1.呪われた王子
ラステリオン王国第二王子ラステリオン・シエス・ベリルは、齢二十歳を迎える実に生真面目な性格の青年である。
幼少の頃より王族としての勉学や剣術の鍛錬に勤しみ、今では王宮に勤める近衛師団の副団長を任される程に宮殿の内外から厚い信頼を得ていた。
ところが、生まれた時から付き纏うある傍迷惑な醜聞が事あるごとに彼の人生に影を落としてきた。
それは生まれた日に遡り、王城で開かれた第二王子の誕生祝の席で国選占者が無責任に放った言葉に始まった。
『第二王子は魔女の呪いで十六歳の誕生日に塔から落ちて死ぬ』
本来なら最大級の祝辞が述べられるべき式典で発せられた恐ろしい予言に、場が凍り付いたのは言うまでもない。
当然国王夫妻は烈火のごとく激高し、占者をその場で断罪しようとしたのだが、占術の結果をありのまま伝えただけだと言われれば無下にもできない。
即刻宮廷魔導師を呼びつけて詳細に調べさせると、驚くことに確かに王子には〈死の呪い〉が掛けられているというのだ。
それも古代の失われた魔術が使われており、現代には解呪する方法が伝わっていないなどとのたまうものだから、衝撃のあまり王妃様は倒れるわ、国王陛下は魔導師に切りかかるわで、ベリル王子の生まれて初めての生誕祭は阿鼻叫喚の宴と化した。
かくして呪われた王子は周囲の人々の努力も虚しく何の打開策もないまま、あっという間に十六歳の誕生日である『運命の日』を迎えてしまう。
無論、十六年間の間、国王夫妻も、王太后も、宮廷魔導師も、国選占者も、近衛騎士も、乳母も、従者も、料理人も、厩番の少年に至るまで、王宮に集う皆が皆ありとあらゆる方法で王子の呪いが解けるように心から祈り奔走した。
結果、端的に言うと、王子はその日王城で最も高い塔の上から真っ逆さまに落下した。
……のだが、しかし、死ななかった。
片方の肩の関節を脱臼した位で大怪我さえしなかった。
この奇跡に王宮は歓喜した。十六回目の第二王子の生誕祭は、それまでと打って変わって、初めて本当の祝賀に相応しい宴となった。
きっと生まれ持った何某かの力で姑息な魔女の呪いを跳ね返したのだと、 誰もかれもが運命の日を生き抜いた幸運な王子を誉めそやした。
「人徳の為せる技だ!」
「文武両道の第二王子に幸あれ!」
「魔女の呪いなぞ糞くらえ!」
王宮があれほどまでに人々の喜びに包まれた日は後にも先にもなかったことだろう。
城下町にも多くの人々が繰り出し、歌い、笑い、王都中が明るい空気に満ちていた。
これでようやく不吉な呪いから解放されると、王子本人はもちろん国中の人間がそう思ったに違いない。
……のだが、しかし、王子はまたもや死に掛けた。
それも宴の熱気が冷めやらぬ翌々日に王宮内の庭の池で溺れかけたのだ。
嫌な気配を感じつつ、その時は「そんなこともあるでしょう、とにかく無事で良かった」と、そんな風に事件は流された。
……のだが、悪い予感というのは占者でなくとも当たるもので。
それからさらに一月後。
王宮で飼われていたオオヤマネコが、それまで誰一人にも威嚇すらしたことのない大人しい性格で知られていたのにもかかわらず、たまたま日課の散歩中に側を通りかかったベリル王子へ突如として猛然と襲い掛かるという事件が起きてしまう。
おやおや?
どうもこれはおかしいぞ?
