに私が男だと思っている輩が多いのだ。



 無理無いと言えば無理無いのかもしれないけど。


 執務室に行く途中、廊下にある鏡を見て私はそっとため息をついた。


 女性の平均をはるかに上回る身長。鍛えてるせいで引き締まり、ガッシリとした肉付き。プレートを着用してるせいで胸の膨らみは失せ、厚い胸板のように見える。


 うなじにかかる事のないバッサリと切った髪。剣士としての合理性を最優先してるせいで私の髪型は男性とほぼ変わらない。


 そして顔だ。愛想の無い鋭い目元に、固く結ばれた薄い唇。眉が立派なのも男っぽい。


 自己評価ですら女の子とは言い難い。これでは周囲からは男だと思われるのも仕方ない。



「ベイリー団長!」


 鏡に呪いの眼差しを送っていたところで、同じ聖騎士の装具に身を包んだ副団長の一人バトスが慌てた様子で走ってきた。


「カッシュ村にゴブリンの群れが攻めてきています!このままでは防御柵が破壊されるのも時間の問題です!」

「動かせる団員は?」

「私含め二十名程っ」

「よし、私が出よう。お前はここに残って他の副団長との連絡を繋げろ。近場の騎士団の召集が完了次第出発させろ」

「は!」



 私はすぐに愛馬である白馬に跨がり、騎士団員達に激を飛ばした。


「カッシュ村だ。日頃の訓練の成果を出す時が来た。誇りを胸に進め!」

『おおっ!!』


 十数名の新米騎士達を引き連れて馬を飛ばす。

 カッシュ村は近場だったためすぐに到着した。


 既に村にはゴブリンが雪崩れ込んでおりあっちこっちで衛兵達が戦っていた。


「よし、散開しろ!各団員は衛兵との連携を最優先!攻めるより守れ!」

『おおっ!』


 私らの到着を知った衛兵達が歓声を上げた。


「おおっ!聖騎士団だ!聖騎士団が来てくれたぞ!」

「あ、あれはベイリー団長じゃないか?!」

「剣聖のベイリー?!」

「すげえっ!『白刃の貴公子』の登場だ!」


 盛り上がっているところ悪いが······

 私は貴公子じゃなくて淑女なんだけど。




「······行くぞ」



 数分後。

 私がゴブリンのリーダー含む100体くらいを撃破したところで勝敗は決した。

 ゴブリン達は散り散りに逃げて行き、勝利の歓声が上がっていた。


「終わったか」

「団長!お疲れ様です!」


 遅れてやってきた副団長のジャスティンがキラキラした目を向けてくる。


「流石ですね!どんな敵が相手でも『白刃の貴公子』たる我らの団長には敵わないですね!」

「ああ、そうだな······」


 君は私の下で一年副団長やってるよね?なのにまだ女だって知らないっておかしくない?



