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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タヌキとビーバーの異世界転生記

作者: 青蛙

久々の短編です。


「…………ん」


 若草のツンとした香り、そして甘い花の香り。暖かくてどこか香ばしいおひさまのにおいもする。

 遠くからは鳥や虫の鳴き声が聞こえ、穏やかな風が全身を撫でていく。どうかこのまま、ずっと横になっていたいぐらいに心地良い。


「ん、むぐぐ…………へっくし!」


 そう思っていた所に突然一匹の蝶がふらふらと飛んできて、鼻の上に乗っかった。こちょこちょと鼻を足でくすぐられ、我慢できずにくしゃみをしてしまった。


 途端にぼんやりとしていた思考が、くっきりとした輪郭を取り戻す。


「はっ!?」


 がばりと起き上がり、辺りを見回した。周囲には見たことの無い、見渡す限りどこまでも続く森が広がっている。自分が眠っていたのは木々の生えていない、背の低い雑草が沢山生えた森の空き地。空き地の真ん中には小さな泉があり、その周囲を色とりどりの蝶や小さな蜂がせわしなく飛び回っている。


「どこだ………ここ?」


 思わず片手で目をこすり、再びあたりを見回す。

 自分の見ている景色が信じられなかった。何故自分はこんな森の中にいるのか。何故自分は呑気に雑草の上で眠っていたのか。


 そして、何故自分は生きているのか。


「俺、死んだはずじゃ………」


 自分はつい先程、死んだばかりだったはず。大学生になって別々の大学に行った親友との飲みの帰り、横断歩道に突っ込んできたトラックから母親らしき女性とベビーカーの赤ちゃんを守るために二人で飛び込み――――そして死んだ。

 トラックに跳ねられた自分が最後に見たものは、ギリギリでトラックを避けることが出来たベビーカーと、その横でなんとか救えた女性が呆然としている光景。そして激痛に耐えきれなくなり、意識は途切れた。


 そんな事を考えながら、まだ眠たさの残るまぶたを手で擦った。そして感じる、妙な感覚。起きて思考が冴えてきたことでやっと気付いた。


「って、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」


 目を擦ったときにやけに毛皮っぽい感触がしたと思い自分の手を見ると、そこにあったのは毛むくじゃらの腕と小さなおてて。はっとして身体を見下ろすと、想像していた通りに身体はもちろん足までしっかりと毛皮に包まれている。


「そ、そして、これはまさか………!」


 じりじりとゆっくり首を後ろに回し、視線を下に向けるとそれはチラリと見えた。太くて短めのモフモフしたしっぽ。


「し、しっぽ……!」


 あまりのショックにおぼつかない足取りで泉に向かう。澄みきった美しい泉は、暖かに降り注ぐ太陽の光を反射してきらめいている。泉までたどりつくと、ゆっくりと両手をついて恐る恐る泉を覗きこんだ。