誰が言ったか思ったか、つまりは皆が確信した。
「魔女の〈死の呪い〉は解けていない」
それからというもの、傍から見れば、よくもまあそこまでと、うっかり感心してしまいそうなほどに何度も何度も王子は不運な事故に見舞われ続けた。
冷静に客観的な視点で努めて見れば、高すぎる遭遇率の割りに全て大した被害のない事故で済んでいる辺り、かなりの幸運に恵まれていると言えなくもない。
……言えなくもないのだが、しかし、如何せん、死に掛け過ぎているし、不吉にも程がある。
十六歳の誕生日に国中からあれだけ狂喜乱舞して祝われた幸運の王子は、いつの間にやらすっかり呪われた王子として人々から遠巻きに恐れられるようになってしまっていた。
今では都中で『魔を喚ぶ呪われた王子』とか、『魔女の花婿』とか、密かに『魔王子』などと謂われのないあだ名まで付けられている始末だ。
「わが王子よ。ベリルよ。辛いことはないか? 護衛を増やそうか? 望みがあれば何でも遠慮せず言いなさい」
周囲の寒々しい視線や口さがない言葉にも動じず、父である国王は息子の姿を認めると、そんな風に毎回穏やかに声を掛けて来る。
その度にベリルの心が張り裂けそうに痛むことも知らずに。
ラステリオン王国第十二代国王ラステリオン・ノルバ・ジルコニスは古く格式高い王家を守ることを信条にしつつも、理解ある懐の深い賢明な王であり、父親だった。
対外的に見ても厄介者でしかない呪われた王子を王妃と共にそれはそれは深く慈しんだ。
そのせいで忠臣たちから苦言を呈されても、頑として息子に目を掛けることを止めなかった。
「国王陛下。お気持ちは分からないでもない。私にも息子がおります。ベリル王子殿下に一切の非がないことも十二分に承知しております。……ですが、殿下はこの国の第二王子であらせられる。かの忌まわしき呪いのせいで王太子であられるコランド第一王子殿下のお妃様をお迎えするのにどれほど骨身を削ったか、お忘れではありますまい」
宰相を筆頭に大臣たちから噛んで含めるように繰り返し提言される言葉に、ジルコニス王は毎度不愉快そうに耳を傾ける。
「だから何だ。跡継ぎは決まっている。王太子妃も迎えた。ベリルは第二王子として誰よりも努力し兄をも凌ぐ才覚を示し、我が国に貢献してきたではないか。息子の処遇に関してお前たちに口を出される謂れはない」
「……いいえ、ありますとも。その証拠に適齢期は当に過ぎているというのに、ベリル王子殿下には未だに縁談の一つも入りません。どの宴席でも第二王子殿下の話になると、娘を持つ親は即座に己が子をその背に隠そうとする。ご理解ください。皆、魔女の呪いが恐ろしくて堪らないのです。いつ自分や愛する者に降りかかるやもしれぬと恐れ慄いているのです」
「陛下。いくらベリル王子殿下が功績を積もうと、格式ある我が国に『呪われた王子』が存在すること自体が、外交においても、内政においても、大なり小なり悪影響を与えているのです」
「……どうしろというのだ」
口々に言い募る臣下たちに半ば諦めに近い口調で王が問いかけると、年老いた宰相がつと前へ出て、細い目を無理に見開いて強い口調で答えを返す。
「首を捧げる覚悟で申し上げますが、出来るだけ早くベリル王子殿下にはこの国を離れて頂きたい。王国から忌まわしき『魔女の呪い』を遠ざけねばなりますまい」
ガツン! と硬いものの強くぶつかり合う音が謁見室に響き渡る。王が手にした錫杖で磨かれた床を強く叩いたのだ。
「なにが『なりますまい』か! 呪いが他の者に伝染するものなら私も王妃もとっくに塔の上から身を投げておるわ! それほど簡単に捧げられる首があるなら、もっと他のことで有益に使わんか! 戯言に貴重な時間を割くでない!!」
こんなやりとりは四年ほど前から日常茶飯事だ。
時々こっそり柱の陰から話を盗み聞いていたベリルは大臣たちの言葉に傷付き、また別の意味で父である王の言葉に胸を痛めていた。
父上は負い目を感じているに違いない。
そのせいで正面から認めて貰えることすらない。
幼い頃、寝顔を見に来たのであろう王と王妃が「かわいそうに、どうしてこの子だけこんなことに……。」「すまない、すまない。」と涙を流している姿を夢うつつの中で何度も目にしてきた。
王宮内で王子に注がれる視線も、同情と恐れの入り混じったものばかりで、まだ何も理解していなかった頃は「なぜ自分はかわいそうなのか?こんなに幸せなのに?」といつも疑問を抱えていた。
後に、自分が呪われた王子であること、そしてどうやらその呪いを解く術はなく、十六歳の誕生日に命を落とす可能性が高いこと、さらにその事実が王宮全体に影を落としているのだということを知ったベリルは、周りの予想を跳ね除けて、絶望するのではなく逆に奮起した。
まるで腫れ物に触る様に扱われていたのは。
なぜ幸せな自分が殊更に「かわいそう」なのか。
それは全て『魔女の呪い』などという傍迷惑で不確か極まりないものが原因だったのだ。
そんなもののせいで人生を諦めてなるものか。
絶対に生き残ってやる!
