ACT3:ある国王のユメ追い記
あの道化師はどんな夢をみるのだろう?
いや、彼ならペテン師か。人々に夢を与えておきながらそれを粉々に壊す。賢く無情な孤独の道化。それこそ彼にはふさわしい。
わたしは彼に憧れていた。何にも縛られることなく自由な彼に。わたしとは正反対な彼に。
彼の隣にいたいと思った。彼と共に行きたいと思った。だがそれは叶わない。甘ったれたわたしの愚かな夢だった。
わたしの運命は生まれ落ちたときから既に決まっていた。それはどう足掻いても覆すことはできない、定められたものだった。わたしはこの国待望の後継だった。皆にとってわたしは、それ以上でもそれ以下でもなかった。
あらがうすべを知らなかったわたしは、ただその運命に忠実に従っていた。わたしはそのため以外には生きてはいけないのだと、勝手に思っていたのだ。わたしはこの国のたった一人の皇子だった。皆わたしに期待していた。だから我が儘なんてものは言えなかった。わたしは彼らが望む「王」になるのだ。そのために、わたしの身を捧げればいいのだから。
でもそれは違った。教えてくれたのは自らを旅人と名乗る道化師だった。彼の異国の話は実に面白く、気に入った父が城へ招いたのだ。そこでわたしは彼と初めて会った。
彼と出会ってからわたしは変わった。民との触れ合いを求め、城の外に出るようになった。それまでわたしは自分の足で街を歩いたことがなかった。誘ってくれたのは、彼だった。
外界ではわたしという存在はあまりに小さく、儚いものだと思い知らされた。城下の民は皆朗らかで、素性の知れないわたしでも快く慕ってくれた。どんなささいなことでもわたしの目を惹いた。民の姿はわたしの目にいきいきと映っていた。
初めてのことばかりだった。城では得られないそれが、とても楽しかった。
もちろん外界に出たことは良いことばかりではなかった。見たくないものもたくさんあった。華やかな城内ではまずありえないどぶ住まい。肩をよせあって寒さと飢えをしのぐ家族。食べ物も飲み物もろくになく、小さな罪を犯しては一握りのパンの欠片を奪いあっている人々。周りからは哀れまれるより煙たがられる。まるで彼らは人間ではないかのようだった。
その差はいったいどこにある? わたしは彼に問い掛けた。彼は困ったように小さな声で言った。それは貴方様の国のことでしょう、と。
その瞬間わたしは悟った。わたしはわたしの国のことを何も知らないのだと。この捻れはわたしが正さねばならないのだ、とも。
城の中にいては見られない景色が、そこにはあった。わたしには眩しすぎる、わたしが守らなければいけない弱い国。わたしはこの国が好きだった。
母はわたしが外に出るのを嫌った。王たる者の資質が損なわれると。彼と関わるのも本当は難色を示されていた。だがわたしには城で贅沢な暮らしに浸っている母が理解できなかった。母は貴族の出だった。それこそ貧困とは無縁な生活しか知らない。そんな者が王として玉座にあることは、わたしが嫌だった。
わたしは王にならねばならない。しかしその先は? 皆はわたしにどうしろというのだろう。父や祖父と同じ道はたどれない。それではこの国は変わらない。道しるべは歴史書の聖人の言のみで、形あるものは何一つなかった。
彼はいつの間にか姿を消していた。元来放浪癖のある者だったから咎める者はいなかったのだ。彼はわたしにも何も言わずに国を去ってしまった。それがどことなく悲しくて、胸にぽっかりと穴が空いたような感じがしていた。
心のどこかでは彼を恨んでいた。わたしをこの国に一人残していったことが憎らしかったのだ。わたしはこの国から自由になれない。だが彼は違う。それがとてつもなく、羨ましかったのだ。
いつの頃からか、わたしは彼の影を追い掛けるようになっていた。わたしには彼のような臣下がいなかった。だから彼のような人材を──、いや彼自身を求めていた。
彼ならわたしの本意を受けとめてくれると、本気で思っていた。