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アイドル

「つまりこういうことだ」


 と、八百人は言う。

 青空の下、魔術師の正装とは正反対の洋服を着こなし、街中を歩きながら。

 クレープの甘い匂いがする。


「魔術界としては一刻も早く人々にこの件を忘れてほしいんだ。だが今やキミが何者なのかとSNSは大盛り上がり。生放送の一部を切り抜いた動画が何百万と再生されているくらいだ。所謂バズったって状態だね」

「なんでそれで俺が芸能人にならなきゃいけねーんだよ」

「それはイズナがあの場でパフォーマーと名乗ったからだよ。ここまで話題になった以上、メディア露出をしないのは不自然だ」

「不自然だろーがなんだろーが鳴りを潜めてりゃそのうち飽きるだろ世間なんて」

「それはもっともな意見だけど。魔術師のお偉方は恐れてるんだ。不自然さを引っかかりに秘匿を暴こうとする者が現れるのを」

「けっ。じゃあなにか。一発屋芸人みたいに飽きられてテレビで見なくなるまでパフォーマーやれってことかよ」

「そういうこと。それにこれはイヅナへの懲罰だし」

「あぁー、もう! じゃあやってやるよ、クソったれ!」


 芸能人になるなんて冗談じゃないけど、生放送に映り込んだのは俺のミスだ。

 自分のケツは自分で拭く。

 やってやろうじゃねぇか芸能人。


「で、なんで八百人がついてくるんだよ」

「連帯責任だって。まぁ、僕はイヅナのマネージャーってとこかな」

「マネージャーねぇ」


 足を止め、見上げた先にあるのはテレビ局。

 ここで俺たちが毎日見聞きしているような番組が作られている。

 芸能人もたくさん。


「ここか」

「いくよ、イズナ」

「あぁ」


 俗世と芸能界を隔てる敷居を跨ぎ、あちら側の世界へ。

 どことなく雰囲気が違って感じられ、そこはかとない場違い感に襲われる。

 お前みたいな奴が踏み込んでいい場所じゃないんだぞと、建物全体に言われているような気がした。

 まぁ、だとしても、俺は俺の役目を果たさなきゃなんないんだけど。


「つーか。なんで俺の連絡先がバレたわけ?」

「テレビ関係者に魔術師がいたんだよ。それ経由でイズナに出演オファーが来たらしい」

「どこにでもいるな、魔術師」

「魔術師は日本中の至る所に遍在しているからね」

「面倒くせぇー」


 テレビ局に入ると直ぐに警備員に身元を確認された。

 芸能人は何かと危険に晒されることが多い。

 実行力のあるファンやアンチを弾くためだそうだ。


「おーおー、流石に中に入ると空気が違うな」

「だね。人の悪感情が渦巻いてる。吹き溜まりだ」

「そりゃ毎年何百もいるタレントやら芸人やらが生き残りを賭けて全力椅子取りゲームやってるところだからなぁ。妬み嫉みの蹴落とし合いで怪異にはさぞかし居心地のいいところだろうぜ。そりゃこの業界にも魔術師がいるわ」

「あ、あそこが楽屋だよ。イヅナの名前が書いてある」

「へぇ、こう見るとマジで芸能人になった気がしてくるなぁ」


 ドアノブを捻ると個室に出迎えられる。

 鏡、机、衣装棚、畳に座布団。

 バラエティー番組でよくタレントや芸人が突撃されている、あの楽屋がそこにあった。


「個室なんだな、複数人で使うような楽屋だと思ったけど」

「そこはこの業界の魔術師が気を利かせてくれたんじゃない?」

「あぁ、なるほど。なら、ありがたく使わせてもらうか」


 靴を脱いで座布団にどっかりと腰掛けて胡座をかく。


「お、楽屋弁当あんじゃん。これ喰っていいのかな?」

「イヅナの楽屋にある弁当なんだからいいんじゃない?」

「やりぃ。いただきまーす」


 見た目の高級感からしてコンビニ弁当とは格が違う。

 味も一線を画し、彩りも豊かだ。


「あ、そうだ。楽屋挨拶とか言ったほうがいいか? 一応」

「イヅナ。もしかして楽しんでる?」

「え?」

「いや、ほら。あんなに面倒くさがってたのに」

「そうだけど、やっぱりこうやって芸能人の真似事してるとテンション上がるもんなんだよ」

「そういうもの? まぁいいけど。楽屋挨拶だっけ? 必要ない気もするけど、挨拶するだけならしといたほうがいいんじゃないか?」

「あ、でも挨拶しないほうがいい人もいるって聞いたことあるな」

「どっちでも好きなようにしなよ。どうせ長くこの業界にいるわけじゃないんだし」

「それもそうか。じゃ、これ喰って着替えたら行こうぜ」

「行くんだ」

「芸能人に会いたいじゃん」

「このあと番組に出るんじゃなかったっけ?」

「芸能人っぽいことしたーい」

「イヅナって思ってたよりミーハーだよね」


 楽屋弁当を食べ終え、手早く着替えを済ませる。

 洋服から伝統ある和装へ。

 魔術師の基本的な装束、デザインを戦闘に特化させた黒いはかまだ。

 これで生放送に映り込んだ時と同じ服装になった。

 一つのアイコンとして俺が誰だか認識しやすくなったってわけだ。


「さて、それじゃあ楽屋挨拶だ」


 廊下に出るとどの楽屋にも見覚えのある名前ばかり書かれている。

 まずは最寄りの楽屋から。

 突然ぽっとでのパフォーマーが現れて嫌な顔をされるかと思ったけど、思ったより朗らかに挨拶を返してくれた。


「それじゃあ失礼します」


 ゆっくりと扉を閉めて、大きく息を吐く。


「いいねぇ、芸能人っぽい。次だ次」


 それからタレント、女優、芸人と次々に挨拶終わらせていく。


「ここが最後か。園咲美琴そのさきみこと……聞いたことあるな?」

「アイドルグループのセンターやってる子じゃない? ほら、この間卒業発表した」

「あぁー! 思い出した! たしかエンジェルバトンってグループの!」


 大所帯のアイドルグループだったから一人一人の顔はよく憶えてなかったけど、八百人に言われて顔がぱっと浮かんだ。


「令和最後の清純派、とかなんとか妙なキャッチコピーを付けられてたっけ」

「正直、同情する」


 楽屋の扉に軽くノックすると鈴の音のような声で返事が返ってくる。


「失礼しまーす」


 がちゃりと扉を開けた、その瞬間のこと。

 風のように全身を撫でて流れ出ていく瘴気に晒される。

 それは悪感情の渦がより濃くなったもの。

 俺と八百人は瞬間的に魔力を身に纏っていた。


「あれ? あなたはもしかして! わぁ、やっぱり! 紫雲イヅナくんだ! 動画見ました、凄いパフォーマンスですね!」


 出迎えてくれた園咲美琴は花が咲いたような笑顔だった。

 とてもこの空気が粘り気を帯びたような、ねっとりとした瘴気の中にいるとは思えない。

 それほどまでに彼女は眩しい存在だった。

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