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16: 冬の始まりと誰もいない部屋



収穫祭が終わると、ルスフェイトも一気に冬の気配がしてくる。

朝晩の気温が下がるようになり、街角には気の早い冬の祝祭の商品が並んでいた。


リーフェットは、その日もタルトを焼いていた。

今日は市場でとっておきの苺が手に入ったので、かなりの自信作だ。

アンは嬉しそうに周囲をうろうろしていて、そんな姿にくすりと笑う。



(アンは、魔術省から半月のお休みをもぎ取ったらしい)



実績作りは完了したので、ここで漸くの休暇という訳である。


その間に二人で何をしていたかと言えば、王都のあちこちに出掛けていっては、これからの季節に必要な物を買ったり、傘や長靴のような買い忘れていた品物を揃えたりした。

中でもアンが大奮発したのは刺繍糸で、妖精の刺繍糸や竜の紡ぎ糸など、高価なものを大量に買い込んでしまい、リーフェットを愕然とさせた。



そんな休暇の、最後の日が今日になる。



「うん。このエプロンも可愛いね。仕立てもいいし、上品だけれどフリルやリボンが君に似合う」

「でも、まさかの十年後までの大きさで買い揃える必要はないと思います……………」

「あの工房が、いつまでもこの国にあるとは限らないだろう?」

「うう、王様め………」

「はは、面白い顔になっているぞ」

「がるる!!」



幸せな日常というのは、このようなものだろうか。


厨房には、リーフェット用の踏み台があって、焼き立てのタルトの甘い香りがしている。

ちびころ祭祀の為に、アンは一緒に果物を洗ってくれたりもした。

なお、切るところからはリーフェットがやらなければいけないので、なかなかの大仕事である。

でも、アンがいつも美味しそうに食べてくれるので、楽しくて堪らない。



(私は、誰かの為に何かを作ったことがなかった)



リーフェットにとって、他者はいつも他者でしかなかった。


それが、こうしてアンと暮らし初めて、自分に紐付く誰かの為に何かをする喜びを得たのだ。

朝起きておはようと言って、当たり前のようにおやすみと言う。

そんな日々がこんなにも温かいだなんて、誰も教えてくれなかった。



(……………しあわせ) 



嬉しくて嬉しくて、最近のリーフェットはいつもにこにこしてしまう。

そうするとなぜか、王都では、刺繍の魔女に出会うと幸せになれるという噂が出回り始めた。

実際にリーフェットが何かをした訳でもないのに、もはや幸運の印扱いである。



(でも、それも初めて。お店の人が声をかけてくれたり、騎士団の人達が荷物を持ってくれたり)



そう言えば、騎士団では一つだけ大きな事件があった。


第三席のドーレンが、内側を悪い竜に浸食されていたらしく、本人が数年前に亡くなっていたことが判明したのだ。


レイヴィアとジリアムが発見者だったようだが、そんな兆候は少しも感じられなかったリーフェットは、優しい人だったのになと少し落ち込んでしまった。

残された家族の話などを聞けば、あのままでも良かったのではないかと考えてしまうが、ドーレンのふりをしていた竜は既に悪変していたらしい。


今は良くても、いつかその障りがドーレン本人が大切にしていた人達を傷付けたかもしれないと聞けば、そのような悲劇が起こる前で良かったのだろう。


彼が育った領地での調べによれば、ドーレンのふりをしていた竜は、ドーレンが学生の頃に森で知り合いになった麦穂の竜ではないかという事だった。

収穫祭の主人が失われた後のことなので、系譜の王を失いドーレンのふりをする力を失ったのだろうか。



(そう言えばずっと不在にしていた二席の騎士さんも、ドーレンさんの正体に気付きかけて、謹慎に追い込まれていたと判明したんだった。ここ数日は、騎士団も少し賑やかだったかな…………)



二席の騎士はちょっといい加減な御仁らしいが、ドーレンという騎士の違和感に気付いていたのだそうだ。

だが、それを察したドーレンが、彼を問題行動に誘う形で謹慎に追い込んでいたらしい。

実際にその人物が暴れ兎を捕まえる為に商館を一つ壊したのは事実なので、当の本人も正当な謹慎だと思っていたようだ。



(……………暴れ兎って、何だろう)