「た………タヌキだ」


 水面に映った顔。若干可愛らしくデフォルメされているような感じだが、一目見てタヌキだとわかった。自分が口を開くと、水面のタヌキも同時に口を開く。


 なんという事だ、自分はタヌキになってしまった。

 思わず「はうぅぅ」なんていう情けない声を出しながら両手で顔を押さえた。触ってみた顔の感触は、すごくもふもふしていて、あと無駄にもちもちしている。


「う、うぅ………」


 自分の身体がどうなってしまったのか。独りでおろおろとしていると、すぐ近くから聞き覚えのある声が聞こえた。低くて渋い、まさか20代だとは思えないような声。


「はっ! その声は進之介! 進之介だな!」


 そう、一緒に飲みに行き、その帰り道で親子を庇って仲良死した親友の進之介である。


 二足歩行では遅いと四つん這いになり、全速力でその声のもとに駆けつける。


「進之介ェ! だいじょ、ッ!?」

「う、うぅ………総士(そうし)、か?」


 頭が痛いのか、目をつむったままふらつきながらも立ち上がる茶色い毛玉が居た。大きな鼻にげっ歯類らしい大きな前歯、尻尾は平べったく船のオールのよう。

 そして起き上がったその毛玉と、目があった。


「ビーバーだぁぁぁぁぁ!」

「タヌキがしゃべったぁぁあああ!」


 絶叫ビーバー&タヌキ。




◆◆◆◆



「いやぁ死んだわ死んだわ」

「ほんそれ」

「それで、死んだと思ったら何故かタヌキとビーバーになってしまった、と」

「そうそう。進之介は他に何か覚えてたりしない?」

「うーむ………特には、覚えていないなぁ。俺の覚えていたことも総士のと変わり無いしなぁ」


 あれからなんとかお互いが総士と進之介であることを確認した二人もとい二匹は、泉の近くに腰を下ろして情報交換をしていた。ビーバーはともかくこのタヌキ、おそろしく二足歩行が得意であり普通に地面に腰を下ろせる。


「よくわからないが、もしかして『異世界転生』ってやつじゃないか? ラノベでよくあるアレ」

「いせかいてんせい?」


 ふと思い出したように進之介がつぶやく。『いせかいてんせい』という、あまり聞き覚えの無いフレーズに総士は首をかしげた。


「あぁ、そうか。総士はラノベとか読まなかったからな。ざっくり説明すると『前世で良い行いをして死んだ人間が、異なる世界に転生して俺TUEEEしたりハーレム作ったりする』っていうヤツだ」

「『おれつええ』? ハーレムって………ビーバーには無理でしょ」

「『俺TUEEE』ってのは、強すぎる主人公が魔物みたいな人間にとって悪いやつ相手に無双するやつ。ハーレムは、そういうジャンルだから………」

「俺、つええ………か」


 スッと自分の両手を見下ろす。相変わらず両手とも小さくてふにふにしている事を再確認した総士は、半目になって進之介をじとっと睨み付けた。


「無理やん」

「ですよねぇぇぇぇぇ!」


 こんな如何にも『平和主義です』といったモッフモフのちっこい身体でおれつええなんで出来る訳がない。流石に野生動物らしい戦いなら出来るだろうが、進之介の言っていたハーレムなんざもっての他だ。そもそもこんな毛玉に発情する人間なんていたら相当ヤバイやつに違いない。


「でもまあ進之介の言う通り、タヌキとビーバーに転生したってのが正解なのかな」

「普通に喋れるのは謎だけどな」


 人語を解するタヌキとビーバー爆誕。

 どなたかペットに一匹いりませんか。出来ることなら美少女か綺麗なお姉さんのおうちが良いです。


「ま、まあなっちゃったのは仕方ない、し? とりあえず何か食べ物探さない?」

「あ、ああそうだな。俺もそろそろ腹が減ってきた所だった。ところでビーバーって何食べるんだっけ」

「適応早いな………」


 なんやかんやあって何も食べていない事に気付いた二匹は森の中を探索する事にした。ちなみにだが野生のビーバーは草や木の皮を食べているらしい。そしてタヌキは雑食である。


 小一時間森を探索し続けていると、隣を歩いていた進之介が「あっ」と声をあげた。何かと思って彼を見ると、平たい尻尾をペシペシと地面に打ち付けながら何かを指差している。


「総士、果物だ! 果物!」

「ん? おお!本当だ!」


 最早見慣れてしまった普通の木々の中に一本だけ、見慣れない木がぽつんと生えていた。その木の枝先に、艶々した飴色の果実がぶらさがっている。それも一つや二つではなく、幾つもだ。数えただけでも15個は果物がなっている。


「草じゃないけど、多分食べれるよな」

「ふむ、暫し待たれよ」


 俺はそう言って進之介から離れると、木の根元の周りを調べ始めた。するとぽつぽつと歯形らしき跡のついた果物が落ちているのに気付く。つまりこれを食べている生き物がいるという事。

 続けてくんくんと匂いを嗅いでみると、果物の腐った匂いと、まだ腐りきっていない部分の甘い匂いがした。タヌキの嗅覚は犬の仲間とあって優れている。腐っている以外に嫌な匂いがしなかったのならば、多分大丈夫なはず。


