01 エピローグそしてプロローグ
よろしくお願いします!
ゆうしゃ『ああああ』 は まおう を たおした! ▼
そう表示された瞬間、俺は底知れぬ達成感と安堵に、深く息を吐いた。
仕組みは全く分からないが、その場の状況を記す黒いパネルは、今この時、俺が使命を果たした事を教えてくれる。
それは、人々を悪しき魔王から解放出来たという証明なのだ。これで、ヒト族が魔族に虐げられる事は無くなるだろう。ヒトは自由を手に入れるのだ!
長い戦いだった……。
削りきったはずのHPが、二度も全回復された時は焦ったが、神は慌てる事無く対処してみせたのだ。
神の意思に従い、魔王を倒せた。それが嬉しくて、俺は空を見上げる。
そこに神はいない。神はこの世界にはおらず、ずっと遠くの世界にいるので、当然と言えば当然だが。しかしいつも空から視線を感じるため、きっと視線を追った先から見えていると思った。見上げた理由はそれだけだ。
だが。
『え、これで終わり? 何だよこれつまんねーな。ハズレ引いたか……はぁ、ストレージの無駄だったか。もうやる意味無いし、アンインストール、っと』
天上から聞こえてきた神の声に、俺は自分の血気が引く音を聞いた。
アンインストール。
それは、この世界の終焉を意味する言葉。
それを、する?
神が??
「そ、そんな。これまでずっとやってきたのに、やっと魔王を倒せたのにっ」
俺は聖剣を取り落とす。
青ざめた顔で見上げても、そこにはどこまでも青空しか無い。
神の使徒として、俺は勇者となり、世界を巡った。
魔王を倒すため、決して短くはない時間を費やした。それは俺が勇者に選ばれ、神から『ああああ』という名を授かり、世界を脅かす魔王を倒す使命を与えられたからだ。
アイテムを、武具をかき集め、仲間を集めて魔王へと戦いを挑む。この世界の平和のために。
不満は無かった。
俺はそれに誇りを持っていたし、この世界で唯一名を持つ者として義務を果たそうと、世界の果てから世界の果てへ旅をしてきたのだ。愛着こそあれ、厭う事などありえない。
なのに。
俺はちゃんと、魔王を倒したのに。
これで、世界は平和になるはずなのに!
「神よ、何故……っ!」
神は、俺の言葉を聞いてくれない。
いつだって一方的な指示だけを送り付け、指示のまま動く俺を見て一喜一憂してはいたが、思えばいつだってその声は冷めていたように思う。
ああ、そうか。
俺は。
「俺達は、貴方にとって、そんなにも意味の無い存在だったのか」
唐突に悟った。
神にとって、ここは退屈以外の何物でもなかったのかもしれない、と。
俺以外の誰も、世界が真っ白な光になっていく事には驚かない。叫びもせず、悲観もせず、ひたすらいつも通りに、無表情に。
与えられた使命のまま、決まった動きしかしない俺達に、愛想を尽かしてもおかしくはなかったのだと。今更ながらに自覚した。
視界が白で埋まる。
意識が白に溶けて──
「ふぎゃあ、あぅー!」
── そして、生まれたのが五年前。
自分が消滅したと認識してから、再び目を開けられた事にまず驚いた。
更に、やけに耳元でふぎゃふぎと泣く子供がいるなと思えば、なんと自分の声だった事に更に驚いた。
加えて、聞き慣れない言葉が頭上から降ってきて理解が出来ない!
……俺のいた世界は、アンインストールで消滅した。だからこの世界の言語と、俺の知る言語が違うのは当然と言える。
言葉が分からないだけで、こうもイライラさせられるとは!
なので必死に覚えたのだ。今では難しくなければ何とか理解できるぞ! おそらく普通の五歳くらいには覚えられているはず!
さて、そんな俺だが、さすがに前世と名前が違う。
「── 陛下、これは我が息子のアルモンティークスにございます」
アルモンティークス。
これが、今世の俺の名だ。
これまで屋内で育てられてきた俺は、五歳の誕生日の数日後に外へ連れ出された。
というのもここテリステラス魔帝国では、五歳になった者は季節毎に、宮廷にいらっしゃるという皇帝陛下へ謁見するのが習わしなのである。
これは貴族にしか認められていないらしいので、今世の俺は貴族のようだ。
どうりで実家が広すぎるわけである。歩いても歩いても探索が終わらなかったし、これで納得した!
