第5話 ゴブリン野盗団首領・クビリャク
前書き連載①ケツァールの真相究明
第3話「夜明け(ノックス)の女」
「夜明けの女」、俺はこの組織を調べ上げる事にした。
まず掲げるは「女性の地位を向上させ男女平等、それを実現させる」という大義名分。
言いたいことは分からなくはない、確かに社会的地位を鑑みれば女性が社会進出をしてもおかしくはないのだし、我らがロクシャームは女だろうと構わずそれぞれの省庁に適している者をトップに据える方針だからな。
俺がパンドラをオーヴァスト家に潜らせているのは、彼女が俺の昔馴染みだから、という理由だけではない。
パンドラ自身が諜報に於いては天才だからだ。
とにかく情報を得るのが凄まじく上手く、俺も毎回舌を巻いている。
俺が今知りたいのはミシュエルの生育環境下とティアモの実態だ。
ミシュエルのやつれていて生気のない顔を見たら、普通の頭なら虐待を疑いたくなるものだろう。
俺は心底で不幸そうな顔をされるのはイヤだから追い出してしまったが、普通なら何があったのかを訊くのが正しかった………俺の悪い癖だ、思い通りに事が運ばないとすぐに苛立ちを覚えてしまうその悪癖。
散々罵倒を浴びせてしまったが、手首にあったアザを見るにもしあの時ミシュエルが俺の前で霰もない姿となれば、それこそ俺ですら目を覆いたくなるような現実がそこにはあっただろう。
今、パンドラにそれを調べてもらっている。
さて、話を戻すとしようか。
俺は「夜明けの女」の構成員を調べた。
すると出てきたのは20人の名簿とその一番上に書かれた名前が「ティアモ・ガリウス」となっている事だった。
詳細には記されていないものの、恐らくこの組織は根を張るように各地に触手を伸ばしているのではないか_____
嫌な予感がする、だが杞憂に終わればいいのだが………念のため、パンドラに追加で調査してほしい物を依頼をしに俺は鳩を暗号付きの手紙と共にオーヴァスト家の元へと飛ばした。
ミシュエルはぬかるんでいる森の中を、ランタンを持って慎重に歩いていた。
前日の雨でまだ、泥のように湿って滑っている土を、ズブズブとミシュエルは歩いてゴブリン達の元へと進んでいく。
その最中、アナトから言われていた事を思い出した。
〈いいか、ミシュエル。お前がする事はゴブリンを見つけたら一目散に俺のところに逃げろ。あとは俺がなんとかする。〉
〈分かりました………ですがアナトさん、もし囲まれてしまったら………〉
〈ヤバいと本気で思ったら笛を吹け。貝で出来てるから音は保証する。その笛を元に駆けつけるから………それまでなんとか凌いでくれ。〉
そう言ってアナトはナイフをミシュエルに手渡す。
“あくまでも”護身用のものだ、と言いながら。
ミシュエルは無茶な要求だな、と思いつつも何も言わずにアナトの指示通りに行動する事にしたのである。
そんな事を思い返しながら進んでいき、回想を終えてこんな事をミシュエルは思っていた。
(………私は何処から来て、何者かも分からない………ただミシュエルという名があるだけ………だからでしょうか、分からないですが………最初は怖気がするほど怖かったのに今では不思議なくらい落ち着いている………この森の環境に慣れたせいでしょうか………ううん、今は任に集中しなくては………)
スッと落ち着いて肩の力を抜くと、ボシャッ、というぬかるんで深くなった土を踏み締める足音が聞こえた。
(………?? この音は………?? まさかとは思いますが………っと、アレがゴブリン………でしょうか? 随分と小柄な………)
木の陰に隠れ、観察していると、思わず声を上げてしまうような、他のゴブリンよりも二回り以上もデカいゴブリンが。
それがクビリャクだった。
(………!? 何、あの大きさ………!! 早くここを離れてアナトさんに知らせねば………!!)
ミシュエルは逃げようとしたが、ぬかるみが想像以上に泥で足を取られてしまい、転んでしまった。
その音を案の定聴かれてしまった。
「クビリャクさん、何やら俺ら以外にもいるようですぜ?」
「すぐに追え。貴様らならルートくらいは分かっている筈だ、男なら殺し、女なら容赦なく攫え。いいな?」
「おうよ!!」
ゴブリン達はクビリャクの指示でミシュエルの影を追う事になった。
(しまった………!! まずい、追手が………!! でも形は違うけど想定通り、あとはアナトさんのところまで引き付けるだけ!!)
ミシュエルは焦る事なく直ぐに起き上がってアナトの待つ地点まで野兎の如く逃げる事になるのであった。
しつこいくらいに追ってくるゴブリンの軍勢、ミシュエルは彼等に背を向けながらも木に垂れている蔦を行き渡るように利用してスイスイと逃げていく。
ミシュエル自身は運動はそれほど得意ではないが頭の回転が速い方だ。
記憶が欠如している事で脳の容量がスカスカになっているのも手伝ってか情報を吸収する力が凄まじかった。
しかしそれでも約15分でついに囲まれてしまった。
辺りを見渡しても薄暗くて分かりにくいがゴブリンが所狭しと、蟻の1匹も通さぬくらいの軍勢が円状に固まっていた。
やるしかない、ミシュエルは覚悟を決め、ナイフを取り出した。
ただそれでも冷静且つ忠実に言いつけを守るように、貝で出来た笛を取り出し、それを吹くと甲高い鳥が鳴いたような音が森一帯に広がっていった。
「なるほど………仲間がいたか、小娘………だがここまでよ。オイ、貴様ら。“ゴブリン首領“たるクビリャクが命ずる。その女を捕らえて犯してしまえ。死なぬように痛めつけてからな。」
クビリャクが手下どもに命ずると、彼らは即座に呼応してミシュエルに襲いかかった。
ミシュエルは迫り来るゴブリンの攻撃を躱しながらアナトの助けを待った。
必ず助けに来る、それだけを信じて今は耐え忍ぶ事をミシュエルはやれる限りの事をするつもりでいた。
一方アナトは、笛の音を聞きつけて急いで音の主へ向かって走り出していた。
間に合え、間に合え______焦燥感と心配に駆られながらもぬかるんだ道悪もものともせずにミシュエル救援に向かうのであった。
次回はアナトVSクビリャクを中心にお届け。