「うん、食べられそうだよ」

「おお! じゃあ早速採ろう。もうお腹ペコペコだよ」

「まかせんしゃい。タヌキは木登りも出来るからね」

「頼りになるぅ」


 びたんと木の幹にへばりつき、ひたひたと木を登る。あっと言う間に果物のなっている枝の根元までたどり着き、果物にむけてそーっと前足をのばした。こうも難無く木登りをこなすあたり、意外とこのタヌキの身体もパワーがあるのかもしれない。


「落とすよ~」

「OK」


 木に上って果物を取ることは出来ても、果物を持ったまま帰るのは難しい。

 なっていた果物の中でも特にいい匂いがした一つを掴み、枝からもぎ取る。そして下にいる進之介に向けて落下させた。

 そして落下した果物はゆっくりと回転しながら進之介の元へと―――


「ウキャーーーッ!」


―――行かなかった。


「「あ"?」」


 タヌキとビーバーのドスの効いた低い声が重なる。

 落下していく途中で果物を奪っていった不届きものに、総士と進之介は揃ってガンを飛ばした。


「ウキッ!?」


 不届きものは、他人のとった果物を噛りながら、いきなり二匹に睨まれたことに訳がわからないというように身体を震わせる。

 短い黒い毛。長い尻尾。人に近いシルエット。


「テメェ………今、何したか、わかっとんのかサルゥ」

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」


 樹上のタヌキからはおぞましい妖気が沸き上がる。更に小動物らしからぬ恐ろしい形相になったビーバーの全身が、鎧のような筋肉によってバキバキと盛り上がった。


 ここまでくれば普通の人は気付くだろう。

 この二匹。気付いてはいないが、二匹ともただの喋る癒し系の動物ではない。それも一匹一匹に二つ名がつけられるほどに強力な、この世界の人間にとっては災厄級のヤバいヤツ。


「食いモンの恨みは深いぞクソザルぅぅぅ!」


 霧崎総士(きりさき そうし)、化け狸。限りなく神と呼ばれる存在に近い存在にまで昇華したタヌキ。あらゆる妖術と神通力を駆使して戦い、互角に戦える生き物は一種類を除いて存在しない。過去の文献によると、化け狸の皮を欲した愚かな王が軍隊を差し向けたが、軍隊は全滅した挙げ句に国土の3分の1が焦土と化したという記録まで残っている。雑食。


「サル………サルも死んだら肉だよな。元々俺も人間だったし、ビーバーの身体でも肉ぐらい食えるよな」


 的場進之介(まとば しんのすけ)究極(アルティメット)ビーバー。あらゆる攻撃を受け付けない鋼の肉体を持った究極のビーバー。外見は普通のビーバーとさして変わりが無いために発見しづらい。筋肉の鎧に包まれた肉体はあらゆる攻撃を受け付けず、白く輝く前歯はアダマンタイトをも易々と切り裂く。この化け物と唯一互角に戦えるのは化け狸、ただ一種類のみである。雑食。


「ウキ、キ……キ………!」


 ただ落下してきた果物を盗んだだけの猿の魔物『スパイキー』は、いつの間にか自分が関わってはならない二匹の生物の怒りを買ってしまった事に恐れおののき、ただぶるぶると震えることしか出来なかった。

 絶望。絶望である。あまりの恐怖にもはや両手両足はおろか、頭や指先、視線を動かすことさえ出来ない。


 そして、総士と進之介の二匹は知らないのだ。自分たちがとんでもない怪物であるということを。

 だから、ちょっとデコピンといったような感覚で、理解しないうちに自分たちに秘められていた力をいとも簡単に解き放ってしまう。


「うううヴヴヴヴヴヴゥゥゥ!」

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」


 この日、世界最大の森『マドゥシエラ大森林』の総面積8分の一が焦土と化した。

 元は二人の男子大学生。今は二匹のヤバい毛玉による、異世界転生記の幕開けである。



最後まで読んでくださりありがとうございます。

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