「アウガスト男爵の子、アルモンティークスよ」
「はい!」
「うむ、元気でよろしい。ちこうよれ」
事前に父上から聞かされたとおりの手順を踏む。子供でも分かりやすいよう、名を呼ばれたら返事をする、陛下の言葉を待って近寄る。これだけを説明されていたのだ。
謁見の間は、とてつもなく広かった。大理石の床に、金細工の壁装飾。天井には隙間なく絵が描かれ、大きく豪奢なシャンデリアが吊られている。入口の扉も訳が分からないほど大きく重厚で、これまた細かい装飾や彫刻が施されていた。
春の洗礼式だからか、室内には明るい色合いの花が飾られ、カーペットは薄い緑色をしている。国旗は赤色であるため、カーペットとは合っていないのだ。今日のために設えたものだな。
周囲には貴族と思われる者達が大勢佇み、五歳の子供達をジロジロと舐めるように見つめていた。
一目見て高級と分かる柔らかなカーペットを、新品のこれまた上等な靴で踏みしめる。それから、玉座に座る陛下の前まで歩いた。分かりやすくカーペットに魔法陣が刻まれているので、そこで止まるのだ。
アルファベットではなく親の階級順で呼ばれるため、俺の順番は全体の真ん中辺りだ。男爵の階級は下の方だが、下になればなるほど数が多くなるからな。
だから、俺の順番が来るまでに何が起こるのか見ていたのだが……分かっていても緊張するものだな。
跳ねる心臓から目をそらし、何とか陛下にお辞儀して見上げる。
黒と黄金の精緻な細工が施された、無駄を省いたデザインの王冠を頂く陛下。目下の、それもまだ階級が決まっていない子供がメインの行事でも、彼は白くたっぷりとした髭を整え、青を基調とした豪奢で畏まった衣装を身に付けている。
「汝、名を告げよ」
「アルモンティークス・アシュレイ・アウガスト」
「アルモンティークス・アシュレイ・アウガスト。我が国の新たな子に祝福を」
皇帝陛下が、俺の名を復唱すると同時。
足元の魔法陣がカーペットと同じ薄い緑色の光を発した。
洗礼の儀、と呼ばれるこれは、五歳となった貴族への精霊からの祝福なのだそうだ。
親が貴族であればこれを受けられ、祝福を与えられた者には特別な武具が与えられる。その他にも色々と特典があるそうなのだが、子供には難しいからと聞かされていない。
教えられたのは、これから貴族として生きるのに必要な儀式なのだそうだ。
「おお、光が強いぞ!」
「さすがアウガスト家の子……」
おっと、外野が何か言ってるな。
うちは有名なのか? 生まれてから一度も外に出ていないから、アウガスト家はおろか他の家の事も何も知らないんだが。
それにさっきから魔力が僅かに、継続して魔法陣へと吸われているんだが?? 微量すぎて意識しなければ気付けない程度なので、問題無いと言えば無いけれども。
時間にしてきっかり十秒。
少しずつ強さを増していった光は、やがて俺の真上で球状に収束し、ゆっくりと俺の目の前まで降りてきた。
「アウガスト家の子、アルモンティークス。それが精霊から贈られた、そなたのための、そなただけの武器である」
「俺だけの……」
唾を飲み込み、俺は光へと手を伸ばした。
すると、手に何かが当たった感触があり、俺はそれに触れる。
途端、硝子が砕けるような音とエフェクトが弾け、目の前が白と黒の光でいっぱいになった。
……ここまでの子供達に、ここまで派手な演出は無かったんだが。
疑問に思いつつ、咄嗟に閉じていた瞼から光が消えた事を確認してから、そっ、と目を開ける。
そこには──
「……剣が、二振り?」
宙にふわふわと浮かぶ、二振り一対の剣。
デザインは全く同一のそれらは、しかし、片方が漆黒に銀の装飾であるのに対し、もう片方は純白に金の装飾という出で立ちをしていた。
所謂、双剣というやつなのだろう。
「ほう……凄まじい力を感じるな。さすが、アウガスト家の子と言うべきか。いずれその力を我が国のために振るう事を願っておるぞ」
「は、我が子への身に余る光栄、ありがたき幸せ。よりいっそうの教育に励みます」
俺が呆然としている横で、父上達は勝手に話を進めていく。非常に弾んだ声音が、俺の横を飛び交っていた。
周囲も剣の力とやらを感じ取っているのかざわめいており、俺の様子は二の次である。
俺はというと、ただひたすら呆然としていた。
母上譲りの青い瞳を未だふわふわと浮かぶ剣からそらせないまま、時間ばかりが過ぎていく。
ほんの数秒、止まってしまった思考を再び動かして、ようやく。俺の脳みそは、状況を理解し始めたらしい。
二振りの内の片方、純白に金の装飾が施されている剣をじっくりと観察して。
ああ、やっぱりそうだ!
(これ── 俺の聖剣じゃないか!!!)