ジェットコースター
「残り時間五分。余裕の到着っと」
長距離を駆け抜けてジェットコースター前へと到着。
ほかの出演者はまだ来てないようで鬼の姿も見当たらない。
「二人以上だから他の人を待たないとだけど」
「紫雲さん」
しんと静まり返った中、静寂を破った声が一つ。
俺が現れたのを見計らって綴木が物陰から現れた。
「綴木――さん」
一応、収録中なのでさん付けにして置いたほうがいいか。
「よかった、これで乗り込めますね」
「他にいなさそうだし、行きましょう」
ピンマイクも付けてるし、カメラにも撮られてる。
敬語が抜けないように気を付けないと、視聴者に慣れ慣れしい奴だと思われてしまう。
ちょっとしたことで簡単に炎上してしまう世の中だ、常に紳士でいないと。
「あ、あの。私、実はジェットコースターが苦手で」
「ホントに? それなのに来てくれたんですか。凄いですね。申し訳ないけど、ちょっとだけ頑張って」
ジェットコースターに乗り込むと安全装置が下りて出発のベルが鳴る。
震動と共にゆっくりと動き出した車体がレールを登り高い位置につく。
席の前には小型カメラが付けられており、顔のアップが撮られている。
それ以外は画角の外だからか。
車体が急降下する直前、綴木が俺の手を握り締めた。
「キャアアアアアアアアアアアアア!」
耳を劈くような悲鳴と共に凄まじい速度で車体が駆け抜ける。
魔術師ならこれくらいの速度は慣れっこだけど、綴木はかなり怖がっている様子だ。
これも演技をしていれば持ち前の女優魂でなんとか乗り越えられたのかもしれないが、素の綴木では耐えられなかったようだ。
レールがねじれていたり、一回転したり、急カーブしたり、日常生活では味わえない重力の掛かり方をするたびに悲鳴が上がる。
120点のリアクションで取れ高ばっちり。
俺も真似しようかとも思ったが、流石に止めておいた。
これだけはしゃいでいるなら、逆に俺は冷静であったほうがリアクションに差が出来て綴木が映えそうだ。
そんなことを考えつつジェットコースターを楽しんでいると、ふとレール上に怪異を発見した。
風を纏う鼬鼠の怪異、鎌鼬だ。風の刃であらゆるものを断ち切ってしまう性質上、レールという場所はかなり不味い。
今なら雷撃で始末できる。
そう判断して魔術を使おうとした瞬間。
「おっと」
ジェットコースターを越える速度で飛来した鳥の式神が怪異を貫いた。
風穴の空いた鎌鼬は存在が霧散して完全に祓われる。
俺が手出しする必要はなかった。
日の下にいる怪異なら全部、八百人が祓ってくれる。
後で、礼を言っとかないとな。
「はぁ……やっと終わりました……」
「大丈夫です?」
「はい、なんとか」
携帯端末に連絡が入り、ミッション成功が報告される。
「やった!」
「やりました!」
ハイタッチを交わして喜びを分かち合い、鬼が来る前に別れて早々にジェットコースターから離れた。
出演者同士で固まることにメリットはあまりないし、番組的にも面白くない。
再び一人となって園内を軽く歩いて行く。
「あ」
「あ」
ちょうどゴーカート乗り場の辺りで楠木と鉢合わせになった。
「どーも、近くに鬼とかいました?」
「いえ、見掛けてないですけど」
「そうですか。なら安心ですねー」
「もしかしてミッションは貴方が?」
「えぇ、まぁ。俺と綴木さんとで」
楠木もミッションのためにジェットコースターに向かっていたってところか。
「そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ」
と、話しては見るものの、やはりと言うべきが楠木は眉を潜めていた。
絶対にどこかで会ってるはず。表情がそう言っている。
そのまま気のせいで終わらせてくれると非常にありがたい。
そのためにもなるべく接触しないほうがいいか。
「それじゃあ、俺はこの辺で――」
ふと楠木の足下に視線を取られる。
「楠木さん、足とか痛めてます?」
「え? あぁ、いえ、痛めているというか、不調ではありますね。ちょっと重いんですよ、左足」
それもそうだ。
楠木の左の足首に怪異ががっしりとしがみついている。
番組が始まる前にはいなかったから、園内のどこかで取り憑かれてしまったか。
幸い、名前もついていないような有象無象の矮小怪異。
姿も曖昧で辛うじて猿のような形を取っているに過ぎない。
これなら祓うのは直ぐだ。
「ん?」
鬼の気配を感じた振りをして明後日の方向を向く。
それに楠木が釣られたのを確認してから魔術を発動。
彼女の左足首で稲妻が弾け、怪異を祓う。
「きゃっ!?」
予想外だったのはそれで楠木が体勢を崩したこと。
流石に転倒させるわけにもいかず、手を伸ばして楠木を抱きかかえた。
「えーっと、大丈夫ですか?」
「……あ、はい」
彼女を自分の足で立たせる。
「虫でも居たんですかね? 気を付けて。それじゃ」
「はい。ありがとうございます……」
呆気に取られたような表情をしたままの楠木を置いてその場を足早に離れる。
しくじってしまったかも知れない。
これじゃライブ会場での焼き直しだ。
頼む、鈍感であってくれ。と心の中で念じずには居られなかった。