そんな謎が残るが、またどこかで出会えるだろうか。

討伐対象だと聞いているので、あまり可愛くはないのかもしれない。

むぐむぐとタルトを頬張りながらそんな事を考えていると、隣の席に座っていたアンが、ふわりと頭を撫でる。



「……………ちびころ扱いをしましたね」

「僕のリーフェットは、世界一可愛いからね」

「最近、それで誤魔化せると思っていませんか?」

「……………んー、……………そ、そんな事はないと思うよ」

「がるる!」



気付けば、窓の外は霧雨になっている。

この季節の海に雨が降ると、けぶるような水灰色になって何だか素敵なのだ。

リーフェットは、そんな海辺の景色を窓から眺め、振り返った反対側の窓からは森と湖が見える贅沢さに唇の端を持ち上げた。



(今日は、買ってきたキルトを広げて、新しいノートはアンと半分こして………)


何でもないことを沢山しよう。

もうすぐアンの休暇も終わりなので、今の内に出来るだけ。


なんて幸せな日々だろう。




「……………もうすぐ、冬の祝祭だね。ずっと昔は、仲のいい祝祭だったんだ」


ふと、アンがそんな話を始めたので、リーフェットはおやっと眉を持ち上げた。

アンはその頃の話はあまりしてくれなかったので、いつか詳しく聞きたいなと思っていたのだ。


「アンが、人間の手助けをしてしまった時に、仲違いしてしまったのですか?」

「………僕は、昔から人間が大好きでね。仲良くなった者達を助けて国を作る手伝いがしたいと言ったら、他の祝祭の主人達は僕が狂ったと思ったらしい」

「夏至祭は、………もう随分と長い間、禁止されていましたものね」



夏至祭生まれのリーフェットが、祖国でも生家でもあまり大事にされなかったのには、そんな背景もある。


土地の風習に根付いた小さな儀式などはあったし、庭の花を摘んで枕の下に入れておくと将来の伴侶の夢を見られるというような言い伝えもあったが、リーフェットが生まれてくるずっと前に、あの大陸では、大々的に夏至祭を執り行う事は禁止されてしまっていた。



「うん。夏至祭が禁止されたのも、そんな理由からだね。祝祭の主人は、その祝祭を正しく祀り上げるものがいなければ、忘れられて朽ち果てる。夏至祭を禁じれば僕が死ぬと思ったのだろう」

「……………そんな」

「はは、でもあの通り僕は元気だったよ。結果として祝祭を封じられたけれど、その切っ掛けとなってしまった仲間達が僕を大事にしてくれたからね」

「わ、私だってアンを大事にしますよ!」

「うん。これからは毎日、君がタルトを作ってくれるのだろう?」

「毎日作ることになってる?!」



いつの間に毎日になったのだと瞠目すると、冗談だったのかアンが小さく笑った。


「タルトがない日は、抱き締めさせてくれればいいさ。きっと、何回も抱き締めている内に僕を好きになってくれるだろう」

「そちらはそちらで、変な理由がついています………」



ここでふと、奇妙な沈黙が落ちた。

リーフェットが顔を上げると、アンはなぜか、自分の手をじっと見ている。



「ずっと、こんな風に君と暮らしていたいなぁ」



(……………あ)



その一言で、何かを察してしまう事がある。


アンが口にしたのは、まさにそのような一言だった。

未来などない人の、言い方だった。


急に部屋が肌寒く感じられて、リーフェットは隣に座っているアンをこっそり盗み見る。

爪先の浮いてしまう子供椅子に座っていなければ、がたんと椅子を跳ね除けて立ち上がっていたかもしれなかった。



「アンは、……………ずっとここにいるのですよ。私に求婚したので、勝手にどこかに行ったら浮気です」

「それは大変だ。……………うん。大事にするよ、リーフェット。君は僕のたった一人だ。これからは、ずっと僕が君を守ってゆこう。………そう示す為に、求婚したんだ。君だけが、ぼくをそこまで誑かせたんだよって皆にも分かるようにね。君が、夏至祭の特別な女の子だってことが、ずっとここに残るように」