優秀な兄王子であるコランドはいつだってたくさんの教師に囲まれて、王族として必要な教養や武術や行儀作法を早くから学んでいた。
一方で、ベリルはというと、兄と同じ年齢になっても本人が奮起するまでは、どのような教育も決して強制されることはなかった。
遊びたいなら遊びなさい。
休みたいなら休みなさい。
好きなだけ食べたいものを食べなさい。
それはもちろん十六年しか生きられないかもしれない王子を憐れんだ大人たちの行き過ぎた配慮だったのだが、呪われた事実を知った後では、その言葉の語尾に必ず「いつ死んでもいいように。」という台詞が聞こえてくるように思えて仕方がなかった。
一念発起したベリルは誰に強制されるでもなく、ありとあらゆる知識と武術を、自分の脳に、身体に、叩きこんでいった。
その学習意欲は王族の義務を軽く飛び越えていて、いずれ兄王子の補佐として必要となる能力以上のものを身に付けるに足る勢いだった。
呪いに打ち勝つために高度な知識と技術を必要とする魔術も勉強した。
残念ながら才能はあまり無かったようで、大した術は使えないし、自らに掛けられた呪いについて解き明かすことも出来なかった。
それでも、呪われた運命に屈せず立ち向かおうとする勇気、その勤勉さや実直な性格は、甘やかすばかりだった周囲の人間の心を動かした。
腕を磨くために無理に望んで入団した近衛師団で、若くして副団長の地位に就けたのは、紛れもなくベリル自身の努力と勝ち得てきた人望の成果だ。
もし、呪いなどというものがなかったら、兄弟で王位を競っていてもおかしくなかっただろう。
第二王子にはそれだけの才覚があった。
しかし、事実は変わらない。〈死の呪い〉は十六歳の誕生日を迎えた後でも王子に付き纏って離れなかった。
どれだけの功績を挙げようと、国王が第二王子に掛ける言葉は常に同じだ。
「無理をしなくていい。生きていてくれるだけでいいのだ」
別段王位が欲しいと思ったことはない。兄の補佐を務めることに何ら不満は感じていない。
ただ、兄が手柄を立てた時はその大小にかかわらず、自分の時と違って手放しで称賛される。
「よくやった。流石は私の息子だ」
このたった一言二言が得られず、胸のつかえは増すばかりで、いつからかベリルの顔から自然な笑みが消えていった。
兄王子には何度も危ないところを救われている。その上自分の呪いによる悪評のせいで、本来は引く手あまたのところを、王太子妃となる姫君を捜すことにさえ難儀させた。
誰に諭されるでもなくベリルには分かっていた。
自分には何の非もないこと。
生きる権利があること。
家族に愛されているということを。
それでも心の中には外には出せない涙が溜まっていった。
これだけの不幸を押し付けられて憤慨しない理由はない。
すべては呪いのせいだ。
理不尽に呪詛を唱えたどこぞの性悪な魔女が悪い。
そうとなれば、やるべきことは一つだろう。
月明かりに照らされた自室で魔力燈の柔らかな光を頼りに王国の地図を入念に確認する。
ベリルの決意に満ちた視線を一身に受け止める羊皮紙は、静かな炎を燃やす悲運の王子を、温度を持たぬ体で包み込むように見上げていた。
窓の外からは、翌日に迫った第二王子の生誕祭の準備を進める賑やかな喧噪が微かに聞こえてくる。
今年は節目の年だ。二十回目の誕生日。
運命の日から数えて四年間。死に掛けた回数などすでに数えきれない。
諸悪の根源たる魔女の捜索は二十年間の間幾度となく行われてきた。
しかし、遠い昔に魔女の排斥運動、いわゆる『魔女狩り』が行われた過去を持つラステリオン王国内では、当時の生き残りがいるという噂は残るものの、その所在を突き止めることは難航を極めた。
