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魔法世界のセデイター 2.異世界人の秘密と魔法省の騒動  作者: 七瀬 ノイド
九章 魔法省十日目以降(新職)
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9-4 本物の結界破り練習

「おふぁよぅ」

 なぜか、リンディが九課の始業時間直後に現れた……。全員驚きながら挨拶を返す。今日は朝からの用は別になく、魔法省の職員ではないフリーランスのセデイターは、この時間に出勤する必要はない。加えて、昨晩、リンディがついに……ひとりで自分の部屋で眠った……のは、子供じゃないから当然として……つまりは、ナユカとフィリスにつられて目を覚ますこともなかったはず。

「ずいぶん早いじゃない? どうしたの?」

 怪訝そうなサンドラへ、あやふやに答える。

「まぁ、ちょっと……なんとなく……そんな感じで……」

「それじゃ……」ごまかしが気になるものの、理由を尋ねる代わりに、課長は役割を振る。「ちょっと、ユーカに付き合ってくれる?」

「ま、いいけど……」言い方のわりには、待っていたかのようにリンディが食いついた。「なにやるの?」

「結界作り」

「結界ぃ? あたし、ちょっと苦……」

 魔導士が言い切る前に、サンドラが先回り。

「苦手なのは重々承知」

「あの機械があるじゃん。ターシャのところの……あれ」

 正式名称をリンディは思い出せないが、ともかく、結界を作る機械。

「実地でやる前に、ユーカに現物を体験させようと思ってるんだけど……予習として」

「結界なんか、どっかにあるじゃん」

「破っちゃまずいでしょ」本物の結界とその作製工程をナユカに見せるだけでなく、実際に破ってもらうというのが、サンドラの腹積もり。「まぁ、簡単にでいいから。いやなら、フィリスに全部やってもらうけど?」

「……じゃ、まぁ……いいよ……やるから」

 承諾を得られたので、課長はリンディとフィリスにどういう結界を作るのかを説明。すると、途中で面倒くさがりの方から文句が出る。

「難しいじゃないの」

「そうだよね」

 きっぱりと開き直ったサンドラに、リンディが抗議する。

「約束が違う」

「そんなことないよ。『簡単に』作ればいいんだから」

 課長の少し前の言葉を、魔導士は短期記憶から……呼び起こした。

「……ずるい」

「これもユーカに仕事を取ってくるためよ。複雑なのを破って、曲りなりにも実績にしておくと、オーダーが来やすいから」

 サンドラの計略を聞いて、新米結界破壊士は恐縮する。

「なんか、すみません」

「気にしないでいいよ。ユーカに働いてもらわないと、任命した人がまずいからでしょ」

 フリーランスの皮肉を任命者は否定しない。

「それもあるね」

「……こんな悪人に気を遣わないでいいよ、ユーカ」

 どちらかというと、そう毒づいたリンディの手を煩わせることに対して、ナユカは気を遣ったのだが……リアクションに困って生返事を返す。

「はぁ」

 すると、悪人認定された九課課長はにやっと笑い、悪の幹部よろしく、依頼対象の肩に手を置く。

「まぁ、がんばってよ。基本的にユーカのためなんだから」

「……わかったよ」

 単語が一つ気になるものの、リンディは承服。サンドラが「基本的に」と付けたのは、魔導士の魔法出力調整訓練になると思ってのこと。前にやった破壊よりも作成のほうが、難易度の高い練習になるので、当人もその辺りの意図は、だいたい読めている。


 魔法練習場にて行われた結界作りと結界破りは、リンディが必死こいてようやく作った結界を、ナユカが一瞬にして破壊するというパターンを、昼食をはさんで六回繰り返すという、製作者にとっては虚無感しか残らない作業であった。サンドラから事前に、リンディに練習させたいから作成にはあまり手を出さないようにと耳打ちされていたフィリスも、さすがに不憫になり、途中から手伝いを申し出たものの、意地になった作成者から固辞され、逆に頼み込んで少しだけ手伝わせてもらった。とはいえ、それは少し不具合のある部分を調整する程度で、それよりも、ヒーラーとして主にリンディの精神的な疲労回復に心を砕いていた。

 一方、結界作りの作業を見ていた結界破壊士は、それがまるで難行苦行のように思え、ようやくできたものを自分が瞬時に破壊してしまうのが心苦しかったが、「やっちゃって」というリンディの諦念すら見て取れる表情に、一種の悟りのようなものすら感じてしまっていた。しかし、終わってみれば、「あれと、あれと、あれと、あれと、あれと、あれを、おごらせてやるぅ」などとつぶやいている食道楽を見て、そんなものは関係がないということをナユカは悟った。製作者を突き動かしていたのは、お馴染みの食い気であり、おそらくきっちり六品はおごらされるサンドラに合掌すべきなのだろう。

 とはいえ、疲れきったリンディは、作業終了後、九課へ立ち寄ってからサンドラにおごらせることもなく、早々に自分の部屋へご帰還。ただし、その前に、うわごとのように「今度、ご飯おごれぇ」と課長に迫ってから、「明日の昼ごろ、そっちの部屋に行くからね」とナユカに言い残していった。翌日から連休なので、遊びに来るということなのだろう。特に予定のないナユカとフィリスは、それで別に問題はなく、ふらふらと去っていくリンディを、そのまま見送った。


 なお、明日の半休日は、ナユカとフィリスに加えてミレットも全休を取るので、午後の九課の窓口は、外回り明けのルルーが担当することになっている。彼女には未消化の有給休暇がたまっており、無理に出勤する必要はないと課長から言われてはいるものの、早めに「内勤」として職場に戻りたいらしく、本人たっての希望である。おそらく、他の人に内勤のポジションを取られたくないのだろう。ルルーを無理やり外回りにしようという気はサンドラにはさらさらないが、本人は少々ナーバスになっているようだ。

 そんな状態ゆえに、本来はもう少し休んでもらっていたほうが当人のためではあるが、それで納得するのならということで、他の人員の休暇も確保できるメリットも考慮し、サンドラは半日だけ任せることにした。外部から一時的に九課での内勤に来ていたヘイトンが不祥事と事件で逮捕され、今は不確定な人材を使いたくない九課課長にとって、信用できるルルーが慣らしながらでも早期に復帰してくれれば、正直ありがたい。いつまでも猫の手代わりのリンディ頼みというのは、本業セデイターの彼女にとっても、その都度おごっている自分の懐にとっても、好ましいことではないのだから。




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