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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
二章 魔法省二日目(映像、記憶遡行、検査)
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2-3 記憶遡行魔法は……

 医務室にやってきたのは、記憶遡行魔法を受けるナユカ、それを施す担当医、責任者の九課課長、それに加えて、関係者という名目で、リンディとフィリスの五人。医務室には看護師の女性が待機していた。

「えーと、それでは……」

 ドクターがアシスタントとなるべき彼女に近寄って声をかけようとすると、サンドラが先んじてそれを制する。

「ちょっと待って」

「はい?」

 機先を制されて振り向く医者を課長は手招きし、看護師から引き離す。

「この件はできるだけ少人数で済ませたいんだよね」

「はあ」

「悪いけど看護師の彼女は抜き。代わりに彼女が手伝う」こちらの手の内にあるほうの医師を、サンドラが指し示す。「いいよね? フィリスさん」

「はい。問題ありません」

 即答した本人。しかし、医務室の主は抵抗の構え。

「いえ、しかし……」

「彼女の医療資格は確認済み。それに、優秀さもね」なおも逡巡を見せるドクターに、サンドラは笑顔で追い討ち。「うちらがこういうことをやるってことが、どういうことかわかるでしょ?」

 恫喝にも聞こえる言い回しに、医者は息を飲む。

「う」

 九課課長のことは知っている……。関わる案件がどういう性格かも。

「なんだったら、あなたが外れてくれてもいいけど」担当医師に言い放って、サンドラはフィリスに同意を求めるかのように視線を送る。「ねえ?」

 自分の診察室でこの課長のような輩に勝手なことをされてはたまらない。まじめなドクターはあわてて取り成す。

「いえ、わたしがやります。それで、そちらの……」

 視線をよこした医者に、自己紹介。

「フィリス=フィリファルディアです。フィリスでどうぞ」

「フィリスさんですね。改めまして、わたしはここの担当医のヤブル=オイシャノです」

 ご丁寧にもう一度自己紹介をすると、どこからか「ぷっ」と噴出す声が聞こえる。声の主は……おそらくナユカ――なぜか下を向いている。変な声を出して恥ずかしがっているのだろうと思い、そのことにあえて触れない一同……。それに反して、一人その顔を覗き込んだのは、リンディ。見えたのは、笑いをこらえている表情。

「ヤブル=オイシャノ?」

 耳元でのささやきが、ナユカに届く。

「くくっ」

 ビンゴ。会議室での魔法説明の際、ドクターが名前を名乗ったときにナユカの目が丸くなったのを、リンディは見逃していなかった――最近名前でひっかかることが多かったためだろうか。異邦人はといえば、そのときは自分が聞き違えたと思っていたのだが、今、改めてその名前を聞き、必死に笑いをこらえている。ただ、リンディには、なぜ笑えるのかはさっぱりわからない……名前の主を見る。

「偶然、人を喜ばせることってあるよねぇ……ドクター」

「?」

 なんのことかわからないオイシャノ医師は、奇妙な発言に不可解な顔。一方、ぴりぴりしていた場の空気がなぜだか微妙に変わったのを感じて、サンドラは医者に進行を促す。

「始めない?」

「そうですね……では、みなさん、こちらへいらしてください」

 ドクターが、一同を診察室へと先導し始める。すると、動き出した彼らを視界に捕らえた看護師が、あわてて近づきながら声をかける。

「あの、ドクター?」

「あ、君はそこにいてください」振り向いた医師は、ジェスチャーで彼女を押し留める。「患者さんが来たら、対応をお願いします」

「……承知しました」

 看護師は、ドクターが不在ないしは他の医療行為を行っている際の対応は、すでに心得ている。彼女は医療資格Bを持つ「上級看護師」であり、一定の条件のもと、医療資格Aの医師に代わり、ヒーラーとして医療機関における特定の医療行為が可能である。

 ちなみに、医療機関外においては、回復系の魔法を使用するにあたり、特別な資格は必要としない。ただ、医療資格を取得しておいたほうが、専門のヒーラーとして、信頼性が増す。また、たとえヒーラーとしての能力と経験があっても、医療機関においては、機器の操作や患者への対応などの別の専門的技能が必要とされるため、彼らが資格取得する際には、まずは上級看護師からキャリアアップする形となる。ここの医務室は、より上位の医療資格を取るための経験を積む場の一つとされており、ドクター以外の担当の入れ替わりが比較的激しい。よって、今回の件に関して、看護師の彼女を外しておくのは、賢明な判断といえよう。


 さて、個室となっている診察室へ入ると、オイシャノ医師はナユカをリクライニング式の診察台へと促す。

「記憶遡行をする前に、まずは簡単な健康診断をしますね」

 ドクターは、上体を起こして診察台にかけている被術者に、健康状態について簡単な問診を開始。すると、総じて、いたって健康だという返事が返ってきた。そこで次に、彼女の傍らにある器具のスイッチを入れ、音声コマンドとしての詠唱を行うと、その上に手を置くように指示する。これは、あちらの世界における、指を触れるだけで測れる血圧計のような代物で、それよりも正確かつ専門的な各種身体データが得られる優れもの――魔法科学の最先端機器である。しかし……。