「いや~、流石団長です!見て下さい。村の乙女達のあの眼差しを!」

「······そうだな」


 さっきまで恐ろしい目に遇っていたはずの村娘達が集まってきていて私にハートマークの目と黄色い声をキャーキャー送っている。


「ベイリー様ーっ素敵ー!」

「こっち向いてー!」

「お願い!あたしをお嫁にしてー!」



「はぁ······」




 戦闘が終わり、事後処理を衛兵に任せて私らは引き上げた。


 帰り道。後ろからついてくる若い青少年らが興奮しきった声で話し合っている。



「見たかよ団長のあの剣捌き!」

「ああっ、実戦は初めてだけどすごかった!」

「カッケエよなあ!憧れるぜぇ!」

「あんなに強くてイケメンとか嫉妬しちまうよ!」


「······」



 戦闘の報告書を纏めるため私は執務室に籠った。

 途中、騎士団の世話してくれる女中の少女が紅茶を持って来てくれた。


「ありがとう。美味しい紅茶だ」

「そ、そんな。大したことでは······」


 トロンとした目つきで私の事を見る少女。


「あ、あの。ベイリー様」

「なんだい?」

「べ、ベイリー様は恋人とか居ますか?」

「居ないが······」

「そうなんですね?!で、では好みのタイプとかはありますか?」

「好み······」


 私に選ぶ権利があるかはともかくとしてだ。


「誠実な人がいい。相手の事を思いやれて尊敬出来るような懐の大きい人がいい。嘘や言い訳をしないような真っ直ぐな人がね」

「素敵ですね!」

「ああ、そういう()()()()()()が良いかな」

「············はい?」


 少女が笑顔をひきつらせる。


「え?え······も、もしかして······ベイリー様はそっちのお人······」

「そっち?」

「い、いえ!失礼しましたっ。そっかぁ。で、でもそれはそれでちょっと······見てみたいかも······」


 謎の呟きと共に少女は出ていった。

 良くは分からないがまた一つの誤解が生まれたような気もする。


「······」


 誰も居なくなったし、仕事も区切りがついたので私は引き出しからそっと一冊の本を取り出した。


 古書店で売っていたからつい買ってしまったのだが──



『ドキッ!これで愛しのあの人も振り向く事間違いなし!女の子のための可愛く見せるテクニック!』


「······これはなぁ」


 なんだか不真面目にしか見えないタイトルなのに、『可愛く見せる』という文字に目が惹かれて買ってしまった。


 別に私は恋してるわけではない。でも人並みに恋くらいはしたい。ロマンス小説とか普通に読んでいるし、ときめきを感じる事だってあるのだ。


 いわゆる恋に恋してるのかもしれない。


 ともかく、まあ、せっかく買ったんだし一応。中身を読んでみるか。



『自分には魅力がない。周りに綺麗な子がたくさん居る。だから恋人なんて出来ない。そんな風に思っているそこの貴女!それは大きな間違いです!この世に可愛くない女の子なんて存在しないのです!貴女が上手くいかないのも、貴女が悪いのではないのです。ただ、周囲がその魅力に気づいてないだけなのです!ちくしょう、この野郎どもーっ、私の魅力に気づかんかーいっ!というわけなんです!』


 どんな感情で読めばいいか分からない出だしで始まった文を流し読みし、具体的なアドバイスが書かれている欄を覗いてみる。



『手っ取り早く印象を変えたいなら髪型です!いつもと少し違う髪型にするだけで男性というのは「おや?」と興味を抱くものなのです!』


「······」


 自分の毛先をチリチリと摘まんでみた。この短さではアレンジのしようがない。


『他にはヘアピンやリボンをお洒落でポップな物に変えるだけで大分変わりますよ!』


 ヘアピンならいけるだろうか。でも戦闘中はメットを被ってるし、普段も制服の帽子を着用してるからなあ。


『見た目も大事ですが、女の子の魅力は何も外見に限った話ではありません!』


 タイトルをぶん投げてそうな項だが、一応読んでみる。


『お話が上手な子やお料理が上手い子なども男性には魅力的に映るのです。特にお料理は誰でも努力次第で上げられるステータスです!女の子の手料理と聞いただけで大抵の男性は感動にむせび泣いてバクバク食べるものなのです!』


 私も『女の子の手料理』結構振る舞ってるんだけどな~。

 若くて育ち盛りの団員達の夜食としてシチューとかピラフとか良く作ってあげてるんだけど、彼らの感想はというと


「うまいっす!さすが団長!」

「強え、かっけえ、料理うめえとかイケメンステータス高過ぎませんか?!」

「もし団長に彼女とか出来たらその子は幸せだろうな~」

「料理の上手い男ってモテるらしいっすよ!」


 てな感じだったので、私は料理好きのイケメンということでまた噂が広まった。


『それと母性愛に溢れた女性も男性から見れば魅力的なのです!優しくて大らかな心に誰しも癒されるのでしょう。早い話、貴女が世の男性のママになってあげれば良いのです!』


 私は団員や助けてあげた少女とかによくこう言われる。


「団長って本当に面倒見良いっすよね」

「ああ、俺らの兄貴って感じだ」

「父さんって呼んで良いすか?」


「助けていただいてありがとうございました!あ、あの。だっこしてもらった時に思ったんですが、ベイリー様ってこう、父性に溢れてますよね!」


 ママにはなれそうもない。まあ、なるつもりもないけど。



『基本的にして最後の手段はズバリお化粧です!化粧品は高いしなかなか手に入らない。それはそうです。でも!少しのお金で可愛いが手に入るなら安いものではないでしょうか!?ご安心を!実は私は化粧品の販売商人でもあり、安くて高品質な商品の数々を世に送り出してきました!詳しくはバーントル町の東一丁目にあるアナハストリートの当店まで······』