「……………アンが、ずっと、ここにいるのですよ?」



何気なく言おうとしたのに、声がひっくり返ってしまった。


じわりと滲む涙に視界が曇り、不安に喉が焼けるようだ。

息が苦しくなって、リーフェットは慌ててアンの手を掴む。



(……………冷たい)


それは、悲しいくらいに冷たい手だった。

たった今、リーフェットの特製の苺のタルトを食べたばかりなのに。



「リーフェット、話をしようか」

「し、……………しませむ。……………えぐ」

「泣かないで、リーフェット。……………ごめん」

「あ、謝っても許しません。ずっと、……………ずっとです」

「うん。……………僕自身としては、ずっとがいいんだけれどね」

「い、いやです!」



思わず、リーフェットは、悲鳴のような声を上げてしまった。


初めての事に、アンがはっと目を瞠り、くしゃりと泣き笑いのような顔をする。



「リーフェット。……………最後に一つだけ、僕に課題を出してくれるかい?」

「……………か、……………かだい?」

「うん。時には弟子からの課題があってもいいだろう。……………だから、もう一度だけ僕に願いをかけて。あの日、処刑台で君が願った言葉はあまりにもひたむきで、僕を容易く誑かしてしまった。………だからさ、またあんな風に僕に願いをかけてくれるかい?」

「ね、ねがい……………」

「うん。それでももし叶わなかったら、僕を罵るといい。そして、………いつか君に他に大切なものが出来たのなら、その時は僕を忘れるといい。本来、祝祭というものはそうして幕を引き終わってゆくものだからね」



(……………この人は)



なんて残酷な事を言うのだろう。


こんな風に言われたら、その言葉の重さでどこにも行けなくなってしまうではないか。




「タルトでも、駄目だったのですか………?」



ぼろぼろと零れる涙を、優しく拭ってくれる指先はいつものアンだった。


しゃくり上げ、体を震わせて泣きながら、リーフェットは先程まで最高の自信作だと思っていた苺のタルトがもし残っていたら、どこかに放り投げて粉々にしてしまいたいと思った。


でも、一欠片も残っていないのだ。

アンが全部食べてしまった。



「そ、それとも刺繍が………」

「はは、違うよ。あれはちょっと受け取りを辞退するけれど、そのせいでもない。……………ただ、ローベアにいた頃ですら祭祀があれだけ必要だった僕が、本来の僕を育んだ祝祭のない土地に渡るのは、少しばかり無謀だった」

「……………私のせい」



呆然と呟いたリーフェットに、アンが首を横に振る。

そっと身を屈めて、おでこに口付けを一つ落としてくれた。



「僕が、君に恋をしたからだ。……………僕が目を離してしまっていたせいでひとりぼっちになった君が、あの国から連れて来られた時はとても悲しそうだった。だから僕は、君がもう二度とあんな風に悲しまないでいられるように、これ迄に得られなかった色々なものを君に手にして欲しいと思ってしまったんだ。……………なんて我が儘だと思うだろう?」

「きゅ、休暇だと言いました!」

「うん。………もう随分と長いこと休んでいなかったから、最後に僕の願いと君の願いを叶えて、我が儘に過ごしてみたかったんだ」

「……………あなたは、優し過ぎると思います」

「そうかな。とても身勝手だし好きに生きているさ」



アンはそう言うけれど、その愛には、どこかに憐憫や慈しみがある筈だ。


リーフェットが感じるような、こんな時なのに目の前で穏やかに微笑んでいるアンを掴んで振り回して投げてしまいたいような、どうしようもない思いは抱いていないと思うのだ。



