3日常
これからできる限り、一日2本ペースで更新していきます。
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「トモさん、おはよう。どこにいるの?」
朝目が覚めると、悠奈は元彼そっくりの守護天使、トモさんの存在を一番に確認するのが日課になっていた。
すると、トモさんはいつもの深みのある優しい声で、
「おはよう悠奈、今日もかわいいね。大好きだよ」
と応えてくれる。あれだけ元彼の智弘に振られて、落ち込んでいたのに、いつしか悠奈の毎日は智弘そっくりの姿をした、トモさんでいっぱいになっていた。
「トモさん、今日は学校なんだけど、一緒に行ってくれる?」
洗面台で髪を梳かしながら、悠奈はいつも腰の左側にそっと添えられているトモさんの見えない手の感触に、うっとりしながら目を閉じる。するとトモさんは、悠奈の肩に顔を乗せて、微笑むらしい。らしいというのは、悠奈はトモさんの表情や動きを見ることができないので、見えないものがよく見える、小学六年生の妹の香奈に聞いて、教えてもらったからだ。
「お姉ちゃん、変態天使がお姉ちゃんの肩に顔を乗せて、微笑んでるよ。うわっ、朝から恥ずかしい奴!こんなキザな台詞言っちゃって」
香奈がトモさんの言動にいつも通り眉をしかめると、悠奈は洗面台の鏡から振り向いて、香奈の両肩を勢いよく掴んだ。
「何て?トモさん、今、何て言ったの?!」
あまりの勢いで詰め寄られて、香奈は「痛いよ!」と悠奈の手を払い除ける。
「もう、お姉ちゃん落ち着いて。あんな恥ずかしい台詞、朝から小学生の私に言わせる気?」
「えっ、どんな?教えてよ、香奈。お願い!お願いします!!」
どうしても諦めない悠奈に、香奈はため息をついた。
「ったく、どうしようもないよね。本当に。悠奈を愛してるよって、言ってるんだよ!もう!!」
「やだ…!」
悠奈は両手で頬を押さえると、耳まで真っ赤になって俯いた。そんな姉の姿を、香奈は冷ややかな目で見ている。
「もう、朝から何にやけてるの?早く準備しないと、またあいつが迎えに来るよ」
「分かってるよ」
悠奈はバツが悪そうに気を取り直すと、さっさと身仕度を整えて鞄を手にする。
「行って来ます」
と玄関を出ると、そこにはいつも通り、涼太と春菜が待っていた。
「おはよう、悠奈!」
「うーす」
二人が眠そうに挨拶をすると、悠奈も「おはよう」と笑顔で返す。
二人とも家が近所の幼なじみだ。
春菜は小学校からずっと仲良しの親友で、奇しくも同じ高校へ進学したので、十年間、毎朝一緒に登校しているし、涼太とはそこまで仲良しじゃないけれど、何故か高校に入ってから三人で登校するようになった、小学校からの腐れ縁だ。子どもの頃から野球ばかりしていて、年中日焼けで真っ黒で、スマートで繊細な雰囲気の元彼の智弘とは、真逆のタイプの男子だった。
「悠奈、最近遅えぞ。朝から何やってんだよ」
家の前で十分くらい待っていたらしく、涼太は腕時計を見ると、苛ついたように眉をしかめる。
「ごめん、ごめん。ちょっと洗面所が混んでてね」
本当はずっと一緒にいる、守護天使のトモさんの様子を妹に色々聞いていたのだけれど、そんなことはとても言えない。
「そうそう、寝癖も平気な涼太と違って、女の子の朝は忙しいんだよ。分かる?」
「全然、分かんねえ!」
春菜の言葉に涼太は屈託無く応えると、ぱっと顔を輝かせて、あっけらかんと笑う。こんな底無しに明るいところが、涼太の一番いいところだ。
「まあいいや。とにかく朝の時間は大事なんだから、早く行くぞ!」
「分かってるよ。ちょっと待ってよ」
三人は横一列に並ぶと、いつも通り高校へ向けて、ちょっと早足で歩き出した。
悠奈は歩きながら、トモさんの気配を探した。
トモさんは朝起きた時からずっとそうしているように、悠奈の腰に手を回して、ずっと優しく寄り添ってくれている。
トモさん、いつも一緒にいてくれるんだね。
心の中で話しかけると、あの心地よい声が、頭の中に聞こえてくる。
「当たり前だろ?俺は大切な悠奈をいつも守っているんだから。ずっと側にいるよ」
甘い言葉に思わず顔を赤らめた悠奈を、春菜が目ざとく見つけた。
「何、悠奈、朝から別れた元彼のことでも考えてんの?」
「ち、違うよ!」
我に返って必死で言い訳する悠奈に、春菜は可笑しそうに目を細めた。
「智弘君、凄いイケメンだったもんね。忘れられなくて、当然だよ。苦しい時はいつでも話し聞くから、遠慮無くこの親友に言うんだよ。いい?」
世話焼きの春菜らしい温かい言葉に、悠奈も微笑む。
「ありがとう」
そう言うと悠奈は再び、トモさんの気配を、探し始めた。
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