混乱を避けるために少人数精鋭で派遣されていた近衛師団の騎士たちは、結局今に至るまで一人の魔女も見つけられていない。
ただし、手がかりが何一つとしてないわけではない。
バツ印の多く付けられた王国領土の地図には、いくつかの場所に『確認不可』を示す丸とバツを組み合わせた記号が散見される。
その場所は王国建国よりも遥か以前から存在し、神が宿るとされる古の大気を含む場所で、古い森や山岳地帯などが該当していた。
神聖な場所として古来には神殿が建立されたという記録も残るが、魔物が住み着いていたり、神隠しが頻繁に起きたりと、どちらかというと畏怖の対象であり、今ではほとんどの場所が人の立ち入ってはならない禁域に指定されている。
そこに丸バツの印が付けられているのは、何も畏怖の念から捜索地域として外されたということを示しているのではない。
実のところ、魔女の捜索に入ったはいいが、様々な理由でその場所一帯を調査することが出来なったことを表している。
つまり魔女の存在の有無を確認できていない訳で、これだけ王国中を捜しても見つからないということ は、それらの場所に潜伏している可能性は極めて高い。
中でも一番怪しいと目されるのは、『死の魔女』が住み着いているという噂のある『深淵の森』と呼ばれる古く深い森だ。
もっとも、一番に捜索隊が派遣された場所の一つであり、結果幾度となく調査に失敗している場所でもある。
まず何より森の周囲が常時深い霧に包まれており、魔導師が魔術でどんなに払っても、あっという間に隣に立つ人間を何とか確認できる位の濃い霧が立ち込めて、決して晴らすことが出来ない。
さらに、どれだけしっかりと目印を立てても、方向感覚が狂いに狂って、必ず同じ場所を堂々巡りすることになる。それなら上空からならどうだと、気球を飛ばしたり、飛翔能力を持つ召喚獣に森の上を巡回させたりしても、深い森に阻まれて中の様子を伺い知ることは不可能だった。
それでも、何と言っても『死の魔女』がいるという噂を持つ地だ。
〈死の呪い〉を掛けた張本人としてこれだけ分かりやすい容疑者もいまい。
「魔女め! 待っていろ、必ず見つけ出して長年の罪の報いを受けさせてやる!」
ついつい熱くなって机の上の地図を勢いよく掌で叩くと、「痛っ。」という声と共にふわりと地図の記された羊皮紙が空中に浮かび上がり、次の瞬間には鬼の形相をした王子に頭から巻き付いた。
「やめろ! 悪かった、俺が悪かったから。放してくれ!」
紙に纏わりつかれてジタバタともがく青年は傍から見れば非常に奇妙な光景だった。
しばらくすると、満足したのか動く羊皮紙は憔悴した青年を解放し、再びふんわりと空中に浮かんでその場に留まった。
「王子。興奮しても暴力はいけない。気品ある王家の一員として、常にご自分を律する心構えをお持ちなさい」
落ち着いた壮年の男性の声で、動いてしゃべる〈魔法の地図〉は目の前で乱れた息を整えている王子に諭すように話し掛けた。
「……そもそも痛覚があるのか?」
息を落ち着けて脱力したように机の椅子に腰を落としたベリルは、胡乱な目を宙に浮かぶ不可思議な紙へと向けた。
「心が痛むのです。魔法で動いているものを粗雑に扱ってはなりません」
両端を巻いたり開いたりして動く魔法の地図は、王子の言葉を聞いて、さも不快そうに体を丸めた。
この摩訶不思議な羊皮紙は、本来王国が所有する秘宝の一つであり、現在では失われてしまった古の魔術、いわゆる『魔法』によって意思を持ち、動いたり話したりすることが出来る仕組み不明の非常に便利な魔法道具だ。