 なんか最後は自分の店の宣伝を始めた。なるほど、これがそもそもの狙いか。上手いこと考えるなぁ。


 それはともかくとして、私だって化粧をした事くらいある。結構奮発しておめかししたのだ。

 でも周囲の反応はこう。


「おおーっ、団長、女装も似合いますね!」

「スゲーッ、やっぱり美男子だと女に見えるんすね!」

「ていうか、美少年?ってやつかな。団長流石っす!」


「キャーッ!ベイリー様かわいい~!」

「本当!まるで年下の可愛い男の子みたい!」

「男性なのに私より美人かも!」



 どんなモンスターを相手にしてもくじけなかった私も、この時ばかりは心が折れた。

 そしてその事を思い出し、また萎えた。



「はぁ~······」


 ため息をついていたところでノックの音がした。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは副団長の一人ダイナーだ。


「部隊の再配置が終わりました」

「ご苦労。私の方も一通り処理は終わった」

「そうですか」


 ダイナーはチラッと私の顔色を見て、ニヤリとイタズラっぽく笑った。


「どうやらまた悩みがあるみたいだね」

「······まあな」

「やれやれ、そんなに気になるのかい?()()()

「ここでは団長と呼べ。公私混同は慎め」

「そういうところが固くて女らしくないんじゃないかなあ、団長」



 副団長の一人ダイナーは私の弟だ。私と大変顔が似ているが、弟は性別と合致していわゆるイケメンという事で人生上手くいっている。



 仕事も区切りがついたのでダイナーと共に町へ買い物に出掛けた。


「姉さん、たまにはドレスとか着てみたら?」

「いつ、どこで召集されるか分からないからね。何時でも剣を振るえる格好の方が良い」

「やれやれ。僕は姉さんが美人だと思ってるんだけどなぁ。勿体ないよ」


 弟は姉孝行の良く出来た弟だ。素晴らしい。

 でも、まあ身内に対しての甘い評価だろう。


「あ、姉さん、あっちで旅商人が露店をやってるよ。何か買わない?」

「剣の手入れ油が不足していたなあ。少し足していこう」

「まーた仕事の話だよ。香水とか、ブローチとかあるじゃん」

「必要ない。さ、行くよ」


 店には様々な商品が並んでいた。


「へい、らっしゃい。おー、兄ちゃんカッコいいね」


 と褒められる弟。

 商人は私に目を移して、ほうっと声を上げた。


「おおっ、お兄さんの方がもっとカッコいいね。イケメン騎士兄弟か」


 お姉ちゃんね。


「ははっ、ご主人、この人は僕の姉だよ」

「え?!うそ!」

「姉です」

「い、いやぁ~、ハハハハっ」


 笑って誤魔化すない。



 買い物を終えたので、私は行きつけの鍛冶屋に行く事にした。


「ディン、あなたも剣預けてきたら?」

「ん?ああ、僕はいいよ。それより姉さん一人で行ってきなよ」

「行かないの?」

「うん、そりゃあ()()()()()()()()()()()だからね。じゃ、先に戻ってるよ」

「?」


 良く分からない事を行って去っていく弟。



「まあ、いっか」


 私は鍛冶屋ハーンズに着いて、奥でカチンカチンとハンマーを振り上げている背中に声をかけた。


「おーい、ロビー。剣治ったー?」

「うおっ!?」