「あれ? おかしいな」

 器具につながったモニターに結果が出る……はずが、何もでない。オイシャノ医師は、いったんナユカに手をどけてもらい、機器のセッティングを見直す。いくつかのチェック箇所をしっかりと確認してみたものの、おかしなところはなにも見当たらない。

「申し訳ありません。やり直します」

 医者はもう一度同じように詠唱し、計測対象者は器具に手を置く。今度は手がしっかりと乗っているか確認してからモニターに目をやるが、待てど暮らせど結果は出ない。焦れたサンドラがオイシャノ医師に聞く。

「それ、必要?」

「あ、すみません。どうも機械の調子が悪くって……」

 ばつの悪そうな担当医を、課長が急かす。

「必要ないなら、先進めて」

「そ、そうですね……」医師は優れものであるはずの計測機器をあたふたとどかして、ナユカの傍らに。「では、マニュアルで……」

「なに? なにするの?」

 異世界人の代わりに警戒する診察嫌いのリンディを、オイシャノ医師が怪訝そうに見る。

「は? 脈を取るのですが……」

「ほら、邪魔しないの」

 作業を妨げないようサンドラが制すると、診察嫌いは黙って後ろへ引き下がる。


 正常動作してくれない魔法機器に代わってドクターのやったことは、手首で脈を測り、光を当てて目の奥を見るという、なんてことのない普通の診察。魔法世界であっても、人体そのものは変わらず、それゆえ、やることに彼我の差はない。

「問題はありません。では、これから記憶遡行の魔法をかけますね」

「はい」

 うなずいた被術者にも、多少の緊張は見られる。

「まず、二回深呼吸してください」

「シンコキュウ?」

 わからない単語を聞き返した異邦人に、フィリスが声をかける。

「これ」深呼吸を実演。「わかる?」

「ええ、わかります」

 すぐに理解したナユカがそれを終えると、オイシャノ医師は少しずつ背もたれを倒していく……。そして、被術者は寝そべった状態に。

「では、かけますよ……大丈夫ですから……リラックスして……力を抜いて……」ゆっくりとなだめるように指示をしてから詠唱を始め、そのままナユカに記憶遡行魔法をかける。「はい、どうですか? ご気分は?」

「あ? もうかけたんですか?」

 何も変化のない被術者。きょとんとしている。

「はい。え? あれ?」状態を見て取ったものの、ドクターは念のため質問する。「えーと、なんかこう、変化あります? ふわふわした感じとか……」

「ふわふわした……?」

「そう。つまり、意識が他のところにあるような……」聞かれたナユカが考えているのを見て、察する術者。「ないみたいですね。うん」

「すみません」

 別にナユカが謝る必要はないのだが、なんとなく申し訳ないような気がしてしまう……。オイシャノ医師にとっては、機器の故障に次ぐ再度の失敗で、焦りが傍からも見て取れる。心中、穏やかではないだろう。

「えーと、それでは……もう一回かけます」

 いったん背もたれを元に戻して、もう一度被術者の深呼吸から始め、先ほどと同様の手順で記憶遡行の魔法を再度かける。一同は、その間、黙って見ているだけ。

「はい、どうですか? ご気分は?」

 このセリフまで同じオイシャノ医師。そう聞かれても、やはり今度も、何の変化もナユカには感じられない。

「えーと……そのぉ……」

 医者に気を使い、何がしかの違っているような部分を探してみる被術者……だが、やっぱり何の変化もなく、言葉に詰まってしまう。

 かなりばつが悪いドクターも、やはり言葉に窮している……。無言のまま、自分がやり方を間違えたところがないか、考えようとするも……焦って頭が回らない――軽めのパニックといえよう。


「ちょっと、どうなってるの? ドクター」

 近づいてきたのは、邪魔をしないように遠巻きに見ていたサンドラ。

「いや、それが……その……」

 口ごもるオイシャノ医師に、課長は苛立ちを見せる。

「なに?」

「か……かからないんです」

 九課課長の食い入る視線に、おどおどする担当医。

「そのようね」オイシャノはそのまま放置し、サンドラは後ろにいる別の医師に声をかける。「フィリスさん。あなた、記憶遡行の魔法、使える?」

「ええ、一通りは」

 もちろん、彼女にはできる。

「じゃ、お願いできる?」

「いえ……それは……」

 担当医に目をやるフィリス。自らかけてみたい気はあるとはいえ、自分はここの診療所の者ではない。それに、オイシャノ医師の執った手順は、間違ってはいなかった。

「わたしが責任を取ります。わたしの独断でお願いしていることだから」

 きっぱりと言い切った九課課長に、ドクターがストップをかけようとする。

「あの、ちょっとそれは……」

 意外にこの医者、気骨があるのか、怖いもの知らずか、それとも気が動転して冷静な判断ができなくなっているのか……。

「フィリスさんの医療資格はダブルA」サンドラは、にこっと笑う。「意味わかるでしょ」

 その答えは、シングルA資格のオイシャノ医師よりも上位の「上級医師」であり、優秀だということ。痛いところを突かれた担当医は、無言。しかし、まだ納得はしていない様子。

