夏野菜
お盆ということもあり、ボクは生まれ故郷へ里帰りしていた。山間の田舎町は、都会と違って涼やかな風が吹いている。縁側でゴロリと寝転がっていれば、風鈴をチリンと鳴らした風が、古風な屋敷の中へと吹き抜けていった。
のんびりとした時間の中、ボクはふと、庭の先に広がる野菜畑を見やった。もう七十にもなる父が、ギラギラ光る太陽の下、夏野菜を収穫している。
「父さん、もう少し日差しが弱まるまで待ったら?」
呼びかけると汗を拭って、「今が収穫時だぁ」と、間延びした声が返ってきた。
そういうものなのだろうか。小さなころから野菜と一緒に育ったボクだが、農家を継がずに都会へ出て、レストランで料理人をやっている。だからいまいち、収穫時というのがわからない。
「おめぇも見てみりゃわかる。ほれ、どうだこのミニトマトは。小さいのに実がぎっしり詰まってるだろう。採るなら今しかねぇ。ナスもパプリカもそうだ。今採ってくれって、輝いてらぁ」
「だけど、すごい汗だよ? いい加減歳なんだから、無理は禁物だってば」
「なに言うか。俺ぁまだまだ現役よ! こーんなみずみずしい野菜、毎日食ってんだからなぁ!」
自慢するように、採ったばかりのナスに噛り付いていた。「うめぇ!」と楽しげだが、調理もせずに食べるということに、料理人としてのプライドが疼いた。
「じゃあ、その収穫時な野菜を少し分けてよ」
「ん? なんだ、俺は都会のレストランだかに出てくる、お行儀のいい料理は食わねぇぞ?」
「知ってるよ。でも父さん、日本酒好きでしょ?」
「そりゃ、日本酒は好きだけどなぁ。野菜と一緒には飲まねぇなぁ。やっぱし夏野菜にゃ、キンキンのビールよ!」
その固定概念を覆してみせよう。ボクは縁側から立ち上がっていくらか野菜を貰うと、台所へ持っていく。
材料は、父さんが収穫時だと言って手に取ったミニトマトとナスとパプリカだ。一工夫加えようと、冷蔵庫にあったベーコンとパセリも並べる。あとは、どんな家庭にもあるオリーブオイルとニンニクだ。
「よし、これだけあれば大丈夫かな」
ナスとパプリカは乱切りに。にんにくはみじん切りに。ベーコンは今回主役ではないので、適当に食べやすい大きさに切る。弱火にかけたフライパンにオリーブオイルとニンニクを入れ、香りが立てばベーコンも入れる。油が回れば、野菜を全部入れた。
「ちょっと味が薄いかな……」
いつもの仕事場なら、こういう時に使う調味料はたくさんあるが、ここは田舎の実家だ。なにより父の考えを改めるため、味を整えるのはシンプルに塩だけにした。
「お皿は……やっぱりこれかな」
父が夜、酒のつまみを乗せる平たいお皿に盛りつける。最後にパセリを散らせば完成だ。
「ラップして、日本酒と一緒に冷やしておこう」
のんびりとしていて、少し退屈だった里帰りだったが、今日は夜が楽しみだ。
「風呂、上がったぞぉ」
収穫でかいた汗を流した父が、居間へとやってきた。すっかり白髪の父だが、体つきは農作業のおかげか屈強だ。ちゃぶ台の前にドスっと座ってうちわで扇ぐ父は、「ビールはねぇかぁ?」と、台所の母へ投げかけた。
事前に話を通しておいた母は、ボクを見て頷くと、先ほど盛り付けた皿と日本酒を運んできた。
「お? なんだぁ? やけにいい匂いだな。母さんが作ったのか?」
「父さん、プロの料理人が目の前にいるんだから、それはないでしょ」
「え? お前が作ったのか? にしちゃ、余計な物がねぇな……俺の育てた野菜ばっかりだ」
「でしょ? ほら、一献」
「へぇ、野菜を肴に日本酒かぁ。今までやったことねぇなぁ。合うのかぁ?」
そう言いつつ、父の目はボクの料理に釘付けだ。冷やした日本酒を注いであげると、箸で豪快に摘まんだ。
口へ運び、いくらか嚙めば、「んっ!」と、声が出た。
「野菜だってのに、ずいぶん塩気がきいてんなぁ! どれ、酒も一口……はっはぁ! これはあれかぁ! キレってやつがきいてんのか?」
「サッパリしてるって言うんだよ。で、どうかな。これでも都会の料理は食べないなんて言える?」
訊きながらも、父の箸は止まらなかった。すっかり夢中で、ボクは少し呆れながらもう一献注いだ。
「昔っから野菜といやぁ生で食ってばっかだったが、こういうのも悪くねぇ! うめぇぞ!」
「はいはい」
どうやら、美味しい料理に都会も田舎もないようだ。そこらへんが凝り固まっていた父に「美味い」と言わせた。ボクの里帰りは、ちょっとした料理人としての成長にも繋がったようだ。
「明日は別の野菜で作るからさ。また食べてよ」
ほろ酔い気味の父が満面の笑みで頷いたのは、どんな誉め言葉よりも嬉しかった。