それなのに、こんな風に全てを差し出してしまうのはとてもずるい。

悲しくて悲しくて、どうすればいいのか分からない。



「もうちょっとだけ、待って下さい。私は、絶対にあなたを誑かしてみせます」

「……………え。もう充分じゃないかな」

「アンが、私がいなきゃ嫌だと泣いて暴れるくらいに、私のタルトがなければどうしようもないくらいに完全に誑かしてみせます!!」

「ま、待とうか!!君がそちらの方向に全力疾走すると、僕がとんでもない目に遭う未来しか見えない!!」

「まずは、ここからどこにも行けないように、タルトに中毒性を………?」

「あああ、やっぱりだ!!そっちじゃなくて、せめて愛情で縛ってくれないか?!」

「そちらはやはり、……人付き合い歴の浅い私だと力不足だと思います………」

「……………そうか。では僕が、愛情の面で君を誑かせばいいのか。危険な魔術で僕を籠絡してなくてもいいんだと、しっかり理解させればいいんだな………」

「……ま、負けませんからね!!屈服させてみせます!」

「おかしいなぁ。思っていたのと何か違う。………でもいいか、幸せだから。…………ねぇ、リーフェット、僕に願い事をしてくれるかい?」

「えぐ。………ね、願い事………」



うんと言って、アンが優しく微笑む。


震えるほどに美しいその人を見上げ、リーフェットはそれでも何かを言わなければと思った。

もう、沢山強くなった筈なのだ。

だからきっと、こんな風に最後に何かを繋ごうとしてくれているアンの為に、リーフェットにも出来ることがあるのだろう。



(きっと、私が頑張れば、アンだって……………)



「……………私は、刺繍の魔女ですから」

「うん。刺繍魔術は、願い事を叶える魔術だったね」

「そして、タルトには中毒性をつけます」

「え、やめて」

「来年のお誕生日は、絶対に一緒にお祝いしまふ………えぐ」

「……………リーフェット、抱き締めてもいいかい?今日はずっと、君を抱き締めていようか」

「ず、……………ずっとがいいです。明日も、明後日も」

「そうだね。僕もずっとこうしていたいな。折角求婚したんだから、それを君に残す祝福代わりに使うだけではなくて、僕だって可愛いお嫁さんと過ごしたい」

「それなら、あと十年は我慢して下さい。それまでに、たっぷりタルトを食べさせます」

「さては、中毒性のあるやつだな?」



アンがそう笑ったので、リーフェットは少しだけほっとした。


もう少し猶予があるのなら、もう一度タルトを焼いてもいいし、今の内に未完成だったあの刺繍を完成させてしまえばいい。


アンに抱き上げられてその腕に収まり、暫く、取り留めのない話をしながら雨音を聞いていた。

アンの体はとても冷たかったけれど、離れたくなかった。



「そう言えば、君に手紙を書いたんだ。……………そういうものがあった方が、人間はいいのだろう?」

「アンがいれば、必要ないので……………ふ」

「うん。……………でも、読んでくれると嬉しい。この屋敷も、ここにある様々な物も、全部君のものだ。レイヴィアやジスファー公爵とは話をしてあるよ。レイヴィアが、何だったらこの屋敷で一緒に住むと言っているけれど、その場合は節度のある付き合いを要求するようにね。…………妖精は油断ならない」

「アン。……………私は、アンがいい」

「……………うん。僕も、……………君にはずっと僕がいい」





その直後、すとんと椅子にお尻が落ちて、リーフェットは目を瞬いた。




「……………ほぇ」



震えるほどの怖さの中で、ゆっくりと振り返る。

リーフェットは一人で大人用の椅子に座っていて、そこには誰もいなかった。

つい先程までアンが座っていた場所はもぬけの殻で、アンだけがどこにもいない。


テーブルの上には二人分のカップがあって、タルトを食べたお皿もそのままだ。



でも、アンの姿がない。



「こ、……………こんな」


こんなのはあんまりだ。

あんまりにも、残酷過ぎるではないか。



「………ずるい。何でみんなは色々なものを沢山持っているのに、……………ど、……………どうして、私のたった一つを取っていくの?!」



やっと大好きな人が出来て、やっとこの手を取ってくれる人が出来て、あんな思いをして嵐を退けて、沢山のタルトを焼いてこれからだと思ったのに。



(あの嵐の後だって、もう、怖いことなんて一つも起こらないって言ったのに………!!)