見た目は机いっぱいに広がる大きさの、普通の古びた羊皮紙とさほど変わらないが、その実、所有者の必要とする場所の詳細な地図を紙の表面に映し出すことができ、その範囲は王国が存在する大陸全域に及んだ。
非常に有用性の高い品物ではあるが、意思を持っているということが最大の問題で、王国に所蔵されてから幼い頃の第二王子が偶然埃にまみれて黄ばんだその紙を引っ張り出すまで、誰も所有者として認めずその能力を発揮することがなかったため、云十年と宝物庫の片隅に放置されたままだった。
魔法の地図は何が気に入ったのか、明らかに用途を理解していなかったであろう当時の幼い王子に、所有者として自身の体にその名前を記すことを許し、その時から現在に至るまで魔法の道具としても一番身近な話し相手としても、実に献身的にベリルの側近くで仕えてきた。
ベリルにとっては肩身の狭い思いを禁じえない両親や兄弟よりも、何でも話せて意外に博識な魔法の地図の方が一緒に居て楽しかったし、素直に信頼することができた。口うるさいのが玉に瑕なのだが、その関係は出会ってから十数年経った今でも変わっていない。
「悪かったって。反省してる。もうしない。それより深淵の森の周辺をもう少し詳しく見せてくれ」
宥めようと、ベリルが手の甲で目の前に浮かぶ丸まった体の表面をゆっくりと撫でると、魔法の地図はいかにも不満そうな様子で紙の体をくねらせる。
何度か撫でていると、不承不承といった様子で己が所有者と認めた青年の前に体を広げた。
「そう仰られても、森の中の道筋まではお教え出来ません。教えたくとも何らかの結界が張られているのか、私にも中の様子が分からないのだと何度も申し上げているではありませんか」
声に目一杯の不満が込められていたが、それでも忠義な紙はその表面に指定された場所を映してみせる。
深淵の森を中心にその周囲には道や建物などの詳細な地図が記されているが、肝心の森のある辺りは『深淵の森』という言葉が浮かび上がっている以外はぼんやりとインクが滲んだような有様で、何がどうなっているのか読み解くことは出来なかった。
「ああ。何度も聞いたよ。でも、とにかく行ってみなければ何も分からないだろう?」
解読不可能であるその場所を、少しでも何か見えないかと探る様にして、ベリルは地図の表面を指でなぞる。すると、魔法の地図は紙の四隅をくるくると丸めて、ほんの少しその場から身を引いた。
「本当に行く気なのですね。……差し出がましいようですが、精鋭部隊でも宮廷魔導師でも踏み込めなかった土地へお一人で向かわれても、みすみす御身を危険に晒すだけではありませんか?」
どことなく心配そうな響きを含んだ声にそう指摘されると、ベリルは大げさに目を見開いて片手で空中を払うような動作を取る。
「まさか! 一人で行く訳がないだろう。お前も連れて行くに決まっている」
「……紙を数に含めないで頂きたい。せめて護衛騎士をお連れなさい。なぜ単独で行動することにこだわるのか理解に苦しみます」
あくまで冷静に諭すように話す忠実な友を前に、悲運な王子は軽く肩を窄めた。
「大勢で行っても、一人で行っても結果は同じさ。なら、出来るだけ被害は最小限に抑えたい。そもそも呪われているのは俺だけなんだ。これ以上他の誰をも巻き込みたくはない」
強い決意と、ほんの少しの悲しみを含んだ固い声は、目の前に浮かぶ古びた羊皮紙へ溶けるように吸い込まれて消えていった。
少しの静寂な時間を挟んだ後、主人の声を包み込むかの如く、魔法の地図は片側から自身の体を巻き取って一本の筒状の姿になった。
「一番上等な筒に入れてお持ちくださいね」
心に染み渡るような友の柔らかな声に軽く目頭が熱くなるのを感じながら、ベリルは「もちろん!」と軽口を叩きつつ、古びた紙を優しく手に取って持ち上げた。