「いいじゃん、サンディが責任取るって言ってんだから。それとも、ドクターは報告書に『失敗した』なんて書きたい?」

 駄目押ししたのはリンディ。サンドラに楯突いたともいえるオイシャノを多少見直しはしたものの、これ以上、愚図られるのはうっとおしい。

「それじゃ、始めてくれる?」

 ドクターの返答を待つことなく、課長はフィリスに記憶遡行魔法をかけるよう促す。

「承知しました」上級医師は特に逡巡することもなく、あっさりとそれを受け入れ、被術者に近づいて微笑む。「それでは、今度はわたしがかけますね、ユーカさん」

 オイシャノ医師は置いてけぼりで、口を挟めない。ナユカのほうは、前よりもリラックスしてうなずく。

「はい、お願いします」

「では、始めます」

 手順は、もはや蚊帳の外となったオイシャノ医師と同じ。ただ、フィリスのほうが手馴れており、素早く詠唱を終え、魔法をかける。ところが、被術者にはやはり効果がない。

「変化ないですね」即座にそれを見て取った上級医師は、本人に確認。「変わりないですね、ユーカさん?」

「はい、まったく」

 返答を聞いて、フィリスは離れているサンドラに判断を仰ぐ。

「どうします、もう一度やりますか? やっても同じだと思いますが」

「というと?」

 課長から視線を外した術者は、少し考えて答える。

「おそらく、ユーカさんには……この魔法に関して、なんらかの耐性があるのだと思います」

「耐性……耐性か……」

 サンドラは手を下あごに当てて単語を繰り返す。すっかり放置されていたオイシャノは、はっとして上級医師を見ると、彼女は話を続ける。

「先ほどのドクターの手順は間違っていませんし、わたしも間違えてはいません。したがって、そう考えるのが妥当でしょう。なぜかは、まだわかりませんが」

 考えながら、課長は相槌を打つ。

「ふーん」

「そうか……やっぱりね……」

 そこへ、リンディの声が聞こえてきた……そちらを向くサンドラ。

「『やっぱり』ということは、やっぱりそれか……」

「あれ? もしかしてわかってるの?」

 今度は、セデイターが課長を見る。

「そりゃ、まあね。あなたがユーカさんについて話し始める前の話題と、今の結果を見れば……だいたい想像がつく」

「そうですよね……やっぱりそうなんでしょうね」

 ここで、フィリスも入ってきた。

「ちょっと、なにさ。フィリスもわかってる? ほんとに?」

 せっかく、じらしながら重々しく教えてやろうと思ってたのに……。残念がるリンディ。

「ええ、おっしゃりたいことは。ただ……」

 考えながら言いよどんだフィリスに、リンディが聞き返す。

「ただ?」

「まだ確信は持てません。今の結果に関しては……たとえば、記憶に強いプロテクトがかかっているということもあり得ます。その場合、それを外すのには、少々手間がかかります」

「でも、昨日のことがあるでしょ。さっき、映像も見たじゃない」

 セデイターの抗弁に、上級医師は冷静に返す。

「わたしも、リンディさんの見解を否定しているわけではありません」

 議論になりそうな兆しが見えたところで、すでに診察台から起き上がっているナユカが、おずおずと声を上げる。

「あのぅ……どうなってるんですか?」

 リンディとフィリスが被術者を見る……。当人には話がまったく見えない。

「続きは九課に戻ってからにしない?」サンドラの提案。「もう一度映像を見てみましょう」

 議論していた二人は、目配せで同意。一方、伏字の会話はわからなくても、記憶遡行がうまくいかなかったことはわかっている異世界人は、いまだ診察台に座ったまま。誰に聞くべきかわからないため、場の全員を見渡す。

「えーと、その……もういいんでしょうか?」

「いったん九課に戻って……そうね、またここに来るかもね」答えた課長は、次に、オイシャノ医師に強い視線を送る。「そのときはまたよろしく」

「は?」

 話の流れがわからず、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている担当医に、サンドラは微笑む。

「今みたいに配慮してってこと。それから、この件は伏せておくように」

「それはどういう……?」

「失敗の報告書は書きたくないでしょ。だったら協力しなさい。わかった?」

 再び威圧感を滲ませた課長に気圧され、オイシャノ医師は言われるまま了承するのみ。

「わ、わかりました」

「ご理解どうも」口ばかりの謝意をさらっと述べたサンドラが、付け加える。「カルテはまだ書かないように」

「え? いや、それは……そういうわけには……」

 そこは担当医の職域なので、そう簡単に飲むわけにはいかない。

「まだわからないことが多いじゃない。違う?」

 直前とは違うソフトな物言い。鞭の後なら飴は効果的だ。この課長にも、出せばそれなりの色気はある。

「そ、それは……」違った意味でたじろぐオイシャノ。見つめられて……屈する。「はい……」

「ありがとう」今のくだりはなかったかのように、サンドラはドクター以外の三人にさっと向き直る。「それじゃ、戻りましょう」

 九課から来た一行は、常駐の医師そっちのけで診察室を出ると、そのままさっさと医務室を退出していった。




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