「あ、……………」


ふと、先程までアンが手を置いていた場所に、白い封筒があることに気付いた。

リーフェットは、そろりと手を伸ばし、その封筒を取り上げる。

ずしりと重い封筒には、確かに沢山の便箋が折り畳まれて入っているようだ。


そして、本来なら宛名を書くべき封筒の表面には、アンからの短い伝言が、呪文のように残されていた。




“大丈夫だよ、リーフェット。僕が、ずっとずっと君を大好きでいよう。だから、君は安心して新しい場所で幸せになりなさい”



その言葉を読んだ瞬間に、リーフェットはうぁっと獣の呻き声のような声を上げて蹲ってしまった。


あぐっと声を上げ、込み上げてきた悲鳴を吐き出しきれず、吐き気を堪えて小さな嗚咽を繰り返す。

けれども、一度大きな泣き声を上げたら、声を押さえられないまま慟哭した。


屋敷の中を探そうとしてそのまま椅子から転がり落ちたが、リーフェットが物凄い音を立てて床に転がっても、アンは戻ってこない。


それが悲しくて怖くて、リーフェットはまた泣いた。




ああ、この王様の目論見通りだ。



リーフェットを逃して、リーフェットを生かす為に自分の命を削って、魔術を教えながらレイヴィアや騎士達との関わりを維持させておき、クレア公爵やジスファー公爵の後援までも裏で確約を取っていた。




アンは、ずっとずっと、自分がいなくなると分かっていたのだ。




「……………あ、嵐を私に収めさせて、この国での私の立場を、盤石なものにした」



あれほどの規模の嵐は、そうそうに来ない。

リーフェットが鎮めてみせたたった一度が人々の記憶に根を下ろし、リーフェットを善きものとしてこの国で育んでくれるだろう。


落ちこぼれで何も出来ないまま自分を自分で処刑台送りにした針の魔女を連れ出し、暮らしていく家やぴかぴかの魔術道具や、たいそうな肩書に優しい保護者までを用意して、リーフェットがそこに収まるまでを見届けていなくなった。



これは、そういうことなのだろう。




「願い事をかけろと言って、私が責任を感じないように、全部自分で持っていった………!!」





いなくなった。



ああ、どうしよう。

アンがもういない。



どこにもいなくなった。



リーフェットを傷付けることなんてしないと言ったのに、一番酷い嘘を吐いた。


どうしよう。

アンがいない。








冬がきた。





煌びやかな祝祭の街を一人で見上げ、アンと眺めたかった祝祭飾りが涙に滲む。

屋敷に帰れば、アンが何か準備をしておいたのか、屋敷のそこかしこに祝祭飾りがあった。

出かける時のリーフェットの隣にはレイヴィアがいたけれど、騎士達が笑わせてくれれば笑うけれど、リーフェットは必ず一人で自分の部屋で眠った。


リーフェットはアンに求婚されているのだから、他の誰かに添い寝して貰うなんてことはしないのだ。





春になった。



花壇が花でいっぱいになって、きらきらと光る海を眺める。


冬の間は淡い水色一色だった海の色に、淡い青緑色や複雑な海の色が重なり始めた。

なんて綺麗なのだろうと思えば、アンに見せてあげたくなる。

市場には新しい果物が売り始められていて、リーフェットはタルトを焼くために沢山買ってしまった。




夏が来て、秋になって、また冬がきた。



アンは、戻ってこなかった。

レイヴィアやジスファー公爵だけでなく、他にも沢山の大好きな人達が出来たけれど、リーフェットの胸は、破れたまま。





リーフェットが夏至祭の主人にかけた願い事は、叶わないままだった。



だから最近ふと、考えるのだ。


いつか完成させるこの刺繍が、大きな災いを呼んでも、リーフェットはこの選択を後悔はしないだろう。

もし、その刺繍を完成させることで、今度こそ本当に針の魔女になってしまうのだとしても、アンを取り戻せるのなら何だってするのに。




だって、アンがどこにもいないから。









明日で完結となります!

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― 新着の感想 ―
[一言] 今日が最終回だと思っていたのでリーフェットが可哀想すぎてあんまりだと泣きそうでしたが、『明日完結』の文字で涙が引っ込みました。 どうか、アンを取り戻せますように!
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