幸福な人々
咎人と呼ばれる人たちが、この国にはいる。大きな罪を犯した人の家族や子孫がそう呼ばれる。彼らは皆、首に赤いチョーカーのような模様が入っているのだ。どんな犯罪を犯した者たちなのか、その詳細は語られないが、確かなのは咎人が明確な差別階級として存在するということだ。
私も咎人である。南清原中学に通う、二年三組の男子学生だ。赤印というこの咎人の印を隠すことは許されていないので、登校中の私の姿を見て道行く人が眉をひそめる。
「あのようになってしまうから、悪いことをしてはいけないよ」
母子の母が、不快そうな顔で私を指さしてそう説明する。
誰も近くを通ろうとせず、臭いモノから逃れるように私から距離を置いて通り過ぎていく。
私は平気だ。
「邪魔なんだよ!」
見知らぬ男が私を突然後ろから蹴り倒した。
邪魔なはずがあるものか。しかしいつものことなので気にするべくもない。
私は平気だ。
散らばった教材をかき集めてバッグに詰める。すべての教材はいたずらにより落書きがされ、ところどころ酷く破かれている。それは私が学校内においても、日常的に「いじめ」を受けていることの証左であった。
登校した私を皆が白い目で見つめている。生徒のみならず教師も一丸となって、積極的に私をいじめる。それは私が咎人だからだ。それ以上の理由はない。
教室に入り、自分の席に向かう。と、何かに引っかかり私は盛大に転んだ。どっと笑い声があがる。顔を上げると席から足を延ばしている男子生徒がいた。加藤君だ。このクラスの中心的役割を果たしている元気のよい少年である。
「うわっ、きたねぇ!」
加藤君はそういって、私をひっかけた足を隣の席の杉山君の机の脚に擦り付けた。杉山君は大げさに奇声をあげて、そこを手で拭って他の生徒へと押し付けるように拭う。そうして恒例の鬼ごっこが始まる。なんでも「とがびと菌」がついたままだと犯罪者になってしまうらしい。
私には彼らの理屈がまったく理解できなかったが、彼らがそれで楽しそうなのだから、これが正しい姿なのだろうと思っている。流れる鼻血を洗い流すため、私は手で顔を抑えながら逃げるように教室を抜ける。
私は平気だ。
鼻を洗っていると通りがかりの生徒が私の頭を押さえつけて水を被せる。必死に暴れるが、他の生徒が協力に来たのか、一向に抜け出せそうもない。水で口と鼻がふさがり息が苦しい。水の音の隙間から、大きな哄笑が聞こえる。
鐘の音がなると、彼らは引き上げていった。授業の時間だ。
私は濡れねずみのまま授業に出席したが、残念ながら担当の教師に追い出されてしまった。
私は平気だ。
一日のスケジュールが終わると、解放された生徒たちは各々自由に行動しだす。無論、私には彼らの玩具という役割があるので、早々に帰路につくわけにはいかない。
私は鬼ごっこの鬼になる。鬼は皆の嫌われ者だ。私が追いかけると、一様に悲鳴をあげて散らばっていく。元気のある者は隙を見て私に攻撃を試みるのだ。後ろから押した倒したり、蹴りが入ったり。
そんなことだから帰るときには体がボロボロになってしまう。何度もグラウンドで転ばされるので肌が擦り剝け、服は土で汚れる。
私は平気だ。
鐘が鳴り、もう少し経って日が沈むと私もとうとう自由になる。暗くなると首元が見えにくくなるのか、少しだけ普通の人になったような気がする。
「おかえりなさい」
私の母を演じる者が迎えてくれる。
服は洗濯に放り、自分の部屋に入る。
衣装ダンスを横に動かし、地下室のパスワードを認証して足を踏み入れる。
「…やあ、今日も随分な姿だね」
「博士」が私の姿を見て、鎮痛な面持ちを作った。
なぜか博士だけは私を見て喜ぶことがほとんどなかった。
「博士、よければわたしを殴打してはいかがでしょうか? そうすれば精神に良好な影響があると予想されます」
「いや…辞めておこう。前にも言ったろう、私は体が不自由だからね」
ならば私が代わりに私を殴打しましょう。そう提案しようとしたところで発言を止められ、体を診せるように言われた。
「私はね、今でも正解がわからないんだ」
私の傷を治しながら博士が呟く。
「君たち咎人を用意したのは私たちだが、それでも」
私の人工皮膚が綺麗に剥がされ、新しいものが癒着していく。
「こうして悪意の形を見るたびに、それを背負うのは君たちではないと思ってしまう」
博士はここのところ、このように私を見て落ち込むことが増えてきた。
私の使命は人類を幸せにすること。
その中にはもちろん、博士も入っている。
「安心してください。可能性を排除できるほどに、博士の選択は正解だと断言いたします」
私は博士を安心させるために、できるだけはっきりと、表情筋を笑顔に固定した。
「私は平気です。私の知る限り、人類はずっと幸せになりました。ただし博士、貴方を除きますが」