 ガチンッ!と、手を滑らせた音がして鍛冶屋の若き店主ロビーが慌てて振り向く。


「ア、アイリ!来てるなら来てるって早く言え!」

「いや、今来たんだけど」

「し、心臓止まるかと思ったぜ······あ!また失敗しちまった······」


 手元の金床を見て悲しそうに顔を歪めるロビー。そしてそのまま恨めしげに私を見た。


「く~、何でお前はいつもタイミングが······」

「え?なんか言った?」

「······なんでもない」



 ロビーことロベルトは私の幼馴染みだ。私の家が代々騎士の家系で、ロビーの家が鍛冶屋だったので昔から剣の鍛え直しとかで付き合いがあったのだ。


 ロビーは浅黒でガッシリした大柄な人で、頭も少し頑固。負けず嫌いで素直じゃないところがあるけど、誠実な人なのは幼馴染みだから分かる。


 そんなロビーも今は店を継いで鍛冶職人として私の剣を直してくれているのだけど······


「ロビー。私の剣直してくれた?」

「え?ああ、すまん。まだなんだ」

「ええ~。困るよ。代わりの剣も悪くはないけどロビーの打ってくれた剣じゃないと不安でさ」

「······俺的には直したくないんだがな」

「え、なんで?」

「なんでって······だってお前は剣がありゃどこでも戦うんだろう?」

「そりゃあ剣聖だし」

「ヤバい相手とも戦うんだよな?」

「だからロビーの鍛え直してくれた剣が必要なんだよ」

「······俺は忙しいんだよ」


 フイッと後ろを向くロビー。


「今少し作ってる物があって時間が無いんだ。剣の修復はもう少しかかる」

「なるべく早くね」

「ああ。そうだ、茶でも淹れるよ」

「ありがとう」


 お茶の香りが工房の中に漂う。まったりとした時間の中、ロビーに愚痴をこぼす。


「でさぁ、まーた告白されたのよ」

「はは。そっかー」

「毎回令嬢を悲しませるのも嫌なんだけど、それよりさあ、自信無くすよ」

「そっか」

「はあ。まあ自分でも分かってるけどね。女としての魅力が皆無な事くらいはさ」

「······いや~、でもさ、多分何処かに居ると思うぞ。アイリの事を良いと思ってる男も」

「そうかなあ」

「ああ、居るよ」


 根拠は無いかもしれないけどロビーの幼馴染みとしての励ましはいつも元気をくれる。

 今日もなんだかんだで日が暮れるまで話し込んでしまった。


「じゃあ、剣よろしくね。また後日取りにくるから」

「ああ。あ~、アイリ」

「うん?」


 帰りかけた所を呼び止められた。


「なに?」

「来週の十日辺りにさ、時間無いか?予定空けといてくれると助かるんだが」

「うーん。騎士団は不定期な休暇しか無いからなんとも言えないけど。わかった。なるべく空けとくようにする」


 私はそのまま宿舎に帰った。



 そして次の週に入って十日になった時のこと。


 大臣に呼びつけられ私は執務室で面会した。


「エルダードラゴンが隣国の村を二つほど滅ぼしたらしい。国境沿いの我が領地の村も危機に晒されている。急で悪いが騎士団を明日に出発させてくれ」

「分かりました」


 詰所に戻り、剣の稽古をしている団員達に発破をかける。


「皆も知ってると思うが隣国でエルダードラゴンが確認され、多くの犠牲者が出ている。我が国の民にも同じ危機が迫っていると見ていい。よって騎士団の半分を派遣することにした。各々明日にまで出発の準備を整えろ」

