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潜みし者

 読み通り、楠木に大胆に触れた瞬間、怪異の気配が再び現れた。

 それもより強力になって。

 お陰で怪異の位置がはっきりとわかった。

 取り憑かれているのが誰なのか、ということまで。

 あとは追い詰めるだけだ。


「てっきりメンバーの誰かかと思ったけど違ったな。八百人、織子ちゃんに教えてあげてくれ、エンジェルバトンはみんな仲良しだって」

「あぁ、きっと泣いて喜ぶ。ところで怪異は誰に憑いてるんだ?」

「今にわかる」


 その誰かの元へと足を進め、来た道を戻るように人気のない通路へと出る。


「あ、紫雲さん。どうですか? なにかわかりました?」

「マネージャーさん。えぇ、怪異を見付けました。今から祓うところです」

「本当ですか? よかった。これで美琴の卒業ライブも安泰ですね」

「えぇ、もちろん。この辺りは危険になりますから、この後すぐ逃げてください」

「はい、わかりました……この後?」

「そう、このあと。ちょっとビリってしますよ」

「え?」


 マネージャーさんの肩に触れて稲妻を流す。

 低出力の人体に影響のない範囲の雷撃を浴びせ、その内に潜む怪異を弾き出す。

 同時に入れ替わるようにして怪異とマネージャさんの間に割って入った。


「な、なななっ!? なんですか!? あれ!」

「あれが怪異ですよ。マネージャーさんに取り憑いてたのを取り除きました」

「取り憑いて? ……じゃあ、私が美琴を危険な目にっ」

「いやいや、そうじゃないですよ。あなたは知らず知らずのうちに乗り物にされてただけ。本当に悪いのはあっちの怪異です。そこを間違っちゃいけません」


 と、フォローしていると不定形な靄のような怪異が輪郭を帯びていく。

 その形状は限りなく人に近く、だが決定的に違っていた。

 落ち武者のような髪、死体のように蒼白い肌、虚ろな瞳。

 爪は肥大化して鋭く研ぎ澄まされ、歯はギザギザに尖っている。


「ア……オイ」

「あおい? あおいって、葵のこと?」

「余程この世に未練があったのか、前世の記憶が残ってるんでしょ。元々楠木のファンだった人が死後、怪異になってしまったってところですかね」


 だから楠木葵に接触することで姿を見せた。

 俺の推しに男が近づくな、ってところか。

 きっと楠木の体調不良も、この怪異の好意に当てられたのが原因だ。

 ファンが推しに迷惑を掛けるなんてな。


「葵のランナーなら美琴に酷いことしないで! あの子がこんなこと望んでるはずないわ!」

「たぶん、言っても無駄ですよ。あの怪異に残ってる自我は擦り切れていて残り少ない。道理を説いたところで理解はできません。奴の行動原理は生前の無念だけ。推しのために現世に留まったのに、もう楠木のことが見えてないんです」

「そんな……そんなのって」

「さぁ、逃げてください。奴に引導を渡すのがせめてもの慈悲って奴です。任せてください」

「わ、わかりました。よろしくお願いします」


 急いで駆けていくマネージャーさん。

 そんな彼女には感心がないのか、その虚ろな瞳はじっと俺を見つめている。


「ア……オイ……アオ、イ……ヲ……センター……二」

「ファンの忠誠心って奴? 立派だねぇ。だから瘴気をせっせか集めて園咲に纏わり付かせたのか。良い迷惑だよな、園咲も楠木も。行き過ぎたファンはこれだから始末が悪い」

「アオイ……二……チカヅク……ナ」

「なに? なんだって? もっとハキハキ喋れよ、ナイト気取りの厄介オタク」

「オオォォオオオォオオオオオ!」


 叫び声と共に廊下を蹴った怪異が駆ける。

 その鋭爪がこの身に届く前に、手銃で照準を合わせて紫電の弾丸を撃つ。

 が、軽く躱されて接近を許してしまう。


「なんだ?」


 振るわれる鋭爪を躱して反撃。

 足を狙って紫電の弾丸を撃つも、これまた完璧なタイミングで躱されてしまう。

 まるでわかっていたみたいに。


「お前、もしかしてサトリの成りかけか?」


 人の心を読む怪異、サトリ。

 こちらの作戦、実行タイミング、魔術の性質まですべての情報が筒抜けとなる厄介な怪異だ。


「でもまぁ、特に問題なし!」


 足に紫電を纏わせ、強烈な一撃を持ってサトリを蹴り飛ばす。

 躱せなかったサトリは廊下を転がり、忌々しげにこちらを再び睨み付ける。


「一件、強そうに見えるけど。結局、攻略法なんて幾らでもあるんだよねー。例えば避け切れないくらい速く攻撃するとか」


 再び距離を詰めに掛かるサトリに両手を向ける。


「逃げ場がなくなるくらいの範囲攻撃とか」


 幾つもの雷撃が廊下を隙間無く埋め尽くし、サトリを襲う。

 稲妻に打たれたサトリは為す術なく身を焦がして廊下に膝をつく。


「あぁ、あと式神にも弱い。式神自身に意思はないし、サトリの能力は離れた術士にまで届かない」


 怪異には必ず攻略法がある。

 この世に祓えない怪異はいない。


「サトリなら楠木の心も読めたはずなのにな。楠木だけじゃない、誰もがこのライブの成功を祈ってる。成功させようと頑張ってる。祝福の中で送り出したいんだ、天使みたいに」

「ア……オイ……」

「さっさとケリを付けよう。これ以上、推しを苦しませるなよ」


 全身に稲妻を纏い、一瞬で加速。

 瞬く間に距離を詰め、振りかぶった拳を稲妻の速度で突き放つ。

 真正面から直撃を喰らったサトリは弾け飛んで存在が崩壊した。


「サトリのくせに推しの思いもわからなくなるなんてな」


 哀れみの中で決着がついて直ぐ、地響きのような歓声が耳に届く。

 ライブの盛り上がりも絶好調みたいだ。


「八百人。こっちは片付いた。そっちに戻る」

「了解。配置していた式神を撤収させよう。織子は……まぁ。大目に見てやるか」

「妹思いだねぇ、おにーちゃん」

「お前みたいなデカい弟はいらない」


 逃げたマネージャーさんに今回の件が片付いたことを知らせ、最初の個室に戻って着替えを済ませる。

 その足でしれっと関係者席に戻ると、足を組んで静かにライブを見ている八百人の隣りに腰を据えた。

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