『はっ!』



 私は遠征の為に必要な物資をさらに万全にするためダイナーと共に町へ買い出しに向かった。


「そうだ。ロビーから剣をもらわなければな」

「そうだね、姉さ······ですね、団長」

「ダイナー、お前も何か入り用な物があるなら来るか?」

「いえ。あ~、ところで姉さん」

「団長だ」

「今日はなんの日か知ってる?」

「?なにかあったか?」

「いや、いい。あー、ロビーさんも待ってるから一人で行ってきなよ」

「?」


 呆れたように苦い顔をした弟はスタスタと去って行ってしまった。


「どうしたんだろ」


 まあ、一人で行こうか。


 ロビーの鍛冶屋に着き、早速剣を受け取ろうと中へ入る。


「ロビー、居る?」


 工房には誰も居なかった。工具や金属破片がそこら中に散らかっている。


「居ない。あっ」


 作業台の上に私の剣が置いてあった。

 勝手に取る訳にはいかないけど出来上がりが気になり、ついつい手に取ってみた。


「あれ?」


 しかし、私の剣は完全に直っていなかった。打ち直ししてはいるものの、刃が全く研がれておらずナマクラも良いところ。そっと置いて戻す。

 それなりに時間もあったはずなのに······。


「あ······」


 そして作業台にもう一つ何かあるのを見つけた。


 イヤリングだった。小さな、薔薇を型どった物で、紅いルビーがあしらわれている。

 とても可愛らしい、女の子向けのアクセサリーだった。


「······」


『俺は忙しいんだよ』


 ロビーの本職は武器洗練だ。アクセサリーの類いは手掛けていないはず。

 こそこそ隠れてこんなものを作っていたんだ。私の剣なんかそっちのけで誰かにプレゼントするため······。


 私はもう一度自分の剣に目を落とした。鈍い刀身が佇んでいた。


 ──タッタッタ······──



「ふうー、袋も良いの手に入ったし、後はあのプレゼントを包めば······って、うわあ!?ア、アイリ?!」


 どこからか帰って来たロビーが入り口で驚いて仰け反る。手には、可愛らしいリボンの付いた袋を持っていた。


「アイリ、お前、何勝手に入ってんだよ!?」

「······ねえ、ロビー。私の剣は?」

「え?剣?あ、ああ。まだだ。これから仕上げにかかるよ」


 まるで悪びれる様子もないロビーに、私は感情を押さえられなくなってしまった。


「その手にあるのは?」

「え?あっ、こ、これは······」


 プレゼントの袋を慌てて後ろに隠すロビー。


「あのさ、ロビー。私はあんまし人のやることにあれこれ口出したくないけど、流石にそれはどうかと思う」

「へ?」

「私の剣はほったらかしで、プレゼントの用意してたんでしょ?」

「い、いや、その······」

「ロビーが誰かにプレゼントしたい物があって、それを作るために忙しいのは分かる。でも、私の剣だってちゃんと頼んだ仕事なんだから。そこは真面目にやって」

「へ?」


 ポカンとするロビーの表情に私はますます腹が立ってしまった。


「もういいよ」


 そのまま剣を取る。


「私の頼みよりも、もっと大切な用事だったんだね。誰かは知らないけどお幸せに。プレゼント喜んでもらえるといいね」

「ちょ、ちょっと待てよ。一体なんの話だよ?」

「イヤリング。渡すんでしょ?誰かに。良かったね、そんな相手が居て」

「は、はあ?!」

「じゃ、私はもう行くから」

「······はぁ~っ。お前、何か勘違いしてるな?」

「何が?」

「あのなあ、お前、今日がなんの日か知ってるだろ?」

「······ごめん、分からない」

「嘘だろ?!」


 ロビーはびっくりして目を丸くすると、今度は怒ったような顔をした。

 そして大きな声でこう言った。


「お前なあ!今日はお前の誕生日だろうが!」

「············へ?」


 あれ?今日は······あ、本当だ。私の誕生日だ。忙しすぎてすっかり忘れてた。


 でも。


「それが一体どうしたの?」

「はあ?はあ~······お前っ······ああっ、もう!」


 顔を赤くしたロビーはツカツカとこっちに来ると、机の上に置いてあったイヤリングを取った。


 そしてそれをそのまま私に差し出してきた。


「ほらっ······」

「······え?」


 ぐっ、と突き出してくるロビー。


「だからほらっ!」

「え?え、あのこれ······」

「~~!だ~か~ら!これっ、お前への誕生日プレゼント!!」

「えっ!?」


 ロビーの手の中でキラッと光るイヤリング。


「で、でも、これ女の子が付けるやつだよ?」

「お前だって女だろ」

「わ、私なんかにこんな可愛いイヤリングは······」

「······これでも一応考えてイヤリングにしたんだ。最初はティアラとかにしようと思ったんだけど戦闘の邪魔になるかと思ってさ。ネックレスも同じ理由。防具の邪魔になるかと思って。イヤリングならアイリの仕事の邪魔にならないし、きっと似合うと思って作ったんだ」

「·············」

「~。い、要らないのか?!」

「!い、要る。いるいる」

「ん。はい」


 手の上で小さくウインクするイヤリングの輝き。


「······ねえ、ロビー。着けていい?」

「着けてもらわないと困る」

「ふふ、そうだね」


 耳に着ける。鏡があったので見てみると、不思議に自分の顔が和やかになっているように感じられた。


「ど、どうだ?」

「すごく良いっ。可愛いよ」

「ああ、俺もそう思う。可愛いよ」

「ふふ、自画自賛?」

「いや、そうじゃなくて着けてるアイリが──」

「え?」

「!!な、何でもない!そ、それより剣!剣だよな?!」

「あ、そうそう。お願いね」

「おう、任せろ。少し待っててな」


 剣の仕上げにかかるロビーを見守りながら私はイヤリングをずっといじった。


「······ふふふ」

「気に入ってくれたようだな」

「うん。ありがとうロビー。最高の誕生日プレゼントだよ」

「そ、そうか。よしっ、剣も最高に仕上げてやるっ」


 しばらく、私達はゆったりとした時間の中を二人で過ごした。

 二人きりの誕生日はまだ時間が許してくれそうだ。




 ────おしまい────



お疲れ様でした。またどこかでお会いできれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イケメンの女性が素敵で、女心がよく現れていて。楽しめました。 周りの反応も面白いですよ。 令嬢が巻き戻りを繰り返すお話も読みましたが、オチも過程も面白くて。 ジジイお前のせいかっですよね笑…
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